第5話 北の国グリーネ

 リリュースは、その魔法使い達は封印の鍵となる物を持っている、と話していた。北の方から一番強い邪心を感じた、とも。

 素直に考えれば、北にいた魔法使いが一番強く力を欲していたと考えられる。

 だとすれば、リーダー格の魔法使いかも知れない。封印の鍵についても、一番重要な物を持っているのではないか。

 四人の魔法使い達はそう考え、まずは北の国グリーネへ向かうことにした。

 フォーリアのようにそれぞれが魔獣の力を借りてパドラバの島へ来ていたので、こうして移動する時もまた魔獣の力を借りることになる。

 レラートは、燃え盛る赤い炎の狼。サーニャも狼だが、目が痛くなりそうな程に白い毛並みを持つ。セルロレックは、黒い毛並みが艶やかな馬だ。

 どれも人間を乗せて、空を飛ぶことができる。

 どういった地形の場所へおもむくことになるかわからない時は、こうして飛行できる魔獣の力がとてもありがたい。

「まずは、ぼくの家へ向かおう。みんな、その格好だと……特にレラートの服だと、今のグリーネを歩くのは辛いと思うよ」

 冷夏を通り越して初冬のような気温のグリーネでは、レラートのような薄手の服だと風邪をひいてしまう。フォーリアやサーニャもレラート程ではないが、生地そのものは薄い。

「あたし、寒いの苦手」

「フォーリアは、暖炉の前で丸まっていそうだよな」

「ねこと一緒になって、丸まってるんじゃないかしらね」

「え、どうして知ってるの」

 サーニャとレラートは軽くからかったつもりだが、あっさり肯定されてしまった。

「フォーリアって、期待を裏切る時と期待通りの時のギャップが大きいよね」

 聞いていたセルロレックが笑いながら言い、フォーリアは不思議そうに「そう?」と首を傾げるのだった。

 グリーネの国へ近付くにつれ、肌に当たる風が冷たくなってくる。この大陸は国によって多少の温度差はあるが、現在の季節は夏に入った頃のはず。

 それなのに、頬を通り過ぎる風の冷たさは、秋が終わる頃のものだ。

「本当に寒いな……」

 四人の中で、一番薄着のレラートがつぶやく。

 南の国出身ということもあり、寒いのはどちらかと言えば苦手だ。フォーリアのことをからかっている場合じゃない。

 セルロレックの家は国の南側に位置していたが、着く頃にはむき出しの腕がすっかり冷たくなっていたので、あまり慰めにはならなかった。

 セルロレックの家には彼の母親がいて、突然訪れた初対面の三人を見ると驚いた様子だったが、お互い軽く挨拶をしただけ。

 何か聞きたそうな顔をしていたが、セルロレックが「仕事の仲間なんだ」と言うと、開きかけた口を閉じた。

 魔法使いの息子が「仕事の」と言うからには、この三人も魔法使いだということはわかる。魔法使いの仕事には極秘任務もあるので、彼が仕事だと言えば母親も聞くのを控えるのだ。

 話してもいい頃が来て、話しても問題ない部分を息子が伝えてくれるまでは。

 セルロレックは三人を客間へ通し、自分の部屋から長袖シャツと薄いマントを持って来てレラートに貸した。

「これで寒さはしのげるよ。サイズはそんなに違わないだろ?」

「ああ。……袖がちと長いけどな」

 セルロレックの目の辺りに、レラートの頭のてっぺんがくる。その分、わずかながらシャツの所々が微妙に余る。

 レラートも決して低い方ではないが、そういう小さな点でちょっと悔しい。

「二人は長袖を着ているから、マントだけで何とかなるかな。妹達のを借りたんだけど」

 茶系のマントをフォーリアとサーニャへ渡す。

 セルロレックには十三歳と十四歳の妹がいて、それぞれから借りて来たのだ。後で二人から絶対に礼を請求されるとわかっているが、この際仕方がない。

「あったかーい。適度に乾いていて暖かいって、やっぱりいいよねぇ」

 ここしばらく湿った服ばかりだったフォーリアには、ちゃんと乾いた衣装というだけで何だか嬉しい。

 ちなみに、彼女が借りたマントは十三歳の妹の物。

「私達の服についてはこれで、クリアね。助かったわ、セル。ありがとう。で、リリュースが話していた魔法使いに、心当たりはある?」

「国で上位の魔法使いと言えば、頭に浮かぶ人はだいたい決まってくるよ」

 セルロレックは、思い浮かぶ魔法使いの名前を数人挙げた。

「怪しそうなのはどいつだ?」

「それは……何とも。竜に何かしそうな人、なんてぼくには思えないよ。みんな、それぞれに立派な人だから」

 しかし、そういった魔法使いの中によからぬことを考え、あまつさえ実行に移した者がいるのだ。

 それはわかっているが、セルロレックとしては誰がそう、とは言い切れない。断言できるような決め手がないのだ。

 そもそも、魔法使いになってから、まだおよそ三年。こうして名前を出したものの、その人物の誰ともこれまで直接会ったことがないのだ。

 どういう性格か、どんなことを考えていそうか、なんてわかるはずもない。

 さらに言えば、彼が出した名前の中に、竜を封印した魔法使いがいると決まった訳ではないのだ。

「実力者だったら、だいたい国王とも多少のつながりがあったりするよな。へたに疑いをかけたら、名誉毀損だとか何とか言われて、俺達全員が牢へ放り込まれるぜ」

 国王から「依頼という名の命令」で仕事をすることもある、と聞く。つまり、国王がその魔法使いを信用して、魔物退治をさせたりするのだ。

 そんな魔法使いを、何の証拠もないのに疑ったとわかれば。

 その魔法使いに仕事を依頼している国王さえも侮辱した、などと色々罪状が並べられ、捕まったりする可能性は大いにある。おかしな動き方はできない。

「他の魔法使いにも、迂闊うかつに相談するのは危険かもね。話を信用してもらえるかすらも怪しいし。そこから話が流れて、捕まるまでには至らなくても、犯人の魔法使いの耳に入って動きが制限されるってことだって、ありそうだもの。ここは私達だけで動く方がいいわ」

「あたし達はみんな、リリュースに信用してもらったもん。安心よね」

 フォーリアの言葉で、三人が顔を見合わせる。

 それまで意識していなかったが、初対面であっても確かにこのメンバーだけは絶対に信用できるのだ。

 仮に何かしらのやましい気持ちを持ってパドラバの島へ行っていたのだとしても、竜の前ではそれを隠し通すことはできないだろう。

 しかし、リリュースは何も言わなかった。封印の鍵を捜すことを、この四人に託した。竜は、彼らを信じてくれているのだ。

 それなら、疑う余地はない。

「そうか。今確実に信用できるのは、このメンツだけなんだな」

「人数は少ないけど、自分一人よりはずっといいよ」

「裏切ったら容赦しないからね」

 サーニャが軽い口調で言う。その裏には、裏切ってほしくない、という強い思いがあった。

 頼れるのは、今ここにいる三人だけだから。

「大丈夫よ、サーニャ。誰も裏切ったりしないわ」

 フォーリアがにっこり笑って言う。お互い初対面にもかかわらず、彼女は三人をまったく疑っていないのだ。

 フォーリアに言われ、三人は心のどこかで安堵あんど感を覚えた。

「信じてもらえて嬉しいし、今こんなことを言うのも何だけどさ……フォーリア、疑うことも少しは覚えろよ。お前、簡単に騙されそうで、俺の方が不安になってきた」

 レラートはフォーリアの友人のことなどもちろん知らないが、いつも友人達が感じている不安を、今まさに彼も感じていた。

 当人は周りのそんな不安など知らず、にっこり笑っている。

「じゃあ、話を戻そう。誰が封印の鍵を持っているかをどう特定するかだけど」

「セル、普段からもっと強い力を欲しいって公言してるような人、いないの?」

「んー、さすがにそういう人は……」

「思ってたって、さすがに公言はしないんじゃないか? だったらもっと修行しろって、周りから突っ込まれそうだしな。まして上の立場にいる奴なら、下にいる奴らにそう言ってさとす立場だろうし」

 何しろ手掛かりが少なすぎる。どう絞ればいいかわからない。

「誰がそうなのかわからないなら、順番に調べましょ」

 三人がフォーリアの顔を見る。

「時間がかかるかも知れないけど、地道にやるしかないんじゃない? ここから一番近い家の人から調べて行けば、そのうち目星もつくと思うよ」

「……まぁ、確実と言えば確実だよな」

「急ぐ時ほど遠回りを、ということだね」

 一気に決めようと考えるから、詰まってしまう。絶対的なものがないなら、一つずつつぶしてゆくしかない。

「フォーリアって、考えてるように見えないのに、あっさり言ってくれるわね」

「あは、よく言われるの」

 だろうな、とは三人ともが思った。

「じゃあ……ここから一番近い所にいる魔法使いとなると」

 セルロレックが自分の家から近い順に、数人の魔法使いの名を挙げた。近いと言っても、それなりに距離はある。

 セルロレックの家は中流家庭だが、上位の魔法使いともなると富裕層がいるエリアやその近くに居を構えている場合が多い。

「ねぇ、調べると言ってもどうやって? 封印の鍵ってどんな形をしているかわからないし、わからないものを見付けるのって難しいわよ。犯人じゃない人の所で捜したって永遠に見付からないし、調査の切り上げ時をどうするかも問題じゃない?」

「当日の所在場所を調べてみればどうかしら」

 フォーリアが提案する。

「それを調べてどうするんだよ」

「竜に封印をかけた時間は、はっきりしてるでしょ。太陽が隠されたその日その時間、居場所がはっきりしない人が怪しいと思う。魔法をかけられたのは霧の外からってリリュースは話していたけど、まさか自分の家や職場ではそんな魔法をしないでしょ。だからって、今から竜を封印しに行くので留守にしますって言う人もいないもん。こっそり行ってるはずよ」

「そうか。上の立場の魔法使い程、居場所が把握されてるものだからね」

 セルロレックが揚げた名前の中には、弟子がいる魔法使いも多い。大抵、付き人よろしく、何人かが一緒にいたりするものだ。

 たとえ一緒でなかったとしても、ある程度の動きならわかるはず。

「よし。それじゃ、明日から行動開始といくか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る