4. セクハラ疑惑

「あれも……撃ち落とせる?」


 瑛士は今にも泣きそうな顔でシアンを見た。


 シアンはスマホカメラでズームを拡大し、ミサイルを視野に入れるが、渋い顔で首をひねる。


「うーん、ミサイルってメッチャ速いんだよねぇ……当たるかなぁ?」


「に、逃げた方が良くない?」


 額に冷汗を浮かべる瑛士。


「あれ、追尾型だから逃げても追いかけてくるんだよねぇ……どーしよ? くふふふ……」


 シアンは窮地に追い込まれているのに嬉しそうにして瑛士を見る。むしろ、窮地であればあるほど楽しそうにすら見えた。


「マジかー!?」


「仕方ない、こうするか……。パワー最大!」


 シアンは指先でスマホの画面にキュキュっと不思議な模様を描く。


 キュィィィィィン……。


 スマホは異常な高周波を発しながら黄金色の光を纏い始める。


「な、なんなの……それ……」


 まるでファンタジーの魔道具のようになってしまったスマホを、瑛士は困惑の眼差しで見つめた。


 シアンはそんな瑛士をニヤリと楽しそうに見つめると、人差し指をピッと立てる。


「スマホの画面にね、『心』の形にジェスチャー描くとパワーモードに入るんだよ? 知らなかった?」


 瑛士はその意外な情報に思わず目を輝かせた。


「えっ!? 本当? 初めて知っ……」


「嘘だけどね。きゃははは!」


 シアンは心から楽しそうに笑う。


 瑛士は緊急事態でも楽しくからかってくるこの少女をどうしたらいいか分からず、渋い顔でほほをピクピクと動かした。


 そんな瑛士のことなど全く気にせず、シアンは先頭を突っ走ってくるミサイルにカメラのズームを最大にして合わせる。


「照準ヨシ! それ行けーー! きゃははは!」


 シアンは楽しそうにパシャー! っとシャッターを切った。


 直後、巨大な光るこぶしがスマホから怒涛の如く飛び出す。その圧倒的な衝撃で二人の髪が風に舞い、土ぼこりが噴きあがった。サイリウムを思わせる青白い光を放つその巨大こぶしは、時折バチバチと雷光を発しながら、一直線にミサイルに向かって疾走する。跡にはフワフワ舞う光の微粒子が漂っていた。


 あっという間にミサイルに達した刹那、天も地も光の洪水に覆われる。


「うわぁ!」「きゃははは!」


 瑛士が腕で目を覆っていると、ズン! という激しい衝撃が廃墟の渋谷一体に響き渡り、廃ビルがガラガラと瓦礫を振りまいた。


「うはっ!」「WOWワオ!」


 衝撃波が二人を襲い、シアンは吹き飛ばされ、後ろにいた瑛士と共に思わずしりもちをついてしまう。


 若い娘独特の柔らかく滑らかな肌を押し付けられ、爽やかで甘い香りに包まれた瑛士は真っ赤になりながら慌てて立ち上がる。


「す、すごいな……そのスマホは……」


「思ったより派手に爆発したね! 僕もビックリ! きゃははは!」


 瑛士に差し伸べられた手を握って、楽しそうに笑いながらシアンも立ち上がった。


「ふぅ、これで解決……かな?」


 瑛士は爆煙がうっすらとたなびいていくのを目を凝らして見つめる。 


「あーダメだ。一発撃ち漏らしがあるゾ」


 シアンはそう言いながら爆煙を突破してくるミサイルにスマホを向けた。


「もう一丁! ポチっとな」


 シアンがシャッターボタンを押した時だった。


 プシュッ……。


 気の抜けたような音と共に急にスマホ画面が真っ暗になり、真っ赤な空電池マークが点滅した。


 へっ!?


 思わず瑛士はスマホを二度見してしまう。


「あちゃー! 電池切れ!」


 シアンは宙を仰ぎ、額に手を当てた。


 しかし、その間にもミサイルは迫ってくる。充電してる暇などとてもなかった。


「ダメじゃん! 逃げるよ!」


 シアンの手を取ると瑛士は一気に駆け出した。


 残り一発であれば、うまく隠れれば耐えられるはずである。


 瑛士はひしゃげた非常ドアまでくると思いっきり蹴破って、真っ暗闇の階段を足早に下りていった。


 直後、ズン! という激しい衝撃が廃ビル全体を震わせ、二人は吹き飛ばされる。


 ぐはぁ! きゃぁ!


 暗闇の踊り場に折り重なるように転がる二人。


 ビルが崩壊するかのような激しい振動がズン! ズン! と何度か続き、バラバラと破片が二人に降り注いだ。きっと上の階が下に崩落しているだろう。この階も崩落したら一瞬でぺちゃんこである。


 瑛士は激しく揺れ動く非常階段の鉄柵を握り締めながら、ただ一心に階段が崩落しないことを祈った。


 やがて訪れる静寂――――。


 くぅ……。


 あちこちに痛みが走る中、瑛士は覆いかぶさるムニュッとした感触に気がついた。


 ん……?


 目も暗闇に慣れてきて、なんだろうと手で持ち上げると、それは温かく、しっとりとした張りのある弾力を感じさせてくる。


「きゃははは! 瑛士はエッチだな」


 シアンは楽しそうに笑った。なんとそれはシアンの豊満なふくらみだったのだ。


「あわわわ! ち、違うって! これは事故! わざとじゃないんだから!」


 慌てて立ち上がり、真っ赤になって否定する瑛士。女性経験のない瑛士には触ったこともない柔らかなふくらみに耳まで赤くなってしまう。


「ふふーん、どうだか?」


 シアンは茶目っ気のある笑顔で上目遣いに瑛士を見た。


「今は非常事態! これは不可抗力! ねっ?」


 瑛士は必死に両手を動かして弁解を試みる。


 それにしてもなぜ、命のかかった戦場の最前線でセクハラ疑惑を受けているのか? シアンが来てから調子が狂いっぱなしの瑛士は、深いため息をついてガックリと肩を落とした。

 

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