第29話 バイソンで牛丼

 エンドアバイソンの群れを撃退したその夜。


 じゅー、じゅー。


 すずめのお宿の台所で、燕が牛丼を作ってくれていた。もちろん肉はエンドアバイソンである。

 お宿のリビングにはパーティーメンバー全員が集まっている。料理を待つ間、俺は鈴芽と《大きな葛籠と小さな葛籠》について詳しくスキルの把握をしていた。


「えーっと、つまり鈴芽の大きな葛籠はモンスター100匹、小さな葛籠は10匹、中に捕まえられるんだな」


「うん。捕まえられるモンスターはレベル準拠で、上がると増えていくみたい。

 でね、大きな葛籠で捕まえたモンスターは一定時間経たないとテイムできないらしくて、音声ガイドさんによれば《1時間で命令に逆らわないレベルの従属化が完了、2時間で魔物が好意的に従ってくれる、3時間で完全に従属化。それ以降は葛籠内部の魔物が強化されていきます。1時間未満で葛籠を開けると逆に襲いかかってくるので注意が必要です》だって」


「へえ。テイムされるだけじゃなくて内部で強くなるのか」


「うん。怪我とか体力とかも内部に入れば治るみたい。私のマナの続く限りだけど」


「それだといきなり40頭も捕まえた鈴芽やばいんじゃないか?」


「うーん、じつはマナ吸われて結構クラクラしてる」


「大変じゃねえか! ぺっしなさいぺっ!」


「そんな食べ物みたいに出せないよ〜。大丈夫。私の限界を超えてマナを使うようなことはないから。私のマナが回復したら、少しづつ捕まえたバイソンのテイムと治療に回しているだけ。でもたしかにこの感じ、あと3日くらいは全回復しないかも」


「3日かあ。レベル上がってマナ増えたってのに大変だな」


 そう、俺たちはエンドアバイソンを倒したことで一気にレベルが上っていた。

 特に俺の伸びがやばい。一気にレベル27ままで上がったのである。レベル二桁まで上がって大喜びしていたのがウソみたいだ。

 ジャックが100頭のエンドアバイソンを倒してくれたことで一気に経験値が入った。レベルアップのときにはもうギュンギュンステータスが伸びるのを感じた。


 この世界ではレベルアップでもマナが回復するような恩恵はないんだが、マナの総量が上がると自然回復量も上がる夜には今までの倍くらいのマナが体に溜まっているのを感じた。これでもまだ総量の半分もいっていない。


 試しに《枯れ木に花を咲かせましょう》の灰を畑に植えた種にかけてみたんだが、一回で即、がなるまでに成長した。かなり栽培チートらしくなってきた。これでまだレベル27ってのが信じられない。

《枯れ木に花を咲かせましょう》はいずれ枯れ木からも花を咲かせられるようになるんだからレベル27でもこの凄さなんだろう。


 もちろん他のみんなも大幅にレベルアップしている。戦闘班で戦ったタイガさんたちもだ。タイガさん達異世界の住人は、持っているスキルで成長度合いが変わるらしい。《戦士》だとナラティブのFランク、《勇者》でAランク相当だ。


「うーーん……、ま、これでいいでしょ」


 台所で燕がつぶやくとお盆を持ってリビングに入ってきた。


「はい、みんな、牛丼できたわよ」


「「「待ってましたー!」」」


 話していた俺と鈴芽も、リビングで遊んでいたウサ夜釣みぞれも、全員喜び勇んで牛丼を受け取った。


「エンドアバイソンの肉が思ったより牛肉に近くて作りやすかったわ。それにしてもせっかくの肉なのに、牛丼で良かったの? 一応あたしステーキもローストビーフもなんでも作れるけど」


「いやいや、これが食いたかったんだよ!」


「そうそう、前に言ったじゃない。とにかく白米に合うものが欲しいって」


 俺と鈴芽がウキウキで牛丼の蓋を開ける。中にはツユでおいしそうに輝く牛丼があった。


「おいしそ〜〜!」


「すげえ! ちゃんと紅生姜もある」


「何故か冷蔵庫にあったのよ。やれやれ、喜んじゃってまあ。白煌しらぎたちも牛丼で良かったの?」


「うん、ボク牛丼好きだよ!」


「そう。紅生姜はのせなかったけど、味は同じだから濃かったらごめんなさい」


「全然! みんなで一緒のご飯食べれてうれしいよ」


 夜釣とみぞれの二人もこくこく頷いている。


「さーてそれじゃあ食うか。いただきます」

「「「いただきまーす!」」」


 テーブルにつきみんなで手を合わせる。思えばすっかりここもにぎやかになったもんだ。

 牛丼にさっそく箸をつける。


「う……うまい!」


「おいしー!」


「ほんとすごいおいしー!」


 牛丼は肉の柔らかさといい玉ねぎの加減といいツユの味付けといい最高だった。

 日本ではたいして意識せず食ってた牛丼だけど、こうして食うとめちゃくちゃうまく感じる。


「燕料理の天才では?」


「褒めすぎよ。牛丼なんて誰が作ってもそこそこの味になるでしょう」


「ならねーよー。こんなにうまい牛丼普通作れねえよー」


 夢中になって食べ続ける。


「そうそう燕ちゃん、レベルアップでこのすずめのお宿にもついにパウダールームができたよ!」


「ほんと!!? え、待って、なにがあるの?」


「スキンケアもベースもアイブロウもアイシャドウもチークもリップも一通り揃ってるよ! ヘアアイロンもある!」


「さすがよ鈴芽! ついに、ついにやったわね!」


「長かったよね。待ちわびたよ〜」


 ほとんど涙目で喜びあう二人。

 もぐもぐもぐもぐ。

 ぜんっぜん話がわからん。


「それそんなに必要なのか? 食料庫とか……」


「最優先で必要に決まってるでしょぶっ飛ばすわよ」


「そこまで!?」


「そういえば天道、あんたも新しいスキル手に入ったんでしょ」


「ああ。《ここほれワンワン》な。ただこのスキル困ったことがあってな」


 レベル20に上がったとき、新スキル《ここほれワンワン》を手に入れた。花咲かじいさんでも有名なエピソードだからついにという感じだ。どんなスキルかもだいたい想像がつく。

 だが、今俺は《ここほれワンワン》を使えないでいた。


「困ったこと?」


「スキルの発動に犬系のモンスターが必要なんだよ。犬系ならなんでもいいらしいんだが、いきなりそんなの用意できないだろ。音声ガイドも『近くに犬系のモンスターがいるとき発動します』ばっかりで詳しい説明してくれねえし」


「つくづく不親切なガイドね」


「まったくだ」


「なんとなく、犬系モンスターをテイムした後で宝物や有用なアイテムを探すスキルっぽいわね」


「元ネタ的にそんなところだろうな。後はどこで犬系モンスターを探すかだが」


「あ! 前にジャッカルみたいなモンスターを倒したことあったわよね。あれはエンドアジャッカルって言うらしいんだけど、まだ近くにいそうじゃない」


「いたなあ。じゃあ明日はレベル上げついでにジャッカル探すかあ」


「それがいいわね」


「でもジャッカル、ジャッカルかあ……」


「? どうしたの?」


 燕に言うのはちょっと恥ずかしいんで、小声でもごもと話す。


「いやその、異世界と言えばフェンリルが定番じゃん? 俺もあの、白い毛並みともふもふを味わってみたかったなあって。せっかく犬系モンスターをテイムできるなら、そういうのが良かったなって」


「ぷっ、あはははははは」


 やっぱり爆笑された、ちくしょう。


「あはははは、なかなかかわいい夢を持ってたのね。いいじゃない。さすがに砂漠にフェンリルはいないだろうけど」


「わかってるよ、ちくしょう」


「あはは、ごめんごめん。たしかにフェンリルをモフるのはちょっとした憧れね」


「なになに? ペットの話?」


 鈴芽が話題に入ってきたので、ざっくりフェンリルのことを燕と説明する。


「うーんと、フェンリルって私も初めて聞いたけど、もとは神話の怖い狼なんだよね? それがなんで定番モンスターになってるの?」


「ほんと、なんでだろうなあ?」


「なんでかしらね」


 三人で首を傾げる。


 まあいい。フェンリルがかわいいのは当然なのだ。必須なのだ。


「私もそのフェンリルちゃんもふもふしてみたーい」


「鈴芽にはバイソンがいるだろ」


「えー、バイソンちゃん達もかわいいけど、ワンちゃんは別腹だよー」


「別腹ってなんだよ」


 なーんて事を話していたんだが。


 翌日俺たちはフェンリルに優るとも劣らない、とんでもない犬系モンスターに遭遇してしまうのだった。

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