45. 稲妻模様の頬

「あぁぁぁぁぁ! あんた何すんのよ!!」


 女神の甲高い声が辺りに響き渡った。何万年も大切にしてきた重い歴史を持つ重厚な幻獣の像が吹っ飛んでいく様に、思わず女神の声も裏返ってしまう。


「だから、話を聞いてって言ってるでしょ?」


 シアンは額に青筋たてて、神殿をビシッと指さしながら叫んだ。しかし、女神の怒りは止まらない。


「あんた、ぶった切った富士山をうちの子に直させたでしょ?」


 怒りのこもった女神の声に、シアンは固まってしまう。


「え? そ、そんなこと……あったかなぁ……?」


 シアンは目を泳がせながら冷や汗を浮かべる。


「スッとぼけやがって! お仕置きよっ!」


 ひときわ激しい雷がシールドを貫いてシアンに直撃した。目を開けていられないほどの激しい閃光と衝撃が辺りを襲い、地震のように地面が揺れる。


 グホォ……!


 シアンは髪の毛をチリチリに焼かれ、口から煙を吐きながらばったりと倒れた。


「あぁっ! シアンちゃーん!」


 タニアは慌てて駆け寄り、シアンを抱き起こすが、シアンは白目をむいてピクピクと痙攣をおこしている。


「まぁ、自業自得じゃな」


 レヴィアは首を振り、ふぅと大きくため息をついた。



.........................................................................................................................



「あ、あれ……?」


 瑛士が目を覚ますとそこは薄暗く広い空間だった。


「お、気がついたか。良かった良かった」


 シアンの柔らかい腕に抱き起こされながら見回すと、壁にはランプがぽつぽつと光り、揺れる炎が幻獣の彫刻に心地よい陰影を浮かべている。その荘厳な雰囲気、どうやら神殿の中らしかった。


「あれ……、なんか焦げ臭いよ?」


 どうもシアンの方から肉が焦げたような不穏な匂いが漂ってくる。見ればシアンの髪の毛はあちこちチリチリと焦げていた。


「いや、なんかもう、美味しくこんがり焼かれちゃってね。きゃははは!」


 楽しそうに笑うシアンの頬には稲妻模様の焦げ目が走っている。


「だ、大丈夫なの!?」


「こんなのなめときゃ治るって! きゃははは!」


「ちゃんと反省してよね?」


 その時、奥の方から威圧的な女性の声が響いた。


 えっ……?


 慌てて立ち上がって奥の方を見ると、奥の玉座に若い女性が座っている。すらりとした長い脚を組み、淡いクリーム色の法衣を纏って不機嫌そうにほおに指を当てていた。


 神殿の奥には時間の概念を超越した幻想的な液体のクリスタルの滝が流れている。滝は重力に逆らい、静かに底のプールから天井へとゆったりと流れ上がる。滝の中で舞う無数の光の粒子は、幽玄な光を放ち、その煌めきの中に、サファイアのように青く輝く玉座が浮かんでいる。優美な流線型を描きながら美しい女性の肢体を支えている玉座は、まるで生きているかのように、その美しい女性の肢体を優雅に包み込んでいる。


 女性は目を丸くしている瑛士を見て、チェストナットブラウンの髪を揺らしながらクスッと笑う。その美しさと威厳で周囲を圧倒する彼女の姿は、まさに伝説の中の女神そのものだった。


「め、女神……さま?」


 瑛士はあわてて居住まいを正しながら聞く。


「蒼海瑛士くん? 災難だったわね。コイツと付き合うと命がいくらあっても足りないわよ」


 女神はシアンをにらみ、肩をすくめる。


「そ、そうですね。それでも感謝はしています」


 瑛士は口をとがらせているシアンをチラッと見ながら答えた。


「ふぅん、これからも苦労しそうね」


 女神は鼻で笑うと肩をすくめる。


「それで……、管理者アドミニストレーターやりたいんだって?」


 女神はすらりとした脚を組み変えながら小首をかしげ、聞いてくる。


「は、はい。うちの地球を何とか再生させ、活気ある世界にしたいんです」


管理者アドミニストレーターというのはある意味【神】なのよ? 人間をやめることでもある。それでもやりたい?」


 女神は琥珀色の瞳をキラリと輝かせながら鋭く瑛士を見つめる。


「はい。ぜひやらせてください!」


 瑛士は握ったこぶしをブンと揺らし、力強く答えた。


 女神はしばらく瑛士の瞳を見つめ……、ニコッと相好を崩した。


「よし、これよりキミはプロダクション3723の見習い管理者アドミニストレーターよ。担当教官は……レヴィア! ちょっと教えてやって」


「わ、我ですか!? み、御心のままに……」


 横でボーっと見ていたレヴィアはいきなりの指名に驚き、慌てて胸に手を当てながら答えた。


「あ、ありがとうございます。そ、それでですね……」


 瑛士はパパの件を切り出そうとする。


「ダメよ!」


 女神は聞く前から断った。その琥珀色の瞳は冷徹に瑛士を貫き、瑛士は言葉を失って立ち尽くしてしまった。

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