第26話 魔法とパーティー戦闘

 5日後、俺と鈴芽はようやく神話集を読み終わった。


「はあ、はあ、やっとこれで魔法の練習ができるぜ……」


「もうヤダ。私しばらく本読みたくない……」


「お二人ともお疲れ様でした」


 カヅノさんがねぎらってくれる。基礎魔法の呪文を習って、魔法の基本勉強は終わりだ。あとは実践あるのみなので、村の広場に出て練習することになった。


 広場では先に燕がいて、魔法の練習をしていた。俺の姿を見るとフフンと笑う。


「あら、ようやく基礎魔法の練習?」


「うるせー、お前だけさっさと読み終わりやがって」


 一晩であの分厚い神話集を読み切った燕は、翌日には魔法の練習を開始していた。燕自身のマナは呪紋で封印されているのでどうするのかと思ったら、モンスターの魔石を媒介にして魔法発動に成功していた。

 これには俺だけじゃなくカヅノさんも大いに驚いて、


「信じられない……天才でございます。自分以外のマナを利用した魔法発動は本当に難しいんですよ。それをたった一日で……」


 と感嘆していた。

 燕はもう全属性の基礎魔法修得を終え、下級魔法の練習に入っている。


「火の神バーンよ、かつて闇の眷属をその炎で打ち払ったように、我にその力を貸し敵を燃やし尽くせ、火槍フレイムランス!」


 燕は片手を空に向かって突き出している。その手の先から炎の槍が噴き出して、上に登り、20メートルほど進んで霧散した。村で周囲の物に火がつくといけないので、虚空に向けて放っているのだ。


「燕ちゃんすごーい!」


「おおーっ、すげえな。もう形になってるじゃないか」


「当然でしょう、私を誰だと思っているの。魔法くらい簡単よ」


 ドヤ顔で胸を張る燕。くっそ〜、一人だけ先に進みやがって。


「カヅノさん、俺も早く練習していいか?」


「はい。どうぞツバメさんと同じように空に向かって放ってみてください。ハナサカ様はすでにナラティブでマナの操作方法を身に着けています。きっとすぐに発動できますよ」


「よーし、やるぞ!」


「がんばれ! 天道くん」


「まあがんばんなさい」

 

 鈴芽は元気いっぱい、燕はニヤニヤと人の悪い笑顔で応援してくる。

 くっそ、燕のやつあれ完全に楽しんでやがんな。失敗して何も出ないとかだと恥ずかしいぞ……。

 俺は片手を空に向かって突き出し、呪文を唱えた。


「火の神バーンよ。我にその加護と力を、火球ファイアボール!」


 途端、巨大な火柱が夜空に向かって突き上がる。火炎放射みたいな勢いで高々と紅蓮の奔流が上がった。


「…………へ?」


「……え?」


「ええーーっ!?」


「ハナサカ様! 火力が強すぎます!!」


 俺はぽかんとし、他のみんなは目をむいた。


「いや、俺は普通にマナを込めただけなんだが!?」


「ハナサカ様、炎を消すようお念じください!」


「わ、わかった」


 カヅノさんに言われて火を消すイメージをすると、すぐに火柱は消えた。


「ふぅ……良かった。消えましたね。ハナサカ様、今のは?」


「いや、俺は本当にファイアボールを出すつもりだったんだけど」

 

「おそらくハナサカ様の基礎魔力が多すぎるのですね。今のは中級魔法の火炎流ファイアストームくらいの火力が出ていましたよ」


「マジか」


 基礎、下級、中級だから、いきなり二段階も上の魔法を出してしまった。

 そう言えばナラティブのランクでステータスの値や伸びも変わると言っていた。俺はEX だから、マナ量が人よりずっと多いのかもしれない。


 そばで見ていた鈴芽が、


「すごいね天道くん! なんかめっちゃ火ィ噴いてなかった!」


 と無邪気にはしゃぐ。

 一方燕は、


「何なのあの炎、反則でしょ……」


 と落ち込んでいた。


「いやいや俺は基礎魔法出しただけなんだって。下級魔法狙って出してる燕のほうがすげえよ」


「い・や・みにしか聞こえないわよ」


 がるるる、と威嚇してくる燕。

 最後にカヅノさんが静かにつぶやいた。


「……ハナサカ様の魔法練習は、村から離れた場所でする方がよさそうですね」


「……はい」



 ◆◆◆◆



 魔法の練習もレベル上げも地道に続けてさらに1週間後。

 今日は村の近くに強力なモンスターが出現したということで、ハロウィンパーティー全員で狩りをすることにした。

 メンバーはそのまま、俺、鈴芽、燕、ウサ、夜釣、みぞれの6人だ。


「なんか、最近村周辺に出るモンスター増えていないか?」


 俺が疑問に思うとウサが答える。


「モンスターはマナを求めてくるからね。人間がたくさん集まっていると引き寄せられるんだよ。それに今はおにーさんがナラティブでどんどんマナを周囲に撒いているからね」


「うげっ、俺のマナが誘引剤になっているのか」


「おにーさんはマナ量が多いから、モンスターにとっても魅力的なんだよ」


「モンスターに好かれてもなあ」


 こりゃあがんばらないとエンドア砂漠で生きていくのは大変そうだ。


 遠くにモンスターの砂煙が見えた。


「よーし、そんじゃあ連携確認がてらやるぞー」


 みんながそれぞれ返事をして、仲間は散った。



◆◆◆◆



 今日の敵はサンドラプトルだった。ラプトルという小恐竜型モンスターの亜種で、身体が砂色なので砂漠に隠れて見えづらい厄介なモンスターだ。


 ただ防御力は低く、攻撃が当たりさえすれば一般冒険者でも十分倒せるモンスターだという。最近魔法を覚えたばかりの燕や鈴芽にはちょうどいい相手だった。

 そうそう、こういうモンスターの名前や特徴はウサやカヅノさんから教えてもらった。仲間様々だ。


 サンドラプトルは強靭な後脚を使い砂煙を上げて近づいてきた。あんなに激しく砂を巻き上げたら居場所がまるわかりだと思ったがところがどっこい、砂煙は宙に舞い上がって霧のように周囲に漂い、うまくサンドラプトルの姿を隠し始める。なるほど、モンスターと言えども賢いな。


「じゃあまあこっちも賢く戦いますかね……。みぞれ、頼んだ」


「ま、任せて。 すぅ…………氷吹雪アイスブリザード!」


 みぞれがゆっくりと息を吸った後、口から氷の吹雪を吐き出す。口から出してしまっているが立派な魔法だ。

 吹雪は正面にいたサンドラプトルを襲い、包み込む。


 吹雪によってサンドラプトルを守っていた砂煙は消え、さらにラプトル自身にもダメージを与えた。サンドラプトルたちが次々と苦しみだし、その場に倒れ込む。


「よしっ、うまくいった! 砂漠に住む変温動物だから、急な温度変化は効くみたいだぜ。すごいぞみぞれ!」


「や、やった……!」


 カヅノさんに聞いたんだが、この世界のモンスターは厳密には生物と違うらしく、自然界の法則だけで動いているわけではないらしい。

 モンスターは基本的にマナをかてとし瘴気をまとって動く生き物で、他の生物のようになにかを食べなくてもマナを吸収しているだけで生きていけるらしい。

 だから、現代日本の生物知識が必ずしも当てはまるわけではないんだが、ラプトルは爬虫類で変温動物だから急激な寒さに弱いって読みは当たったみたいだ。


「よしっ、ラプトルの動きが鈍っている今がチャンスだ! 全員で攻撃するぞ!」


 動きを止めたラプトルたちを、全員で一斉攻撃する。俺はあえてジャックを使わなかった。ジャックに頼るだけじゃない、俺達自身の戦い方を学ぶべきだと思ったからだ。

 20頭近くいたラプトルの群れだったが、なんとかパーティーメンバーだけで倒すことができた。

 サンドラプトルはエンドア砂漠でもそれなりに強いモンスターだ。一気に経験値が入り、レベルが上がる。


「よっしゃあ、レベル13! やっぱ群れを倒すと経験値がおいしいな」


「うん? あれ……?」


「どうした鈴芽。なにかあったか?」


「! ううん、なんでもないよ」


「? そうか」


 それにしても今回は、みぞれのおかげでだいぶ楽に戦えた。

 みぞれはすごい。なにしろさっきのアイスブリザードは、本来なら中級魔法なのだ。みぞれレベルでは普通まず使えないクラスの魔法なんだという。


「よくやってくれたなみぞれ! おかげでみんな怪我もなく戦えた、すっごいぞ!」


「え、えへへへ、天道お兄ちゃんの作戦のおかげだよ」


「なに言ってるんだ。みぞれのナラティブがすごいからだよ!」


「えへへへ……」


 みぞれがふやけた笑顔で笑う。


 遠くからこちらを見ていたウサがぼやいた。


「あーあ、いいなあ。ボクもサンドラプトルの進路を限定する穴掘ったりとかがんばったのに」


「なに白煌、あいつに褒めてもらいたいの? 子供みたいね」


「な! 別にいいでしょー」


「ぷぷ、そうやってすぐ怒るところはチューボーね」


「怒ってない!」


 燕がウサをからかって遊んでいる。

 まったくあいつは……。


「お~い燕、あんまからかうな。二人とも、サンドラプトルの素材と魔石を回収したら、いったん村に戻るぞー」


「はーい♡」


「はいはい」


 俺は二人に声をかけて、帰る準備をする。

 帰り支度をしているとき、ウサが話しかけてきた。


「そういえばさ、今日はボクらパーティーの連携確認と強化って言ってたけど、戦闘班の人との連携はいいの?」


 戦闘班というのは、パーティーメンバー以外で戦える人材を育てるため、ハロウィン村内で募集した戦士職のことだ。

 やっぱりというか、全員獣人だった。リーダーはトラ族の獣人で男性のまとめ役でもあるタイガさんだ。


「ああ、戦闘班にはもっと遠くまで行って地理やモンスターを調べてもらっているんだ。俺やハロウィンパーティーはあんまこの村から離れないほうがいいからな」


「ちぇー、ボクもそっちのほうが良かったな。村の外のほうがいろんな素材集められそう」


「そう言うな。戦闘班だって大変なんだぞ。遠征してモンスターと戦ったり情報を持ち帰ってこないといけないんだからな。ああいうのは大人の役目だよ」


「ぶー」


 俺は、不満そうにするウサの頭をくしゃくしゃっと撫でた。



◆◆◆◆



 その頃、ハロウィン村戦闘班はある光景を見て恐怖におののいていた。


「タイガさん、どうするんです。この数は俺たちじゃあ……」


「すぐ村に戻って報告するぞ。これはやばい」


「は、はい」


「とにかく急ぐぞ。早く村に伝えないと大変なことになる……まさかエンドアバイソンの群れが、ハロウィン村に向かっているだなんて!」

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