第30話 異変①

 グレンたちは、森の中を高速で移動して行く。1キロほどの距離を一気に進み、あっという間に目的地へと辿り着いた。


 そこは聞いていた通りの森の中の開けた場所で、ちょっとした草原となっており、かなりの広さがあった。

 その中央付近に先行していた英雄たちが集まっているのが見える。傍らには倒れている人らしきものが数人確認でき、英雄たちがその介抱をしているようだった。


「どんな様子だ?」


 到着するなり、グレンは倒れている人間を診ていた英雄の一人に話しかけた。


「全員、意識を失ってるが……なんとか生きてる。だが、体中傷だらけだし、あちこち骨折してて、下手に動かせない」


 その時、グレンの他の仲間達も、その場に到着した。ユウがセレナの杖から飛び降り、駆け寄ってくる。


「それが探してた人たち!? 怪我の具合は!?」


「重傷だ! 意識もない。ユウ、いけるか?」


「とりあえず、動かしても大丈夫な状態までは回復出来そうだけど、4人全員となると少し時間がかかりそう」


 言うなり倒れている人間の側でひざまずき、神聖魔法を唱え始めるユウ。


「いったい何があってこんなことに? 状況的にゴブリンに襲われたんだろうけど……」


「荷物はそのままか……略奪されたわけじゃない。それに、こう言ったらなんだけど……なんでこの人たち、生きてるんだろ。俺はてっきり死体が転がってるんだとばかり思って、めちゃくちゃ焦ったんだが」


 英雄たちが状況の不自然さを口にするものの、その問いに答えられる者はいなかった。


「グレンさん、嫌な予感がします。たぶん、これ……罠です。怪我人は、私たちをおびき寄せるための……餌です」


 アイリスが緊張した面持ちで周りを警戒しながら、グレンの側までやってきた。


「ああ、たぶんな。森の中なのに……さっきから静かすぎる。鳥の声ひとつしない」


 治癒魔法を使用中で、動けないユウの周りを固めるように、グレンたちが自然と集まる。シアもいつの間にか兜を被って臨戦態勢になっていた。真剣な表情で辺りを見回し、緊張した声でグレンに話しかけてきた。


「お兄ちゃん……これヤバいかも。たぶんもう、囲まれてる。しかも、すごい数だよ」


 周りの英雄たちも、異様な雰囲気を察したのか、周りをきょろきょろと見渡し、警戒し始めた。

 姿は見えないが、森の中を何かが移動する音が、あちこちから聞こえてきた。


 グレンがユウの様子を確認すると、やっと二人目の治療に入ったところだった。

 これは時間がかかりそうだと思った時、英雄の誰かの叫び声が辺りに響いた。


「おい、見ろ! ゴブリンだ! 囲まれてるぞ」


 広場を囲む木々の間から、ものすごい数のゴブリンが姿を現し始めた。大きめの広場を完全に包囲するほどの数で、数百匹はいるかもしれない。


「くそ、罠か!?」


「嘘だろ!? 広場全体を囲まれてるぞ。何匹いるんだよ!?」


 英雄たちがうろたえている間に、ゴブリンたちはどんどんその数を増やしていった。通常のゴブリンだけでなく、大型のホブゴブリンやゴブリンシャーマンの姿もある。


「はっ! うろたえてんじゃねぇ! 罠だったらなんだっていうんだ? どうせ相手はゴブリンだ。どれだけ数がいようと関係ねぇよ。いくぞおらぁ!」


 ロベルトが雄叫びを上げながら、ゴブリンの群れに突っ込んで行った。

 それをきっかけとしたように、取り囲んでいたゴブリンたちも英雄たちに襲いかかってくる。あっというまに乱戦状態となった。


「とにかく、固まりましょう! 一人で多数の相手をする状況にさえならなければ大丈夫。ユウさんの周りを囲むように、襲いかかってくるゴブリンだけを迎え撃って時間を稼ぎましょう」


 アイリスが手早く指示を出す。

 ロベルトのように群れに突っ込んで行く者と、グレンたちのように防御態勢を取る者とで、二つに分かれてしまったものの、さすがにゴブリン相手に遅れを取る者はいないようで、皆、善戦していた。

 しかし、圧倒的な数の差はどうしようもなく、倒しても倒しても、波のように押し寄せてくるのだ。


「くそっ、何体いやがるんだ。次々襲いかかって来やがる」


「なんでこいつら逃げない!? これだけ仲間が倒されてたら、普通のゴブリンなら怯えて逃げ出してる頃だろ!? さっきだってそうだったじゃないか!」


「弱音吐いてんじゃねぇ! 逃げないなら好都合じゃねぇか! こいつら全部倒し切って、俺の経験値にしてやるぜ!」


 仲間を叱咤しながらロベルトが戦技を連発していた。技が放たれる度に、ゴブリンが倒されていく。

 だが、ロベルトは内心焦っていた。何故か徐々に、技のキレが落ちてきているのに気付いていたからだ。


(なんなんだ、クソッ! 身体が重い! 剣の振りが、イメージより数瞬遅れやがる)


 最初は一撃で数匹のゴブリンが倒せるほどだった。だが、時間が経つにつれ、一匹のゴブリンを倒すのに、何発かの攻撃を当てないといけなくなってきたのだ。


(おかしい……目も、さっきから変だ。視界が……ぼやけてきてるのか?)


 明らかに身体に不調を感じるが、次々に襲いかかってくるゴブリンを倒すことに精一杯で、その原因を探る暇がない。


「グギャー!!」


 その時、大声を上げながら、正面から襲いかかってくるゴブリン。粗末な長剣を大きく振りかぶりながら突撃してくるが、まるで斬ってくれと言わんばかりに隙だらけだ。


「なめやがって!」


 挑発とも取れるゴブリンの行動に怒りを覚え、あえて戦技で迎え撃ってやろうと足を止め、技に集中する。

 だが、そのゴブリンはロベルトの戦技の間合いに入る直前、急停止してしまった。


「なんだ? 生意気にフェイントのつもり――」


 その時、太ももの後ろに、大きな衝撃を感じた。

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