第9話 西の国ディージュ

 しかし、四人の若者に見詰められ、すり替えるにせの鍵を出す。

「封印の方はともかく、こちらの鍵は無理しなくていい。竜さえ助かれば、その後に彼らだけで竜をどうこうすることは不可能だから、彼女を解放してくれるだろう」

 リリュースが無力になってしまうわずかな時間に、彼らは封印の魔法をしかけた。竜の奪われた力が戻れば、もう普段と同じ。人間が竜をどうこうできる力はない。

 彼らの計画は、失敗となるのだ。

「でも、腹いせに……ということもありますから。そういうことをしでかす人間は、感情が高ぶった時に何をするかわかりません。ぼくはまだ魔法使いとしての経験は浅いけれど、そういった人を何度か見てます。封印は完成間近なんですよね? それを邪魔される訳だから、相当激怒すると思いますよ」

「無理を承知で、リリュースに向かって行っちゃうかも知れないよね」

「いや、それならまだかわいいぜ。妙に冷静な部分が残って、タッフードさんに仕返しの一つもしてやる、なんて考えたりするかもな。地下倉庫の扉を開けて奥さんを完全に解放しない限り、彼女は奴らの手の中だ。セルの言う通り、危険なのは変わらないぜ」

 最悪のことを考えれば、やはり一緒に地下倉庫の鍵を取り返した方がいい。

 セルロレックがタッフードから封印と地下倉庫のにせ鍵を受け取り、タッフードの分である封印の鍵を返した。

「正直なところ……必ず、なんて言葉は言えません。でも、最善は尽くします」

「大丈夫。きみ達ならやれる。私はここで吉報を待つことにするよ」

 タッフードに見送られ、四人の若い魔法使いとムウは、西の国ディージュへと向かった。

☆☆☆

 ディージュはどんよりと曇っていた。

 雨が降りそうで降らず、雲が晴れて太陽が顔を出すこともない。

 気温は夏のように暑くはなく、冬のように寒くもない。かと言って、春や秋のように気持ちのいい空気ではないのだ。

 北の国グリーネから離れると寒さがどんどんやわらいできたので、ほっとしていたフォーリアだが、これはこれですっきりしない。

 雨がずっと降っている東のゼンドリンと違い、湿度は低い。それならもうちょっと気持ちよく感じそうだが、とてもそんな気分になれなかった。

 まだ昼間にもかかわらず薄暗い、この空のせいだ。

「気温だけなら、文句はないんだけどなぁ。キュバスよりも、身体はずっと楽だ」

 気温の高い南の国から来たレラートも、低くたれこめた雲をながめてため息をついた。

「じき夕焼け空が見えてもいい時間なんだけどね。私の家から少し歩いた所に丘があって、そこから眺める夕焼けがすっごくきれいなのよ。小さい頃は、よく友達と眺めてたわ」

 魔法使いの修行に没頭するようになって、そんな光景も忘れていた。

 今回のことで見られなくなった、ということにふと気付いた時、大切なものを置き去りにしてきたせいだ、と思ってしまった。

 でも違う、と思い直す。自分を中心に、世界が回っている訳ではないのだ。

 サーニャが魔法使いの勉強をしていたら夕焼けが見られなくなった、なんてあるはずがない。何かがおかしいのだ。

 おかしくなったなら、それには原因が必ずある。だったら、その原因を突き止めなければ。

 あの夕焼けを取り戻せたら、全てが元に戻るような気がする。

 誰も何も教えてくれない。もう待っていられないから、自分で行動する。

 サーニャがパドラバの島へ向かったのは、そんな気持ちからだ。

 竜がいる、と頭から信じている訳ではなかったが、何か答えにつながるものがここで見付かるのではないか、と思った。

 こうして夕焼けを取り戻すために一歩を踏み出せたのだから、その考えは間違っていなかったのだ。

「とにかく、今日はうちに泊まって。いきなり飛び込んでも、すぐに捕まっちゃったら意味がないものね。まずは情報を共有しておかないと」

 言われて向かったサーニャの家は「かなり裕福」と言われるであろう大きさ。館と言っても、差し支えなさそうだ。

 口にはできないが、お嬢様という雰囲気がサーニャに感じられなかったので、三人は少し……いや、かなり驚いた。

「魔法使いの修行、サーニャには厳しかったんじゃないか?」

「あら、修行は誰にとっても厳しいものなんじゃない?」

 お嬢様にはつらかったのでは、と思って尋ねたレラートだったが、あっさり言い返された。

「以前、うちや近所によく魔物が出たの。小さいけど、そいつらのせいで飼っていた犬や猫が殺されたり、子どもが危ない目に遭ったりしたわ。魔法使いを呼んで、退治してもらって結界も張ってもらうんだけど、時間が経つと安心して気が緩むでしょ。それに、結界の力も弱まってくるしね。その頃を見計らったみたいに、また現れるのよ。よく調べてみたら、近くに魔物を呼び寄せる石があったらしいのね。呼んだ魔法使いは三流だったみたいで、それに気付かないまま結界だけを張ってたの」

 その頃のサーニャは事情などわからなかったが、魔法使いをいちいち呼んでこんなことをしてもらっていては、きっといたちごっこが続くだけ。助けが間に合わないことだって、そのうちあるかも知れない。

 だったら、いっそ私が魔法使いになって、家族や周りの人達を魔物から守る。

 そう考えて、サーニャはこの道を選んだのだ。

「うちで飼ってた犬達の敵討ちっていうのも、動機の一つね」

 話しながら家へ入るまでに、庭で遊んでいた三匹の長毛の大型犬が尻尾を振りながらサーニャへ駆け寄って来た。客人にも尻尾を振って、愛想がいい。

 だが、ムウに気付くと、一匹が低く唸り声をあげた。それに気付いた他の犬も、同じように低く唸る。

「あらら、嫌われましたか」

 ムウはちょっと困ったような表情になる。フォーリアの顔辺りをふわふわと浮いているので、不審に思ったのだろう。

「こら、この子は私達の大切な助っ人なのよ。唸らないの」

 サーニャがたしなめ、犬達はおとなしくなった。しかし、その目はどこか警戒している。

「家の中には魔獣や妖精を呼んだりしないから、見慣れないのよ。ごめんなさい、ムウ」

「いえいえ、気にしないでください。人や動物から見れば、得体の知れない姿ですから」

「あら、あたしはムウの丸っこいところ、とてもかわいいと思うわ」

「そうですか? ありがとうございます」

 フォーリアにほめられ、ムウはにっこり笑った。

 サーニャに招き入れられ、彼女の家族に挨拶した後、彼らは客間へ入る。

 早速、作戦会議だ。

「名前だけは、ぼくも聞いたことがある。ディージュのアズラと言えば、博識の魔法使いだって。魔物退治うんぬんより、どちらかと言えば新しい魔法の研究を熱心にしている人じゃなかった?」

「セルってば、よく知ってるわね」

 他国の魔法使いを知っているセルロレックに、サーニャは素直に感心する。

 フォーリア達が知っているのは、せいぜい各国の魔法使い長くらいだ。それも名前だけで、どういう活動を中心にしているかなんて全然わからない。

 タッフードから聞いた「仲間」の一人は、アズラという魔法使いだ。ディージュでは実力者として、その名を連ねる。この辺りは、タッフードと同じだ。

 魔法使いが関わる催し物には必ずと言っていい程呼ばれるので、魔法使いになりたてのサーニャでも、その名前と顔を知っている。

 サーニャのイメージでは、アズラは魔法使いと言うよりは学者と呼ばれる方が似合いそうな風貌だった。銀ぶちの眼鏡をかけていたから、余計にそう感じたのだろう。

 書物を読む時ならともかく、常に眼鏡を愛用する魔法使いはあまりいない。

 魔物と対峙したりする時に魔法を使い、衝撃で割れたりしたら危険だからだ。落として急に視界が悪くなり、そのために隙を突かれてしまうことだってある。

 そのため、現場におもむく魔法使いは視力がよくなくても、まず眼鏡をかけない。

 視力が回復する魔法の研究は、ずいぶん前からされている。だが、まだ完全ではなく、一時しのぎ程度でしかない。

 やはりアズラの場合、研究という屋内作業が主な活動だから、いつも眼鏡なのだろう。

「研究者か。竜の力が手に入れば、新しい魔法が研究できるからぜひほしい! なーんて思ったんじゃないか?」

「竜の力を研究しようと思ったら、何回生まれ変わっても追い付かないんじゃないかなぁ。きっと、調べても調べても、次々に新しいことが出て来ると思う。竜の力だけじゃなく、竜そのものだって十分に調べがいがあるよね」

「竜も研究対象だったでしょうけれど、実際は消そうとしている訳でしょ。竜がいるとゆっくり研究できないと思ったのかもね。どっちにしても、自分の好奇心を満足させるために、世間を騒がすってどうなのっ」

「サーニャ、そう興奮しないで。きみは、アズラの館がある場所は知ってるのかい?」

 コーキという街の中心に城があり、アズラの館もその近くにある。有名どころの魔法使いは、だいたい似たような場所に居を構えているようだ。

 もちろん、静かな郊外に暮らす魔法使いもいるが、色々と情報が手に入るということで、アズラは街に住んでいる。

「ここからだと、遠くはないけど近くもないわね。だけど、十分歩いて行ける距離よ。問題は、この館のどこに鍵があるか、よね」

「それは、ムウが探り出してくれるのよね?」

「はいはーい。私におまかせください」

 ソファに座る彼らよりやや高い位置でふわふわしているムウは、単純な点と線の顔でにっこりと笑顔をつくる。

「タッフード様もおっしゃったように、封印の鍵は何か別の物に形を変えられているでしょう。それを私は空気……気配? とにかく、感覚で感じ取れます。感じ取れた場所をみな様にお知らせし、タッフード様からお預かりした鍵を本物と同じ形にしますので、それとすり替えてください」

 本物の鍵を見付けること、タッフードから預かったにせの鍵を変形させることがムウの仕事であり、それをすり替えるのがフォーリア達の仕事だ。

「なぁ、ムウ。地下倉庫の鍵も、同じように形が変えられてるのか?」

「さぁ、それは何とも。ですが、こちらの見た目は普通の鍵と同じですから、案外知らん顔で鍵束の中に紛れているかも知れませんよ。青白く見えるのは、魔法使いだけですからね」

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