第51話 盗賊に出会ってしまった右左

「ふんふんふふ〜ん」


 右左 白煌うさ しらぎは機嫌よく砂漠を歩いていた。

 右左は兎人の種族特性のおかげで砂漠に穴をほって自在に移動できる。そのためしばしば遠くまで素材採集を行っていた。


「ふふーん、今日は大量だったな〜。なんか新しい植物の種も見つけられたし、天道おにーさん喜んでくれるかな〜」


 最近の右左の生活はすっかり天道を中心に動いている。以前の右左ならば、他人のために働くなど考えられなかったことだ。


 右左は日本にいたとき、自分のことだけを考えて生きていた。そのあざといまでのかわいさで、男女問わずあらゆる人間を骨抜きにしてきた。

 通っていた中学校のクラスはおろか学校まるごとに右左のファンクラブができるほどの人気っぷりだったのだ。


 宿題なんてやらなくても誰かが写してくれたし、

 先生は答えを間違えても褒めてくれたし、

 給食は誰が右左といっしょに食べるかで争奪戦になったし、

 放課後は毎日誰かと遊んでいた。


 カラオケでもゲーセンでもファミレスでもショッピングモールでも、どこに行っても必ず友達が一緒にいたし、それは同じ学校だったり他校だったり、先輩だったり後輩だったり、時にはずっと年上の人が混ざってくることさえあった。そういう時相手の人は必ず右左の分も支払ってくれた。


 モテる、というのとは少し違う。

 右左はあらゆる場所であらゆる人から、愛され甘やかされたのだ。たとえそれがその日初対面の相手だったとしても。



 ただ、親からだけは放任されていた。



 異世界に飛ばされる前、中学二年生のときの右左は人気の絶頂にいた。

 相手が誰でも、どんなに無茶な頼み事でも、自分が甘く媚びれば願いを聞いてくれたしそれが当然だと思っていた。自分が嘘をついてもだまされる方が悪いと思っていたし、実際だまされる大人がたくさんいた。

 人生を舐めきっていたし、それが許されるだけの容姿をしていた。

 何度か危うい場面もあったが、その度に得意の口八丁と愛らしさで乗り切ってきた。


 なんの疑いもなく自分の人生はこのまま幸せに続いていくんだと思っていた。

 勉強も、練習も、努力も必要ない。そんなことしなくても誰もが魅了される容姿と愛される才能を自分は持っている。

 親は自分を愛してくれないけれど、それどころか名前も呼んでくれないけれど、自分には代わりに愛してくれる友達がいーーっっぱいいる。

 だから、大丈夫。


 そんな右左が、ある日突然なんの前触れもなく異世界に放り込まれたのだ。


 異世界に来てから右左の人生は一変した。もう助けてくれる人は誰もいない。一緒にいてくれる友達も、守ってくれる先生も、お願いを聞いてくれる大人も誰もいない。

 

 右左を召喚した国も、異世界人を都合の良い戦力としか考えていなかった。バシル帝国よりはと言う程度のもので、右左のナラティブに戦闘力がないとわかると早々に追放された。

 最低限の食料を持たされただけでエンドア砂漠に放り出された右左は、途方に暮れた。同じく追放された夜釣とみぞれとともに始めはさまよい歩くだけだった。


 自分より小さい子供を抱えて、恐ろしいモンスターから逃げながら砂漠を歩いて数日、右左は覚悟を決める。

 このままだと死ぬしか無い。食料が尽きる前に、なんとかなくちゃいけない。頼れる人はいない。むしろ自分が頼られている。

 生きよう。日本で育んできた自分の容姿と才能を、今度は自分と子どもたちを生かすために使うんだ。


 右左は覚悟を決めると思考も切り替えられるタイプだった。もともと地頭はいいのだ。


 それから右左は生き延びるために何でもした。穴を掘って隠れ家を作り、盗賊やごろつきをスキルで騙して食料を手に入れ、時には盗賊のアジトまで盗みに入った。今のハロウィン村にたどり着くまでの間、右左は日本とまるで真逆の生活をしていた。

 信じられるのは自分だけ、他人ひとは騙して奪えばいい。生きるためなんだから仕方がない。過酷な環境は右左の人生観をますますいびつにしていった。


 そんな右左が変わったのは、天道に出会ったからだ。


 天道は、右左が出会う初めての人間だった。びっくりするくらいお人好しで、優しくて、人を何度でも信じる。

 スキル《いなばの白うさぎ》で右左に一度だまされた天道が、それでももう一度信じてくれたとき頭がしびれるほどの衝撃を受けた。そんな人に出会ったのは初めてだったのだ。嘘つきで、人をだましてばかりな自分を、だまされても信じてくれる人がいる。右左は泣きたくなるほど嬉しかった。それが天道にとってはなんでもないことでも、右左は嬉しかったのだ。


「えへへへ〜」


 いまでもその時のことを思い出すと、頬が緩んでしまう。天道はそれまでの右左の「世界」にいなかった人だった。ただ親しむわけでも、甘やかしてくれるわけでも、すがりつかれるわけでもない。対等に信頼してくれる相手。


 右左は今まで恋人がいなかった。日本にいた頃は告白は数え切れないほど受けたが、全部断った。正直言ってめんどくさそうに見えたのだ。なにもしなくても自分に優しくしてくれる人が何十人もいるのに、わざわざ一人だけ特別な人を決めるなんてもったいないと。それより自分は自分を愛してくれる大勢の人を好きでいたい。


「そう思っていたはずなんだけどな……」


 天道のことを思うと胸がキュンと痛む。天道の一番になりたい。他の人はいらない、天道たった一人から特別扱いされたい。それは日本のいたときの右左からすれば考えられない変化だった。


 ただ、せっかく恋人になりたい相手が見つかったと言うのに右左の前途は多難だ。


 まずライバルが多い。


 鈴芽や汨羅は天道への好意を隠しもしないし、他のハロウィン村に住む女性からも狙われているフシがある。燕は今のところ傍観をしているが、天道に対してなにも思っていないということはなさそうだった。これは右左のただの直感だが、燕も結構大きな感情をいだいてそうなところがある。

何より、天道の方が一番頼りにしている。恐ろしい強敵だ。


「はあ〜〜〜。まさかボクが、恋愛で悩むなんてね〜」


 日本にいた頃はよりどりみどりだったのに。そんな悩ましくも楽しいため息を右左がついたときだった。


「お! お前あのときのクソガキじゃねえか!!!」


 右左の背筋が冷える。恐る恐る振り返ると、そこには武器を構えた人相の悪い男たちが、十数人並んでいた。

 盗賊だ。しかも右左の知っている相手だった。

 油断していた。この辺はハロウィン村から遠いから慎重に歩いていたのだが、天道のことを考えていてついつい警戒が疎かになっていた。

 盗賊のかしららしい男が、残酷な光を帯びた目で笑いかけてくる。


「またあえて嬉しいぜえ〜、うさぎのメスガキ。あのときはよくもだましてくれたよなあ。俺達の食料をごっそりとよ。あのときのお礼がまだだったなあ?」


 ああ、これはボクへの罰なのかもしれない。恐怖にしびれる思考の中で、そんなことを考えた。

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