第43話 汨羅と喜桐、仲間になる

 汨羅は俺達に語った。


 帝国からの誘いを断ったこと。怒った帝国は汨羅を捕えようとしたが、返り討ちにしたこと。汨羅には直接手を出せないことを悟った帝国軍は、代わりにハイエルフの森を焼いたこと。


 ハイエルフの人たちは、自分たちの最も大切なものを奪われても汨羅を責めなかったこと。今はエンドア砂漠から遠く離れた小さな森でほそぼそと暮らしていること。それでも先祖古来の森と違うせいで少しづつ力を失っていること。


 異世界人の自分を助け仲間に入れてくれたハイエルフへの申し訳無さから、汨羅は今彼らと離れて暮らしていること。かつてハイエルフの森があった場所を守るため、オアシスに拠点を置き誰も近づけなかったこと。


 俺は汨羅の気持ちがようやくわかった気がした。

 最初あんなに攻撃的だったのも、オアシスの水を独占していたのも、周囲の村から搾取していたのも、帝国軍の所業で徹底的に人間嫌いになったからなのだ。汨羅からすればハイエルフでない人類種は全て敵、どんなに友好的でも帝国のスパイかもしれない、そんな疑惑から離れられなかったのだろう。


 汨羅にとっては自分のせいで第二の故郷も、大切な恩人も、仲間も、友達も、失った気持ちだったのだ。


 こう考えるといきなり戦いを仕掛けてきた最初の件も責める気になれない。汨羅にしてみれば、まさに帝国がそれをしてきたわけだ。

 大切な住処の森を焼かれたとなれば、焼かれる前にやるとなってもおかしくない。

 もちろん俺達にとっては理不尽極まりないわけだが……。


 結論! 帝国はクソ!!!!



 ◆◆◆◆



 簡単に身の上話を終えた汨羅は、一度家を出て俺たちを最もひどい状態という焼け跡に案内してくれた。


「ひどいな……」


 そこは、かつて緑豊かな森が広がっていたとはとても思えないほど荒れ果てていた。砂漠ですらない。大量のゴミが山と積み上がる廃棄場と化していたのだ。

 ゴミの山を見つめながら、汨羅が言う。


「知っていると思うけど、エンドア砂漠は最初から砂漠だったわけじゃないわ。バシル帝国――あのクソッタレの人でなし共が禁忌魔法を使って大地を汚染したの」


「ああ、前に聞いたよ」


「ここも、かつてはハイエルフの森で最も重要で特別な、聖地だった。森で一番古い大樹が大きく枝葉を茂らせる静謐な地だった。それが……今はこれよ」


「ひどいもんだな」


「帝国はね、単に冷酷とか軍事主義ってわけじゃないのよ。とにかく意地が悪くて自分が上だと示さないと気がすまないの。私が帝国への強力を拒否して、怒って森を焼き払った。それだけじゃ飽き足らずこうしてハイエルフの聖地にゴミを置いていくの、70年間毎年よ。異常でしょ。奴らは、私達が悔しがって涙を流すのが楽しくってしょうがないのよ」


「異常だな、わかるよ。世の中には、他人への嫌がらせのために信じられない熱意を燃やすやつが、たしかにいるんだ」


 いるのだ、世の中には。


 トータルで見たら明らかに向こうが損していても、関係なく人に嫌がらせをして悦に入るやつが。


 このゴミの山だって、わざわざエンドア砂漠まで運ぶくらいなら絶対帝国内で処理したほうが安上がりなはずだ。でも関係ないのだ。相手をいじおとしめて喜ぶ奴らはそういう手間を惜しまない。

 俺も、汨羅も、他のみんなもしばしゴミの山を眺めたたずんでいた。

 やがて汨羅が俺の方を見て言う。


「ねえ、天道。――あ、天道って呼んでもいいかしら?」


「いまさらそんな事聞くなよ水くさい」


「フフ、ありがとう。それで天道、ここにかつてあった森を再生できる?」


「どうだろうな……かつての森そのままは無理だと思う。俺は一度死んだ木を蘇らせることはできないんだ。その内できるようになるとは思うけど、まだレベルが足りなくてさ」


「構わないわ。種さえあったらここにもう一度木々を芽吹かせることはできる?」


「大丈夫だ。そんなのはもう何度もやってるよ。俺が灰を撒けばこのエンドア砂漠の土地はあっという間に植物がよく育つ土になるし、種もあっという間に育つ。一日でかぼちゃがなるんだぜ」


「そう……」


 汨羅は静かにそうつぶやいたあと、いきなり腰を90度に折って俺に頭を下げた。


「ごめんなさい」


「な! どうしたいきなり!?」


「あなたとあなたの仲間にしたこと、それからあなたの村にかつてしたことも含めて謝罪させてもらうわ。償えることがあれば何でもするし、欲しいものがあれば何でも用意する。もちろんオアシスの水も含めて。代わりにお願い、どうかかつてあった森を再生して欲しい。心から、お願いします」


「そんな頭なんか下げなくたってやってやるよ!」


「いいえ私のやったことは頭を下げたくらいで許されるものではないわ。あなたと、あなたの仲間を殺そうとしたんだもの。そしてその結果私は危うくハイエルフの森を再生する機会を永遠に逃すところでもあった。罪を償える可能性を自ら潰すところだったの。頭は下げるし謝罪もする。私にできることなら何でもするわ。これは、私の70年ぶりの贖罪なのよ」


 どうやら汨羅はハイエルフの森が焼かれたのは自分のせいだと思い、ずっと罪悪感に苛まれていたらしい。

 どう考えても一番悪いのは帝国だと思うのだが……。

 こういう時、常識的にお前のせいじゃないと言ってもあまり意味はない。

 しばらく考えた俺は、解決法を思いついた。前に燕もやっていたことだ。


「わかった、じゃあ俺の仲間になってくれよ。それでチャラだ」


「え?」


「俺のパーティーメンバーに入ってくれ。汨羅は強いからさ、仲間になってくれたら心強いんだ」


「私を、許してくれるってこと?」


「許すとかの前だよ。俺の仲間になるのが罰ってこと。パーティーメンバーになるっていうのはそれなりにリスクを伴うだろ」


「いえ、私はもっと肉体的な罰を想像していたんだけど……」


 汨羅は、自分の落とした財布が中身もそのままで戻ってきたような顔をしたあと、急にくすっと笑った。


「そんなの、どう聞いても詭弁にしか聞こえないわ」


「かもな。俺のパーティーで一番言い訳のうまいやつが考えたんだ」


「ちょっと」


 燕が睨んでくるがそれ以上追求はしてこない。

 汨羅が鈴の転がるような音を立ててひとしきり笑ったあと、まっすぐ俺に向き直った。


「なるわ、あなたの仲間に。私を仲間にして、花咲天道」


「よしっ、これで汨羅もハロウィンパーティーの一員だ。よろしくな」


「こちらこそよろしく」


 俺の差し出した手を汨羅はためらいなく握り返してくれた。



 ◆◆◆◆



 落ち着いたところで、俺達は飯を食うことにした。

 何しろ朝から汨羅のオアシスまで歩いて、それからすぐ戦闘になったので腹がペコペコだった。


 食事と今後の作戦会議(あと、ちょっぴり和解を兼ねて)をするため、俺達は汨羅邸に戻った。

 お互いの食糧や物資を交換して、昼食となる。


「おおおおお……」

「こ、これは……!」


 汨羅と喜桐の二人は俺達の持ってきたおにぎりを見て感動していた。


「こんな、こんな完璧な白米をまた食べられるなんて」

「良かった、良かったねえお嬢様」

「本当……日本のごはんなんてもう一生食べれないと思っていたのに」


 と、ひとしきり感動した後、夢中になっておにぎりを食べ始めた。気に入ってもらえてよかった。


 一方俺達の方は、交換でもらった果物に感動していた。

 パイナップルを一口食べた鈴芽が声を上げる。


「あまーーーーい!」


 続いて燕も驚きの声を上げた。


「なにこのパイナップル……すごい! 日本で食べてたのと全然味も香りも違う!」


 俺も一口食べると舌に衝撃を受けた。


「すげえ……すっごい甘いのに全然嫌じゃない。果汁が濃厚なジュースみたいだ」


「そういえば、パイナップルは木から切り離すと熟成が止まっちゃうから、日本が輸入するパイナップルは追熟されてないって聞いたことがあるわね。これが南国で食べる本当のパイナップルなのかも」


「はー、ギリギリまで木で育ててから取るから、こんなにうまいのか」


 そこへ、なぜか喜桐がドヤ顔ですり寄ってきた。


「ふっふっふ、ここのフルーツはすごいだろう。僕も初めて食べた時感動したよ。僕が今まで日本で食べてた果物は何だったんだ!? ってね」


「そもそもあんたは一体何なんだよ」


 忙しくてツッコむの忘れていたけれど。考えてみればこのイケメン美女も謎だった。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。あらためて自己紹介しよう! 僕の名前は喜桐きぎり 有都ありと。20歳だ。日本では女子大生をやっていた。もっともバンドをやっていてろくに大学は通っていなかったけどね!」


 やたら芝居がかった仕草で喜桐が一礼する。タキシード姿に顔がバチバチにいいから浮いたりしてない。ずるい。

 しかもイケメンのくせに胸部だけはしっかり存在を主張していた。


「喜桐はどうしてこの世界にやってきたんだ? 召喚か? 偶然の転移か?」


「召喚だよ。状況は多分君たちと同じだ。半年ほど前にとある国に召喚されたあと、Eランクで戦闘力もないもんだからこの砂漠に捨てられたんだ。行倒れになるところだったのをたまたま汨羅嬢に拾ってもらってね。彼女お抱えの音楽師として暮らしていたわけさ」


「喜桐を拾ったときも嬉しかったわ。もう聞くことができないと思っていたクラシックをまた聞かせてもらえたんだもの」


 しみじみとした顔で汨羅が言う。


「へえ、すごいんだな。喜桐はもともと音楽をやっていたのか?」

 

「そうだよ。なにしろ実家が太かったからね! 幼少期から一通り習わせてもらったおかげで楽器はだいたいなんでも弾けるよ。戦闘なんてできないから召喚された時は青ざめたけど、まさか華族のお嬢様に雇ってもらえるとは思わなかった。おかげで毎日好きな演奏をしておいしいフルーツを食べて、最高の毎日さ! 芸は身を助くとはこのことだね」


 はっはっはっは、と明るい声で喜桐は笑う。

 まじでアリとキリギリスのキリギリスみたいなねーちゃんだった。

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