第7話 犯人

「調べたいこと? 家まで来るということは、魔法使いの生活実態調査かな」

「まさか。そんな個人的なことを調べには」

「じゃあ、隠し財産がないかを探りに来た、とか?」

 まずありえないだろう理由を並べるタッフード。

 面倒くさそうに話しているが、本当に面倒なのか、わざとなのか。彼の意図が見えない。

「パロア大陸で起きている異常のことです」

 何か引っ掛かって来ないかと、セルロレックはあえて真実を告げてみた。

「だったら、よそを調べた方がいいんじゃないのかい。ここを調べて、何かが出て来るとは思えないからね」

 特にタッフードが話にのってくる様子はない。

 セルロレックは、もう少し食い下がってみた。

「タッフードさんは、異常の原因は何だと思われますか」

「さぁ、何だろうね。パドラバの島のどこかで歪みでも生じたんじゃないかな」

「その歪みが、人為的なものとは考えられませんか」

 一瞬、タッフードの目が鋭くなった……ように、セルロレックには見えた。だが、すぐに無表情に戻る。

「きみは、どうしてそう思うんだい」

「自然のものなら、何かしらの前兆があると思うんです。人為的なものなら、ある日誰かがいきなり仕掛けたために、前兆もなく起きるのではないか、と」

 事実、今回のことが人為的なものであることを、四人は知っている。

「あの……タッフードさん。私、さっきあなたが持っていた物を見ました。あれは何ですか? それに、あと三日って言葉も聞こえたし」

「……」

 タッフードは、四人からわずかに視線をそらす。だが、すぐにその視線を戻した。

「きみ達がここへ来た本当の理由を話してくれれば、話してもいい」

 サーニャが聞いたのは、個人的に自分が見て聞いたものが気になったからだ。関係があるかどうかもわからないのに、竜の話をすることを取引していいものだろうか。

「やっぱりぼく達だけじゃ、限界があるみたいだ」

「俺達、交渉には絶対向いてないぜ」

 話をはぐらかすこともできない。ごまかせる言葉もすぐには思い浮かばず、うまい駆け引きもできない。

 このまま真実を隠して話を進めたとしても、この館をすっきりした気分で出ることは無理だろう。

 それ以前に、怪しんだタッフードによって館から出してもらえなくなることだってある。

 そんなことをするくらい、実力者の彼にとって大した労力ではないだろう。

「パドラバの竜が、魔法使いに封印されました。ぼく達は、その魔法使いを捜そうとしているんです」

 セルロレックがそう切り出しても、タッフードの表情は動かなかった。

☆☆☆

 パドラバの島へ行き、竜と出会ったこと。

 竜は魔法使いの手で封印されていること。

 封印の鍵を消せば、竜は解放されること。

 北から一番強い邪心を竜が感じたこと。

 そんな話を、セルロレックはタッフードに聞かせた。

「笑われても構いません。でも、今の話は、ぼく達が実際に竜から聞いたことです」

「グリーネで実力者と呼ばれる魔法使いということで、私の所へ来た……か。光栄だね、実力者と認めてもらえて」

 実力者=犯人かも知れない、という疑いをかけられている訳だ。

 それがわかっているはずのタッフードの言葉を、そのまま受け取ることはできない。

「ぼくが知る魔法使いで、高い魔力と技術力を持つ人をリストアップした結果です。失礼なのは承知していますが、こういうことができるのは実力者だろう、という以外に手掛かりがないので」

「いや、手探りでここまで進めたのは、すごいと思うよ。まずパドラバの島へ行って、あの霧の中へ突っ込んだ勇気に、本気で敬意を表するよ」

 タッフードはそう話しながらポケットに手を入れ、中から半透明の白い珠を取り出した。

「きみがさっき見た、というのは……これだろう?」

 サーニャに尋ね、彼女は小さくうなずく。

「これは、封印の鍵となる物だ。きみ達が捜している、竜の封印のね」

「ええっ」

 あっさり白状され、新人魔法使い達は驚きを隠せない。

 竜の話など、てっきり鼻で笑われるかと思っていた。作り話ならもっとうまく作れ、と言われても仕方ない、と。

 もしくは、本当に竜がいたのか、と驚かれるのではと思っていた。

 彼が竜がいる派いない派にかかわらず、そう簡単に自分達を信じてもらえるとは考えていなかったのだ。

 それなのに、それをしたのは自分だ、と告白されてしまった。

 逆に、その方がすぐには信じられない。

「いいのかよ、そんなことを話して……あ、まさか」

 真実を知った者は帰さない。

 それは、悪事をはたらく者の常道だ。

 しかも、ここへ彼らが来たことは誰も知らない。

 唯一、使用人のおばさんだけが知っているが、彼女はもうここへは来ないのだ。新しい働き口を探すため、よそへ行ってしまうだろう。四人が家へ帰ったかどうかなんて、知ったことではない。

 そもそも、自分が館から離れた後に四人が中へ入ったことすらも、彼女は知らないだろう。

 相手は北の国グリーネの中でも、実力者として名を連ねる魔法使い。

 方や、セルロレックは魔法使いと名乗れるようになってから、まだ三年目、正確に言えば二年半だ。

 サーニャなど、なったばかり。こちらは四人いると言っても、実力の差は歴然だ。何をされても、まともな抵抗すらできないだろう。

「きみ達をどうこうしようなんて、思ってないよ。したところで、もう時間もあまりないからね」

「時間って……あ、さっきの三日って言ってた、あれ?」

「三日から、長くても五日くらいかな。封印が完成し、竜はその力を奪われる」

「そんな」

 とんでもないことを知らされて誰もが青ざめ、言葉を失う。

 リリュースは、封じた魔法使い達が自分の命が尽きるのを待っている、と話していた。それがもう数日しかない、と知っているのだろうか。

「欲しかったら、あげるよ」

「え」

 タッフードは、持っていた白い珠をセルロレックに放った。

 反射的に受け取ったが、珠は思った以上に軽い。半透明でにわとりの玉子くらいの珠は、薄い便せん一枚を丸めたくらいの重さでしかなかった。

「ただし、それだけをどうかしようとすれば、竜が傷付く。四つの鍵を同時に消せば、封印は解かれるけれど……集めるのは難しいだろうね」

 この鍵一つだけでは、竜を助けることはできない。封印した者にとっては、一つくらい手元になくても特に支障がない、ということか。

「だから、自分の持つ鍵を、あたし達にくれるってことですか? あの……封印はタッフードさんがやろうと思ってやったことじゃないの? 見ていると、あんまりやる気がないって言うか、どうでもいいやって感じに思えるんだけど」

 タッフードの態度は、さっきからどこか投げやりに見えるのだ。北にいる魔法使いが、一番強い邪心を持って竜を封印したのではなかったのか。

 こうして話をしていると、とてもタッフードが先頭に立ってしでかしたこととは思えない。

「そうかい? 確かに、どうでもよくなってきたよ」

「ふざけるなっ。あんたはどうでもいいかも知れないけど、あんたやあんたの仲間がしでかしたことで、大陸中の人達が困ってるんだぞ。今はみんな、不安に思っている程度だけど、そのうち国中が混乱する。キュバスじゃ、暑さと渇きで具合が悪くなる人だっているんだ」

 レラートがかっとなってタッフードの胸ぐらを掴んだが、そのタッフードが声を荒らげた。

「私に仲間などいないっ」

「え?」

 激しかった口調は、すぐに元の静かなトーンに戻る。

「こんなことをする仲間など、私には必要ない」

「タッフードさん、どうしてこんなことをしたんですか。竜を封じてどうするつもりだったの? 今はどうでもよくなったかも知れないけど、その人達と一緒にやったからには、何か理由があったんでしょ」

 サーニャがストレートに尋ねた。

「力を持つ者をどうかしようという時は、だいたい相手が持つその力を手に入れたいと思う時だ。今回もそんなところさ。私がその魔法に手を出したのは……協力しろと脅された。妻を人質にされたのでね」

 タッフードはほとんど事務的に、淡々と話す。まるで他人事ひとごとのように。

「奥さんは実家に戻ったって、使用人のおばさんが話してたのに」

 フォーリアが首を傾げる。

「そうだけど、何も話は聞いてないってことも言ってたよな。どうして実家へ戻ったのか、理由を聞いてないってことだったんじゃないか?」

 気が付いたらいなくなっていて、主人から妻は実家に……と言われれば、使用人としては「ああ、そうなのか」と思うしかない。

 身内ではないからあれこれ聞き出せないし、誰に聞いても知らないのであれば「大方、ケンカでもして帰ったんだろう」と考えるくらいだ。

 しかし、それが人質にされていたのであれば。

 使用人がそんなことを知らなくても、当然だろう。犯人にしても、知っているのは自分達が操りたいタッフードだけで十分。もちろん、しっかり口止めはしているだろう。

「北から一番強い邪心を感じた、と竜は話したと言ったね。私を操ろうとした三人の悪意が集中していたせいじゃないかな。……手を貸す振りだけにしようと思っても、手を抜けばすぐにばれてしまう。あの時の私は、ほとんどヤケになっていた」

「三人……それは東西と南それぞれの国の魔法使いですね。誰なんですか」

 セルロレックの問いに、タッフードは肩をすくめた。

「知ってどうするんだい? きみ達が、彼らから鍵を取り返すとでも?」

「そのつもりです。竜と約束しましたから」

「……」

 これは竜のためだけではない。自分達や、自分達の大切な人達の生活もかかっているのだ。

「相手は、その国でも名うての魔法使いだよ。それでも行くのかい?」

「面と向かってその人達に鍵を渡せって言わなくても、こっそり取って来るとかなら何とかできるんじゃないかなぁ。あんまりほめられたやり方じゃないけど、向こうはもっとほめられないことやってるんだもん。あたし達がそれくらいのことをしたって、誰も非難しないと思う」

 真っ向勝負をしたって、まず勝てない。だが、何も正面からぶつかる必要はないのだ。

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