第45話 真・すずめのお宿

 昼間汨羅邸へ招いてもらったお返しに、今度は俺達が汨羅たちをもてなすことにした。

 オアシス近くの空き地に鈴芽が《すずめのお宿》を召喚する。

 それを見た汨羅と喜桐の二人は期待通りに驚いてくれた。


「いくよ〜、スキル発動、《すずめのお宿》!」


「え、えええ! 砂漠にいきなり宿ができた!」


「おお! 風情ある民宿って感じだね」


 そう、汨羅との戦い準備でレベル上げに勤しんだ結果、鈴芽がレベル27に上がったことで《すずめのお宿》もさらに進化したのだ。


 出てくるのは一般住宅ではなくちょっと古びた民宿。有名な温泉地とか海水浴場とかにありそうなやつだ。

 木造で部屋は20室以上。露天風呂も大浴場もある。食堂を兼ねた宴会場もあった。


 そして、最大の進化は……。


「女将さーん、今日新しいお客さんが来たよ〜。二名追加ね!」

「チュンチュン」


 そう、雀女将の追加である。


 和風な法被を来た1メートルくらいの大きさの雀が一羽、宿の従業員となって俺達をもてなしてくれるのだ。


 この雀の女将さん、見た目は雀だが二足歩行するし料理も掃除も選択も完璧にこなすし色々と不思議な存在である。

 能力者当人の鈴芽はそういうものらしいとあっさりと受け入れていた。基本チュンチュンとしか話さないが、鈴芽にはその意味もなんとなくわかるらしい。


 くるりと回って鈴芽が汨羅と喜桐を招いた。


「汨羅ちゃん、有都ちゃん、ようこそ《すずめのお宿》へ〜」


 鈴芽がたのしそうに二人を案内する。しかし年上相手なのにいきなり名前呼び+ちゃん付けとはさすが鈴芽だ。


「鈴芽、楽しそうだなぁ」 


「もともと戦闘とか好きな子じゃないからね。汨羅や喜桐と仲良くできて嬉しいんでしょう」


 俺と燕はそんなことを話す。


 ちなみに、俺と燕は『鈴芽の能力が進化したら、異世界ものでよくあるファンタジー宿屋が出てくるんじゃないか』と予想していたんだが、そうならなかったのはたぶん鈴芽の認識のせいだ。高級すぎない宿のイメージが鈴芽の中でこういう民宿なんだろう。


 燕が俺を見て訊ねてくる。


「あたし達は夕食まで汨羅たちと部屋で過ごすつもりだけど、あんたはどうする?」


「俺も部屋でのんびりするよ。さすがに今日は色々あって疲れた」


「そう。じゃあ夕食の時またね。ところでわかっていると思うけど女湯をのぞいたら……」


「のぞいたりしねえよ!」


 もう数カ月一緒にいるんだしそろそろ信頼してくれてもいいんじゃないか。


「そう。わかってるみたいで良かったわ。それから当然あんた自身も風呂では気をつけなさいよ」


「気をつけるってなにをだ?」


「あんただって気づいてるでしょ。汨羅の態度。あんたに相当入れ込んでるから下手したら……は? まさかまったく気づいてないの」


「汨羅? 何の話だ???」


「は〜〜〜〜〜、あんたの鈍さも相当ね。なんでも無いわ。ただ命を救って、かつてのトラウマも救ってあげて、彼女相当感謝してるわよって話」


「そうなのか? それはありがたいな。俺は大したことなにもしてないけど……」


「……これはあたしがガードするしかないか……」


「?」


 燕はなにかブツブツつぶやきながら、宿に入っていった。



 ◆◆◆◆



「はあ〜、落ち着く」


 いかにもザ・旅館って感じの和室に入り、俺は畳の上に寝そべった。


「気持ちいい……何度寝ても畳はいいなあ……」


 畳のサラサラとした感触を楽しんでいると、アヌビスが声をかけてきた。


「マスター、お茶が入りましたよ」


「おー、ありがとう」


 起き上がり、アヌビスが差し出してくれた緑茶と温泉まんじゅうをありがたく受け取る。アヌビスはこういうときでも執事というか従者っぽいと言うか、甲斐甲斐しく尽くしてくれる。


 しかし和室にアヌビスって違和感すげえな。

 ジャックはなぜか広縁の椅子に座ってすでにのんびりお茶を飲んでいるし。

 お前は何なんだ? 日本人なのか???


 お茶をすすり、雀のマークが入った包み紙を開けてこしあんのまんじゅうを食べると心がふにゃふにゃになった。


「ああ〜やっぱりこういうのんびりしたのが俺はいいなあ。戦闘はあんましたくないよ」


「今回は危ういところでしたね。一ノ瀬殿が心変わりしてくれて助かりました」


「汨羅の無限残機やべえよなあ。あのままやってたら負けてたか?」


「確実にそうとは言い切れませんが、厳しい戦いになったかと。それに我々が勝つ時は一ノ瀬殿が失われる時です。今回は、とても良い結末になったのではないでしょうか」


「本当にな。汨羅も喜桐も仲間になってくれてよかったぜ」


 アヌビスとのんびり話していると大分心もほぐれてきた。

 ジャックはと言うとお茶を飲みながら宿の庭をじっと眺めている。鹿威ししおどしに合わせて頭を動かし、こころなし楽しそうだった。

 ……ジャック、和風なものが好きなんだろうか。



 ◆◆◆◆



 部屋で休んでから風呂に向かう。男湯に入るのは俺とアヌビス、ジャックだけ。後はみんな女湯だ。


 ……寂しくないと言えば嘘になる。


「ふーーんだ、大浴場を独り占めしてやる」


 女湯の方からキャッキャと聞こえる黄色い声は無視して、俺は身体を洗い大きな風呂に浸かった。


「はあ〜〜〜」


 気持ちいい。身体が溶けていきそうだ。

 鈴芽に感謝だな。


「マスター、失礼します」

「――――」


 ちょっと遅れてアヌビスとジャックも入ってくる。アヌビスは使い魔が一緒の湯に浸かるなんてと最初遠慮してたんだが、俺が寂しいので入ってもらった。

 ジャックは、なんかもう普通に入ってきた。マントは脱いでかぼちゃ頭と白い手だけ浮かべて気持ち良さそうにしている。

 本当ジャックは一体何なんだろう???


 アヌビスとジャックを含めても三人しかいないから、大浴場は静かだった。嫌でも隣の女湯の声が聞こえてくる。


『キャーキャー……』


「…………」


 うう、楽しそうだな……。


 残念ながら俺の周りではこういう時定番のラッキースケベ的イベントは起こらない。この世界が異世界もの小説だったら、結構主人公ムーブしていると思うんだが世界のルールにそういうことは起きないと決まっているみたいだ。

 ううん、いや別に望んだりはしていないんだが……。

 でもやっぱり俺も男子高校生。普通にモテたりしたい。好かれたい。


「モテたいなあ……」

「え!?」


 何の気なしにつぶやいたら、なぜかアヌビスがすごい勢いでこちらを振り向いた。


「マスター、モテたいと思っているのですか?」


「何だよ悪いかよ。俺だって普通にモテたいよ」


「いえ全然。むしろ……。え、お気づきでない?」


「なんのことだ?」


「いえ、その……」



 ◆◆◆◆


 実はアヌビスは、その並外れた聴力から隣の女風呂の声が会話主も含めて詳細に聞こえてきていた。



汨羅「(そろりそろり)」

燕「あら汨羅さん、どこに行こうとしているのかしら?」

汨羅「うっ!!! あ〜〜〜いえちょっと、露天風呂ってどっちかなと思って」

燕「露天風呂なら逆方向よ。そっちは脱衣場」

汨羅「ああ、そうだったのね。勘違いしちゃったわあはははは。……ちっ、隙がないわね」

鈴芽「汨羅ちゃん、抜け駆けはだめだよ!」

汨羅「ぬ、ぬぬぬ抜け駆けなんて何のこと!?」

鈴芽「私もやろうとして燕ちゃんに怒られたんだから!」

汨羅「あ、そっちの注意なのね……。え、なに? あなたもそうなの? 天道はそのこと知ってるの?」

燕「気づいてもいないのよあのにぶちんは」

汨羅「ええ〜、こんなに美少女に囲まれているのに? 私てっきりもう大奥的な状態なのかと思っていたわ。天道がパーティーリーダーだったし」

燕「あいつは信じられないほど純粋でお人好しなのよ。全部ただの善意でやってるの」

汨羅「うん……それはまあ……今日でよくわかったけど」

燕「だから、好意を示すのはいいけどそういう色仕掛けは禁止。告白は……まあ好きにすれば?」

汨羅「い、色仕掛けってなんのことかしら!?」

鈴芽「まだすっとぼけるのね……」



『どうしよう、このことをマスターに伝えるべきか? いやでも恋愛ごとは私の専門外であるし……ううむ、戦闘や生活の発展と違ってこういったことは苦手であるな』


 しばらく考えた後、アヌビスはなにも聞かなかったことにした。うかつに関わればとんでもなくめんどくさいことに巻き込まれる予感がしたためである。


『ま、そういうことはマスターのお気持ちで決めるべきことであるし……』


「どうしたアヌビス」


「いえ、気持ちいいお湯ですね」


「そうだな〜」


 ◆◆◆◆

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