第33話 英雄の価値

 ショウを含めた数人の鬼影隊に先導され、英雄たちはなんとか転移地点まで戻ってくることが出来た。


 転移地点に戻って来たことで気が抜けたのか、何人もの英雄が到着するなり、その場にへたり込むようにして倒れ込んだ。

 安心したのか震えながら泣き出す者もいた。遊び感覚で来た者にとって、ロベルトの件はかなりショックが大きかったのだろう。彼の仲間だった者たちも、落胆した様子で座り込んでいた。


 遊び感覚という意味では、グレンも例外ではなかった。異世界に来たという認識はあっても、どこかゲームを楽しんでいるようなところはあった。

 青羽根のゴブリンロードとの邂逅がなければ、グレンもまた、ゴブリンをただの敵キャラクターとして認識していたことだろう。あの一件で、この世界はゲームではない現実のものなのだと強く意識できたことが、最後まで心折れずに戦えたことに繋がったのだと思っていた。


 とはいえ、身体は限界だった。まだ、せいぜい中級者レベルの強さだと念を押されていたにもかかわらず、高レベルの戦技を使ったため身体にかなりの負荷がかかっていた。

 ユウの神聖魔法で、多少回復はしたものの、全身に広がる痛みやだるさが抜けきっていなかった。


『英雄の皆さん! 大丈夫ですか! アンナです! 聞こえてますか!?』


 その時、アンナの声が聞こえてきた。休憩用のテント近くに置かれていた、小さな四角い物体から聞こえてくるようだ。恐らく、こちらの技術で再現した通信用のスピーカーだろう。


『先ほど、モニターしていたロベルトさんのバイタルデータが危険域に達したので、強制的に精神体をこちらに転送したのですが、なにがあったんですか!? こちらからはデータ的な数値しか確認出来てなくて』


「ろ、ロベルトはどうなったんですか!? 死んでないんですよね!?」


 アンナの言葉に、座り込んでいたロベルトの二人の仲間が慌てて立ち上がり、スピーカーのあるところまで駆け寄っていた。


『え、ええ、無事と言えるかはわかりませんが……。精神体はこちらの召喚装置の方へ戻って来ています。ですが、かなりのストレスがかかったようで、今は眠っているような状態ですね。こちらで、いろいろと処置を施した後、一旦、元の世界に送還する予定ですが、とりあえず命に別状はありません。安心してください』


 アンナの言葉に安堵したのか、ロベルトの仲間たちは力が抜けたように、その場に崩れ落ちてしまった。


『グレンさんもモニターしてるデータが、すごく乱れましたが、大丈夫ですか? 一瞬ありえない数値が出たりしてて……。あの、どなたか状況を説明していただけると助かるのですが』


「とりあえず、私が説明してきます。グレンさんは、ここで休んでいてください」


 アイリスが気を利かせて、報告役を買って出てくれた。


 調査隊の怪我人たちも担架に乗せられ、転移魔法陣の方へと運ばれていった。

 とりあえず一安心かと思い、グレンが気を抜きかけた、その時。


「副隊長! 大変です! ショウ副隊長!!」


 鬼影隊の一員と思われる者が、大声を上げながら走り込んできた。


「どうした!? なにがあったんだ! お前……怪我してるじゃないか!」


 調査隊の怪我人を運ぶ手伝いをしていたショウがすぐさま駆け寄り、倒れ込みそうになっていた隊員を支えてやった。


「隊長が……隊長が、ゴブリンにやられて……大怪我を……」


「はぁ!? そんなわけあるか! うちの隊長がゴブリンごときにやられるわけねぇだろ。ふざけた報告するんじゃねぇ!」


「ほ、本当なんです。広場で戦闘中、何もない空間から突然、巨大なゴブリンが現れて……。高速で移動してきたとか、高いところから降ってきたとかじゃなくて、本当に一瞬で隊長の背後に現れたんです。あれはもう、ゴブリンというより、巨人族のようで……少なくとも3m以上はあって……。不意を突かれた隊長は、そいつが持っていた巨大な棍棒の一撃をモロに食らってしまって……。生きてはいますが……隊のみんなで隊長を守ってて……でもこのままだと……隊は全滅してしまいます!」


 軽いパニック状態になりながらも、状況をなんとか伝えようとする隊員。ここまで全力で走ってきた上に、怪我もしているせいか息も絶え絶えだった。


「おい、グレンとかいったな! コイツのことを頼む! 俺はすぐにさっきの場所に戻る」


「待ってくれ、それなら俺も一緒に」


 ショウから託された隊員に肩を貸しながら、とっさにグレンもショウについて行こうと思いそう言ったのだが、返ってきたのは怒声だった。


「はぁ!? ふざけんな! お前もヘトヘトだったじゃねぇか。そんな身体でモンスターを倒すなんて無理に決まってるだろう。護衛対象はとっとと街へ帰れ」


「だが、なにか強力なモンスターが出たんだろう? 怪我人も出てるみたいだし、危険な状況のはずだ。それに俺たちなら、なにかあっても死ぬわけじゃない。だけど、そっちは死んだら終わりじゃないか」


 グレンの言葉に、ショウは大げさにため息をついて語り始めた。


「いいか? 良い機会だから教えておいてやる。俺たちの任務は、お前らがこの世界で気持ちよく英雄ごっこを楽しめるようにお膳立てすることだ。英雄召喚には、お前らの精神状態が重要なんだそうだ。この世界にいたいと思ってもらわないと、精神体が肉体にうまく定着しないらしい。だから、恐怖だったり辛い体験だったりは絶対させてはいけないと、言われているんだよ。今回のような、ゴブリンに逆に襲われるなんてのはもってのほかだ。この世界は、お前ら英雄にとって娯楽の場でなくちゃならないんだよ。護衛なんて言ってはいるが、万が一、英雄が危険な状況になった時、その身代わりになるため俺たちはいるんだ」


「なっ!?」


 この世界の一般人より強いと言われているのに、護衛まで用意するのは過剰なのではと思ってはいたが、そんな裏事情があるとは思っていなかった。

 事実を知り、言葉を失うグレンに、ショウが続けて言葉をかける。


「まぁ、あんたたちに知らされてるわけねぇよな……。俺はな、あんたたち英雄が大嫌いだ。俺はガキの頃から毎日死ぬほど修行して、やっと今の強さを手に入れた。それは、故郷を守るためであり、大切な人たちを守るためだ。お前らみたいな、観光客をもてなすために血の滲むような努力を重ねてきたわけじゃねぇ。この世界にたいした思い入れもなく、へらへら笑いながらやってきて、それでも俺よりもずっと強い、お前ら英雄が大嫌いだ」


 ショウが人差し指をグレンの胸元に突きつけながら、悔しさを滲ませた声で言う。


「だけどな。同時に、お前らは希望でもあるんだ。強くなったからこそわかる。俺がこの先何年修行しようが、たった一人でドラゴンなんて倒せるわけがねぇ。たった一人でオークの軍勢を返り討ちにするなんてこともできねぇ。でもな、お前ら英雄には、それが出来る可能性があるんだ。お前らを助けることで、間接的に俺も世界を救うことになるなら、俺が積み重ねてきた努力も無駄じゃねぇ、そうだろう? それなら、お前らの英雄ごっこに、俺たちの命を賭ける意味だってあるはずだ」


 そこまでいうと、突きつけていた指を握りこぶしに変え、グレンの胸を一度、どんと殴りつけた。

 ショウの声色が今までの悔しげなものから、軽くふざけたようなものへと変わった。


「もっとも死ぬつもりなんてさらさらないがな。ヒエンの国の侍集団、鬼影隊をなめんじゃねぇよ」


 ショウはそれだけ言うとグレンが何か言い返す暇も与えず、きびすを返し森の奥へと走り去ってしまった。

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