第6話 好きな人のことを知るために盗聴器って普通ですよね?

 白金さんを我が家に招いた俺だったが、一緒にお風呂みたいなイベントはもちろん起きない。あんなのはヤンデレと同じでラノベや漫画の世界だけだぜ。

 洗濯したての着替えとタオルを渡し、俺の部屋で着替えてもらっている。最初は俺の服ではなく雪乃の服を貸そうと思ったのだが、色々とサイズがね……



「白金さん入るよー」

「えへへ、いい匂いです……癒されます!!」

 


 扉を開けると、俺のシャツとジャージに身を包んだ白金さんが、なぜか満面の笑みでベッドに顔をうずめていた。

 


「……」

「……これはですね!!」



 そして、扉の音に気づいたのかこちらを振り向いた白金さんと目があうと顔が真っ赤になっていく。雪乃じゃあるまいし、わざわざ他人のベッドの匂いを嗅いだりはしないだろう。

 きっと幻覚だと思って一度扉を閉めて再度あける。



「安心院君、タオルとお着替えまでありがとうございます。助かりました」

「ああ、気にしないで。いきなり雨が降ってきて驚くよね」



 再度扉を開けると正座をしてほほ笑んでいる白金さんがいた。姿勢がいいからだろう。俺のTシャツとジャージを着ているというのにその姿には気品があり、お嬢様っぽさがあふれ出している。

 


 さっきのはやっぱり幻覚だったな。



 などと思っていると、白金さんの胸元にあるプリントされているパンダがむっちゃ伸びてえらいことになっていた。それを見て、先ほどの雨で濡れていた白金さんの豊かすぎる胸元を思い出してしまい、俺は必死に素数を数える。

 


 やばいやばい、冷静に考えたらなんで俺は当たり前のようにクラスメイトを自分の部屋に連れ込んでいるってすげー状況じゃん。

 当たり前の話だが、俺はヤンデレ娘がタイプだが、普通に女の子にもドキドキするのである。思春期だしね!!  正直勃起する!!



「安心院さんどうしました?」

「あ、いえ、何でもないです!!」


 

 白金さんの驚異的な胸囲(ギャグです)を改めて実感し、エッチなことを考えるのをごまかすようにして、本棚に手を置くと、絶妙なバランスでたてかけられていた一部の本たちが雪崩をおこした。



「あっ!?」

「ああ、汚い部屋でごめんね。普段は藤村と雪乃くらいしかこないからさ……」



 俺が気恥ずかしくなりつつも、苦笑してかたづけようとするとなぜか白金さんの目がある一冊の表紙に止まっており、その顔が先ほどとは違う意味で真っ赤になっていくのがわかる。

 その答えはその視線の先にあった。『僕は大大大好きなお姉ちゃんに甘えたい』と書かれたエッチな本だったのだ。その表紙には高校生の少年が豊かな胸の姉らしき少女の胸元に顔をうずめて幸せそうな顔をしているものだったのだ。



「うわぁ、ごめんごめん!! これは藤村に借りたやつなんだよ」

「その……大丈夫ですよ。安心院君も年頃ですし、男性がこういうのに興味があるのはわかってますから……私もこういう本ありますし!! 男同士がいちゃいちゃしているやつですが!!」



 それはまた違うやつじゃないかなと思いつつ顔を真っ赤にしてフォローしてくれる白金さんに感謝する。彼女もパニックになっているのか、あたふたしているのが目にとってわかる。

 

 ちょっときまずい……


 くっそ、これがせめて俺の大好きな『ヤンデレ少女に監禁された100日間』とかならまだ納得できるのに、よりによって藤村に借りた他人の性癖で勘違いされるのはきつい。これじゃあ俺が巨乳が大好きで、甘えん坊みたいじゃないか。



「いやぁ、その……変なもの見せちゃってごめんね」

「……安心院さんは誰かに甘えたいんですか?」

「え? これは単なるエロい本でそんな意味はないって……」



 思わず口ごもったのはこちらを見つめている白金さんの表情が真剣そのものだったからだ。いつものような笑顔でもなく、時々見せる妖艶な目でもなく、ただ純粋に俺のことを思っているそんな風に思える顔だった。

 おちゃらけてはいけないそんな雰囲気があるが、俺に甘えたい願望なんてない。そう答えようとした時だった。



「それは、表札の名前が安心院君の名字と違うことに何か関係がありますか?」

「え、いやそれは別に……」



 そう答えようとしてずきりと胸が痛んだ気がした。



 誰もいないワンルーム。一人で寝る布団の冷たさ。忘れていた……いや、忘れようとした孤独が俺に襲い掛かってきて……

 そのまま何かに引き寄せられ鷹と思うと、顔に柔らかいものが押し付けられて、甘い香りが鼻孔を支配する。



「すいません、踏み込みすぎました……そんなにつらそうな顔をさせてしまい申し訳ありません」


 

 耳元でそうささやかれるその言葉で、俺は彼女に抱きしめられていることと、自分がつらそうな顔をしていたことに気づく。


 とっくに乗り越えたと思ったんだけどな……



「白金さん、この体制はいろいろとまずいから……そのね……男の子は……」

「安心院さんにはたくさん助けてもらいましたから、そのお礼です。それに私にならいつでも甘えていいですからね」



 豊かな胸の感触と耳元でささやかれる声が何とも心地よく、俺は彼女がいいならいいかと思いその言葉に従う。

 何かに支配されるような感覚がしたが、不思議と悪い気はしなかった。


★★



「なんか恥ずかしいところを見せちゃったな……」



 そう言って気恥ずかしそうにほほをかく安心院君と私は、一緒に夕暮れの中を歩いていた。彼を抱きしめて夢のような時間を過ごした後に、雨がやんだので帰宅することになったのだけど、彼は夕食の買い出しのついでに途中まで一緒に送ってくれると言ってくれたのだ。


 やっぱり優しいですね。



「いえいえ、私も安心院君の意外な姿が見れて嬉しかったですよ。また、甘えたくなったら遠慮なく言ってくださいね」

「いやぁ、あれは本当に忘れてって……」



 安心院君は顔を真っ赤にして、顔をうつ向かせるのを見て、私は「かわいい!!」と胸が高鳴るのを感じた。そして、彼を抱きしめているときに感じた幸福感を思い出して、心と下半身が熱くなっていくのを感じる。



 もっと、安心院君に甘えてほしいですね……どうすればいいでしょうか?



 そんなことを考えていると、彼が私が持っている制服の入った袋を指さす。



「それより、制服が乾かなくて、俺の服のままだけど大丈夫? 義妹のが着れたらよかったんだけど……」

「いえ、むしろこっちのほうが嬉しいです」

「?? まあ、たまにはボーイッシュな服装も着てみたくなるよね」



 安心院君は一瞬キョトンとした顔をしてから納得しているが、もちろん彼の思っている意味とは違う。彼の服を身にまとっていると、まるで彼に包まれているようで幸せな気持ちになれるから嬉しいのである。

 許されるならばこのままこの場で匂いを嗅ぎたいくらいである。



 さすがにはしたないですから、そんなことは言えませんが……



 洗剤の匂いにまぎれて彼の香りがうっすらと感じられるのが何とも体を熱くさせる。



「じゃあ、また、学校で!!」

「はい、今日は本当にありがとうございました。あとで連絡しますね」



 会話の流れでメッセージアプリを交換したので気軽に連絡をとれることになったのも嬉しい。それにしても……天気予報通り雨が降ってくれてよかった。


 私は念のため持ってきていたカバンに入っている折り畳み傘を撫でる。昨日天気予報を見て、ちょうど学校の案内を終えるくらいに夕立がやってくることを知っていた私は一つ作戦を練ったのである。それで昨日ではなく今日学校案内をお願いをしたのだ

 歩く速度も計算し、彼の家の付近で雨に降られたのは偶然ではない。



「おかげで、安心院君の家にお邪魔することができましたね、よかったです」



 そして、私はオートロックのあるタワーマンションに入る。



「ただいま帰りました」



 実家にいたときの習慣で口にするが、返事はない。まあ、今は一人暮らしなのだから当たり前なのだが……



「それにしても、『僕は大大大好きなお姉ちゃんに甘えたい』……ですか……」



 興味をひかれた私は彼が持っていたエッチな本を検索してみて……その肌色の多さと行われている行為に思わず顔を真っ赤にしてスマホを閉じてしまう。

 


「ハレンチです!! でも……安心院君もこういう風に甘えたいのでしょうか?」



 私は女子校というのもあり、そういうのとは疎遠な暮らしをしてきたので、たとえ漫画でもこういうのを見るのは恥ずかしいのである。だけど、彼のためならば喜んで学ぼうと思う。

 抱きしめたときの幸せそうな顔と、名字が違う家に住んでいることを思い出して私は思う。



「彼も私と同じように孤独を感じているのですね……だったら、私がそれをうめてあげたいです。甘えさせてあげたいです……」



 彼にもしも甘えて抱き着かれたらと思うと……再び体が熱くなっていく。落ち着かせようとお風呂にでも入ろうとして……今身にまとっている衣類が彼のものだと思い出した私は先ほどの、エッチな本に書いてあってたことを思い出す。

 彼が私に触れたらどうなるかと想像し……



「んんっ……!?」



 思わず自分の無駄に大きい胸元に触れると、不思議な感覚に思わず声が漏れる。初めての感覚に困惑しながらも次はどうしようと手を動かして……



『…………』



 先程彼の部屋に仕掛けておいた盗聴器から何か声が聞こえてきたことに気づき、私は手に取る。



「おや、さっそく、安心院君が帰ってきたようす。思ったより早かったですね……」



 先ほどまで行おうとしたことの恥ずかしさをごまかすようにして耳をすませる。この行動に悪意はない。むしろ気になる人のことを知るための手段の一つに過ぎないのだ。



 私の好きな作品のヒロインもやってましたし、恋の駆け引きってやつですね。



 そして、自分のことを何か言ってくれていたらうれしいなと思って耳を傾けると……



『もしもし、聞いていますか? 泥棒猫さん』



 と今朝の聞いた女性の声が聞こえてきた驚きのあまり大きく目を見開くのだった。




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いよいよ物語が動きます。



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