第25話 緊急会見

 始発に合わせて何とか病院から抜け出したカナタは、あくびをかみ殺しながら学校に向かっていた。

 本当ならサボりたいところだったが、二日連続でサボるのはさすがに気が咎めたのだ。


「真面目っすねぇ。ヒモになれば学歴なんていらないっすよ?」

「天使……お祓い……検索、っと」

「何で不穏なワードでググってるっすかー!?」

「本気で分からないなら病院行って脳みそ全部取ってもらってこい」


 空っぽの方がまし、と宣言しながらのぞき込んだスマホの画面に、ニュース速報が流れる。


『朱里、緊急記者会見』


 言葉が短いのは、煽らなくとも内容がセンセーショナルだからだ。


「ママと話して、この後どうするか考える。必要なら記者会見もやるわ」

「……同席は?」

「話しあいが落ち着いてから、改めて同席してもらうから大丈夫♡」

「待て。話し合いが落ち着いたら同席する必要なくないか?」

「義両親に挨拶……私もいかないと♡」

「待って!?」


 暴走気味の朱里に押されて病院を後にしたが、朱里は一対一で母親と話をしたらしい。

 マスコミに記者会見の情報が流れているということは、話し合いが一段落したことを示していた。


「でもすげぇな……会見やるって言ったらその日のうちに特番組まれるのかよ。しかも昼ど真ん中」

「ハイパー美少女日本代表みたいなトコあるっすから。あれだけのネームバリューがあればFAX一本でマスメディアは釣れるっすよ」

「何でサブカルに詳しいんだよ……」

「天使のたしなみっす」


 そんな話をしながら学校にたどり着き、授業を消化する。

 カナタとしては福田から要注意人物――三年の毒島なる輩について訊ねたかったのだが、福田の情緒はそれどころではなかった。


「あああああああああ朱里ちゃんに何があったんだあああああああ!!!!!」

「落ち着けよ」

「これがハリウッドとかボリウッドデビューなら良いけど緊急の記者会見だろ!? もうまったく分からねぇ……! 病気とかじゃなきゃいいけど……!」

「落ち着けって」

「カナタは世界が終わるかもしれないって言われて落ち着けるのか!?」

「何でキレた!?」

「俺にとって朱里ちゃんは世界なんだよ! もし滅ぶと分かったら――」

「分かったら?」

「借金して朱里ちゃんに貢いで存在を認知してもらうかな」

「発想がブイチューバー大好きな人間の投げ銭スパチャ

「迷惑かけずに認知してもらうためにはそのくらいしか思いつかないんだよ!」

「付き合いたいとかはないの?」

「はぁ? 朱里ちゃんが俺を選ぶような悪趣味な人間だってディスってる?」


 情緒も理性もバグり散らかしている福田との会話を諦め、ネット中継にアクセスする。

 教室内にいる生徒のほとんどがスマホを覗き込んでいるあたり、朱里への関心が伺える。


「はじまった」


 誰かの呟きと同時、モニターに母親を伴った朱里が現れる。フラッシュがバシャバシャと焚かれる中、落ち着いた様子の朱里が深々と一礼。


「本日はお忙しい中お集まりくださりありがとうございます。急なこととなりますが、よろしくお願いします」


 朱里が続けた言葉に、クラス中から絶叫が響き渡った。


「現在、契約している仕事を消化し次第、無期限の活動休止に入ろうと思います」


 カナタも目が点になっていた。

 どういう話し合いでそんな結論になったのかがまったくわからなかった。


「……どーするっすか?」

『どうもこうもないだろ。朱里がそうするって言うなら、俺は支持する』

「そうじゃないっす! ヒモ計画っすよ!」

『お前マジで黙れ』


 画面の向こうでも記者たちが騒めく中、質疑応答に入る。


「何でですか!?」

「何か問題が——」

「健康上の——」


 次々と続く質問の津波にしかし、朱里は笑顔で対応していく。


「健康面じゃないです。精神面でもないですよ。しいて言うなら……人生設計ですかね?」


 仕事は大変なこともあるけれど好きだし、充実しているとも思う。

 多くの人に容姿や演技を褒めてもらえるのは嬉しいし、嫌だとも思っていない。

 業界には変な人も寄ってくることはあるけれど、同じくらい尊敬できる人もいる。


 淀みなく答える朱里に、ではなぜ、と質問が飛んだところでいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「好きな人ができたんです。その人と一緒にいる時間が欲しくて」


 爆弾発言だった。

 それも、核爆弾並みの破壊力を持った爆弾である。


「それに、この業界だとドラマでキスシーンとか、そういうのもあると思うので……誤解されたり、不安にさせたくないんです」

「不安に、ということはその方とはもうお付き合いされてるんですか!?」

「一般の人ですか!? どこで知り合ったんでしょうか!?」

「相手は社会人ですか!? それとも――」


 餌に群がる鯉の如く殺到する質問。

 朱里はさすがの鉄壁具合ですべて跳ね返す。


「私の片思いです。芸能関係ではないので詳しくは伏せますが、プライベートで困っていた時に励ましてくださったんです」

「私、実は重たいんです。でも、そんなところもまったく嫌がったりしないでいてくれて」

「家族との話し合いが終わったら会見を開くかも、ってだけ伝えてあるので、もしかしたら見てくれてるかもしれないですね」

「……そうだったら、嬉しいな、なんて」


 恥ずかしげに微笑む姿に多くの人間が脳と理性を焼かれる。

 もともとの魅力に加え、救世者の欠片を取り込んだことで魂の輝きが強まっていた。


「そんなわけで、活動休止となりますが、最後までお仕事は頑張りますので応援よろしくお願いします」


 いくつかの質問をピックアップしたのち、朱里はそんな言葉で会見を締めくくっていた。

 ニュースにSNS、教室内とあらゆるところで活動休止に関する話題が溢れた。

 ちなみに福田は滂沱の涙を流していた。

 カナタは声をかけるか悩んだが、


「……みえる、ウエディングドレスを着て幸せそうに微笑む朱里ちゃんが……!」


 現実とはかなり離れたところにトリップしていたようなので諦めた。


 そして放課後。


「夢咲カナタってのはどいつだ?」


 カナタの元に、厄介ごとが飛び込んできた。



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