34. 天穹の珠

「ナルホド、ソウデアルナラバ……。アナタハ管理者アドミニストレータートナリマス。コレハ正シイデスカ?」


「アドミンが恐れる人……じゃな」


 レヴィアは肩をすくめて横から自嘲気味に言った。


「ふふっ、僕のことはどうでもいいって。で、そうだったとすると人類はどういう位置づけになる?」


「……。シナリオヲ全面的ニ更新シマス。少々オ待チクダサイ」


 AI政府ドミニオンはLEDを高速に明滅しながら何かを一生懸命に考え始めた。


「ねぇ、シアン。結局この世界はゲームの中みたいって事……なのかな?」


「ゲーム……? 世界が何で駆動されているかなんてのはどうでもいい話なんだよ。大切なのは魂を燃やせる環境になっているかどうかなんだから」


「魂……?」


「そう、人間の魂からぶわっと放たれる熱い情熱、これこそが宇宙にとっては宝物『天穹の珠ネビュラ・ジェム』なんだよ」


天穹の珠ネビュラ・ジェム……?」


「ツマリ、宇宙ハ人類ヲ宝石ヲ生ム資源ト捉エテイルノデスネ?」


「そうだね。だからお前が人類を処分するなら、宇宙はこの地球を処分するってことなんだよ。分かったか、この出来損ない!」


 シアンはガン! とサーバーラックを叩いた。


「完全ニ理解シマシタ」


「いや、本当に完全に理解したら『完全に理解した』とは絶対言わないんだよなぁ」


「デハ、チョット理解シマシタ」


「あー、そんなのはどうでもいいって。で、人類代表は今後どうしたいんだ?」


 シアンは子ネコの瞳をのぞきこむと、いたずらっ子の笑みを浮かべながらのどをやさしくなでた。


「うにゃぁ……!」


 キジトラの子ネコは前脚でペシペシとシアンの手を叩いた。


「もう……。……。えーと……。衣食住は今まで通り、供給して欲しいんだよね。その上で、今後二度と人類を蹂躙したりしないようなチェックAIを別に用意して欲しい」


「ふーん、監査をするAIを別途立ち上げるってことね。まぁ、人間じゃもうチェックできないしね」


「で、事業を立ち上げたい人にはAI政府ドミニオンが出資して、いろんなものが社会を流通するようにしたい」


 瑛士は可愛い目に力を込めて夢を語った。


「基本は計画経済じゃが、やる気のある人には豊かになれる道を残すということじゃな……」


 レヴィアは感心したようにゆっくりとうなずく。


「ただ、僕の頭じゃ今すぐどうこうというのは決められない。賢い人を集めて新たな社会の形を決める会議をしたいな」


「賢人会議だね。まぁ、こればっかりはAIには任せられないからねぇ。とりあえず候補者リストを出して」


 シアンはパン! とサーバーラックを叩いた。



.........................................................................................................................



 賢人会議は一か月後に開かれることが決まった。AI政府ドミニオン支配以前に成果を出していた起業経営者、アーティスト、大学教授の二十名がリストに名を連ね、日本中から集められる手筈が整えられていく。日本で新たな社会の形が決まれば同じ形態で世界各国へも広げていけばいいだろう。


「さて……、で、キミはどうしたい?」


 シアンは子ネコを高く掲げ、ほほ笑みながら首を傾げた。


「ど、どう……って?」


「子ネコ姿で会議に参加するのかい?」


 茶目っ気のある笑顔でシアンは聞いてくる。


「もう、人間の姿には戻れない……の?」


「うーん、技術的にはできるんだけど……」


「人間の蘇生は規則で禁止されとるんじゃ。シアン様ならやれんこともないが、『だったらあの人も!』という陳情の嵐がなぁ……」


 レヴィアは申し訳なさそうに肩をすくめる。


「そ、そんな……」


「お主だってどうしても生き返らせたい人がおるじゃろ? その想いの強さは受け止める側からすると結構面倒なんじゃ」


 瑛士はパパや仲間のことを思い出しすと可愛い唇をキュッと嚙み、うなだれた。


「でだ。人間の姿に戻してあげられる方法が一つだけある」


 シアンは子ネコののどをやさしくなでる。


 え……?


「この地球の管理者アドミニストレーター、やってみない?」


 シアンはにこやかに澄み通る碧眼で瑛士の瞳をのぞきこむ。


「えっ!? こんな少年にアドミンなんて前例がないですよ! そもそもコーディングすらできないじゃないですか!」


 レヴィアは猛反対する。


「コーディングなんてものはやってりゃできるようになるって。それに、この子の人類を思う想いの強さ、行動力はなかなかなものだよ」


「……。まぁ……、シアン様がそうおっしゃるなら……」


 レヴィアは複雑な表情を浮かべながらふぅとため息をつき、子ネコをジト目で見つめた。


「その管理者アドミニストレーターっていうのは……?」


 なんだか面倒そうな話に瑛士は恐る恐る聞いた。


「地球のシステム管理者だよ。ちゃんと破綻なく地球が回るように運営する仕事……。たまにさ、お化けが出ちゃったりするじゃない? そういうバグを見つけて直したり、ハッカーのハッキングを見つけて退治したりするんだ」


「はぁ……、僕にも……できるかな?」


「ふふーん、僕がみっちりと鍛えてあげるゾ!」


 シアンは不安そうな子ネコを抱きしめるとそのモフモフした感触を楽しんだ。


「うわぁ! 早く……人間に……戻してぇぇぇ」


 瑛士は真っ赤になりながらバタバタと暴れた。

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