第2話 世界の楽しみ

 俺は男女比がおかしい世界に転生したらしい。それで、ガチ恋チキンレースというものを思いついたので、実行してみたい。生まれて初めて、自分の考えを実行できそうなチャンスだから。初めての思いつきは、大事にしたいんだ。


 とはいえ、まずは普通に仲良くなるところからだろう。俺には人とのコミュニケーションの経験が少ない。だから、いきなり変な方向に走っても、うまくいかないはずだ。


 そのためにも、家族と仲良くしておかないとな。というか、俺はどんな状況なのだろうか。昨日は確認し忘れてしまった。


 記憶喪失だということになっているから、説明はしてもらえるはずだ。そう考えていると、知らない人が部屋に入ってきた。


 30歳くらいの見た目で、腰まである真っ直ぐな茶髪が印象的。なんというか、無表情な感じだな。


「おはようございます、とばり様。今日の朝食が用意できました」

「えっと、あなたは……?」

「事情はうかがっております。私は、あなたのお母様に雇われている家政婦でございます」


 それは、すごい金持ちだったりするのだろうか。家政婦を雇う家って、あまり聞かない気がするが。もしかして、俺の家も大きなものだったりするのだろうか。前世ではずっと病院だったから、普通の家が分からないんだよな。


 まあいい。とりあえずは、ちゃんと挨拶しておかないと。人と仲良くできない人間に、ガチ恋チキンレースの実現は不可能なのだから。


 変な遊びかもしれないが、初めて思いついたことだから、一度は試してみたい。前世では、ずっとベッドで寝ているだけだったからな。


「分かった。なんと呼べば良い?」

「私は相模さがみ百合子ゆりこと申します。あなたのお好きなように、呼んでいただければと」

「じゃあ、百合子さんと呼ばせてもらうよ」

「かしこまりました。とばり様、朝食は、ご家族と食べられますか?」

「百合子さんはどうするんだ?」

「私は、状況を見計らって食べさせていただきます」

「せっかくだから、一緒に食べないか?」


 とりあえずは、人と交流を進めていきたいんだよな。前世では、看護師や医者としか話してこなかった。ずっと事務的な会話だったので、ただ話をする関係に憧れている。


「かしこまりました。そら様に確認してまいります。案内は必要ですか?」

「一応、お願いしておこうかな」

「では、着いてきてください」


 そのまま、百合子さんに案内されていく。階段を降りて、廊下を歩いて、大きなテーブルのある部屋にたどり着いた。テーブルの上には、料理が乗っている。


 そして、すでに他の家族たちは席についているようだ。これは、待たせてしまったかな。


「ごめん、遅れて。先に食べてても良かったのに」

「気にしないで、とばり君。家族だもの。少しくらい待たされても、問題ないわ」

「そら様、とばり様に、私も共に食べないかと、お誘いを受けました。ご一緒してもよろしいでしょうか」

「もちろんよ。せっかく、とばり君が提案したんだもの。その心は、大事にしないとね」

「では、席につかせていただきます」


 ということで、家族と百合子さんと一緒に食べていくことになる。百合子さんは、いったん離れて行ってから、皿を持って戻ってきた。自分の分だろうな。


 まずはビーフシチューらしき赤黒いスープに手を付けていく。とても美味しくて、何度でも食べたいと思ってしまうほどだった。


 俺の語彙では表現できないことが、もったいないと感じてしまう。前世では、点滴ばかりで食事をする経験がなかったからな。味についてのコメントが分からない。残念なことだ。百合子さんに、感動を伝えたかったのに。


 というか、家政婦なんだから百合子さんが作っているので良いんだよな? 間違っていたら、素直に謝るか。


「百合子さん、美味しいよ。ありがとう」

「それでしたら、料理を作った甲斐があります。今後も喜んでいただけるように、努力いたします」

「百合子さん、良いな~。お兄ちゃんに手料理を褒められるなんて!」

「私で良ければ、手ほどきをさせていただきます」

「お願い! お兄ちゃんに喜んでもらいたいな~」

「かしこまりました」


 なるほどな。妹の料理か。少しくらい失敗していても、褒めてやりたいものだな。そうすれば、きっと喜んでもらえるはずだ。


 というか、俺に喜んでもらいたいと言ってくれる時点で、すでに嬉しい。前世の家族を考えれば、すでに好きになれそうだ。


「楽しみにしているよ、りんご」

「待っててね! ちゃんと美味しいものを食べさせてあげるね~」

「とばり、記憶喪失になって優しくなったね。寂しかったけど、今の方が好きかも」

「ありがとう、姉さん。実は、受け入れてもらえるか不安だったんだ」

「心配しなくて良いよ。ちゃんと、今のとばりは大切な弟だからね」


 姉は金髪に染めているから、少し警戒していたが、無用な心配だったな。というか、ただの偏見だったのかもしれない。


 とにかく、暖かい家族だ。ガチ恋チキンレースへの練習を抜きにしても、仲良くしていきたいな。


 前世で、似たような家族を持てていたらな。それなら、もっと幸せだっただろうに。いくら入院していたとしても。


 そのまま食事を食べ終え、母に状況を確認することにした。学校はどうなっているのか、精液の提供はどうなっているのか。他にも、分からないことがあれば。


「母さん、俺は何歳なんだ? 学校には、通わなくて良いのか?」

「とばり君は、15歳よ。学校は、高校に通いたかったら、好きにしてもらって良いからね」


 調べた感じだと、高校に通う男は少ないだけで、居ない訳ではない。だから、できれば通いたいな。そうすれば、ガチ恋チキンレースへの実現もできるだろう。


 それに、単純に学校生活に興味があるんだよな。前世では、学校に通ったことすらないから。


「なら、近くの高校に通いたいな。少なくとも今は、この家で過ごしたいし」

「ありがとう、とばり君。家族での時間を大切にしてくれるのね」

「まあ、そうだな。母さんも姉さんもりんごも百合子さんも、仲良くしたい相手だからな」

「嬉しいわ。これからも、ずっと一緒に居ましょうね」


 実際、この家族ならずっと一緒も悪くない。精液を役所に提出している限り、金には困らないみたいだし。なら、わざわざ家から出る理由はないよな。


「そうだな。それに関してなんだが、精液の提供はどうすれば良い?」

「装置があって、それを使って保存した後は、送るだけ。だから、難しいことはないわ」

「なら、ありがたいな。あまり手間だと、大変だったからな。郵送で良いんだよな?」

「そうよ。だから、1人でも問題ないと思うわ。どうしても分からなかったら、私か百合子さんに聞いてね」

「分かった。装置は、部屋にあるのか?」

「そうね。探せば見つかると思うわ。説明書もあるから、きっと大丈夫」


 そんなものか。なら、適当にこなせば大丈夫そうだな。あまり迷惑をかけずに済みそうだ。


「ありがとう。なら、あとは高校受験の話かな」

「願書を出せば、よほどの問題がない限り受かるわ。とばり君なら、近所のどこでも大丈夫だと思うわ」

「なら、良いところを教えてくれ。できれば、色んな人と仲良くできそうな所が良いな」

「私の方でも調べておくけど、今度一緒に相談しましょうね。後は、護衛官の話になるわね」


 聞いたことのない単語だが、一体なんだろうか。調べた時には、出てこなかったが。探し方が悪かったのか?


「護衛官?」

「男の人を、守ってくれる人よ。通学の時には、1人じゃ心配だもの」

「分かった。でも、基本的には任せるよ。詳しくないからな」

「じゃあ、最後の面接に付き合ってくれる?」

「もちろんだ。俺を守ってくれる人なんだから、ちゃんと仲良くできる人がいいよな」

「それなら、お母さんはこれから準備をしてくるわね。また何日かしたら、もう一度話をしましょう」


 右も左も分からない世界に来てしまったが、うまくやっていけそうだな。この家族とは、もっと仲良くしていきたい。みんな、優しい人ばかりだからな。


 それはさておき、高校に入ったら、いよいよガチ恋チキンレースだ。楽しみであり、怖くもある。慎重に、進めていこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る