ストーリー:14 後援者


 8月も半ば。

 日を追うごとに気温とセミのやる気が高まっていく夏真っ盛り。


 AYAKASHI本舗の運営者――ナツは、炎天下の中白い砂利を踏みしめ、ねばつく汗をぬぐった。


「あっつい!」


 すぐそばにあった灰白の石柱に背を預け、息を整える。

 猛熱を宿す陽の光は、午前中にも拘わらずナツの体を全力で突き刺していた。



「ぐぇー」


 身を焦がす暑さの中、げんなりしつつも彼が外出しているのにはワケがある。

 妖怪たちが所属するV箱の運営に関して重要な役割を担ってくれている人物と、これから顔を合わせて話をするためだ。


「ふぅー……よしっ」


 冷感シートで体をぬぐい、軽く身綺麗にしてから世話になった石柱をなぞり、その横を――鳥居をくぐる。

 その上部に飾られた神額には、美しい金の文字で【五樹阿蘇いつきあそ神社】と記されていた。



      ※      ※      ※



「さてさて、っと。ありゃりゃ」


 スマホで時間を確認すると、どうにも約束の時間にはまだ早い。

 目的の人物はとうにご在宅だろうが、5分前になるように調整する。


 もう少しだけ、時間を潰す必要があった。



「先に大阿蘇さまにお参りしておこう」


 であれば、と。

 ナツは神社の境内を、迷いのない足取りで進んで行く。


 途中、手水で手と口を清め、本殿の正面へ。

 財布から……奮発して500円硬貨を取り出し、賽銭箱へと投げ入れる。


 ガランッ、ガランッ!


 社頭に設けられた鈴を鳴らし。


 パンッ、パンッ!


 柏手を二回。


「祓いたまえ清めたまえ、神ながら護りたまえ幸えたまえ」


 手を合わせて祝詞を紡ぐ。


(大阿蘇さま。水木夏彦です。妖怪のみんなと始めたV箱は、それなりに結果を出しています)


 それからナツは静かに頭を下げ、祀られている神――大阿蘇さまへと近況報告し始めた。


(みんなそれぞれのペースで配信して、配信自体を楽しんでくれています。コメントやチャンネル登録、SNSのフォロワー数なんかも比例して増えてきていて、それらがハッキリとした数字で出るから、増えるたび喜んでます)


 7月の初配信から今日までの歩みを、頭の中で思い返しながら、神へと報告する。

 神様と会ったことこそないけれど、ナツはその実在を微塵も疑ってはいない。


(大阿蘇さま。これからも、俺なりに頑張ります) 


 蝉しぐれの響く中。

 しばらくのあいだナツは動かず、ジッと、祈りを捧げ続けていた。



      ※      ※      ※



「さてさて時間は……っと。お、いい感じ」


 参拝を終え、ナツは改めてスマホを確かめる。

 いい頃合いを示す液晶をスリープモードに切り替えて、ナツは神社の脇、社務所の方へと移動した。


「ごめんくださーい! 孝太郎さんいらっしゃいますかー?」


 玄関先。

 よく通る声でナツが呼べば、すぐに高年の、年かさのいった男の声が返ってくる。


「はーい。中にいるよー。遠慮なく入ってー」

「わかりましたー」


 呼ばれるままにナツは社務所の中へと入り、慣れた動きで声のした方へ。

 畳敷きの応接室へと到着すれば、そこに目的の人物が座っていた。



「こんにちは、孝太郎さん!」


 ナツがそう呼ぶ人物は、紫袴の装束を身に纏っていた。


「こんにちは、夏彦くん」


 五樹阿蘇神社の宮司――相楽さがら孝太郎こうたろう

 40を過ぎた壮年の神職は、温和な笑みを浮かべながら、ナツに座るよう促した。



「気持ちのいい柏手が聞こえたね。先に大阿蘇さまに参られたのかな?」

「はい! 早く来すぎちゃったんで、活動報告を」

「なるほど。それはよいことだね。……それじゃ僕にも、報告をお願いできるかな?」

「はい!」


 来客用のお茶とお菓子を出しながら、孝太郎はナツから話を引き出していく。

 ナツはAYAKASHI本舗の運営について、神様へ伝えたものと同じように、彼にも洗いざらいを語って聞かせた。


 仲間の妖怪たちのことも、隠すことなく。



「なるほど。じゃあこのあいだ夜中に夏彦くんの家が騒がしかったのは……」

「う゛っ。あ、あれはミオがゲームのクリアができなくて……」


 相良孝太郎。

 彼はナツの、ひいてはAYAKASHI本舗の後援者である。


 数年前、妖怪たちとV箱をやりたいとナツから相談を受けて以降。

 大人の目線、立場から、ナツの活動にあれこれと手を尽くして手伝ってくれている。


 妖怪が見えるという異質な力を持つナツにとって、彼は数少ない、人間の理解者だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る