クライマックス

「行くぞォ!」


 僅かに残る恐怖を吹き飛ばし、俺は走る。

 黄泉坂相手にある程度の距離を取り、一方的に斬撃を叩き込んでいる怪物。

 本来ならここら一帯を粉砕できるような勢いの攻撃をたった一人に集中している異常な光景。


「アハはハハ!」


「はいストップ!!」


「見エてルよ」

 

 不気味な声と共に伸ばされる剛腕のような足。

 跳躍している俺がそれを避けるのは不可能。しかし避ける必要は無い。


「舐めんな」


 鎧を変化させ、出現させるのは無数の棘。硬度も鋭さも一級品のそれらは分厚い肉も容易に貫通する。

 ブシュリと肉の中に沈む音と共に噴き出す黒い血液。

 そのまま棘を刃に変化させ、足を一気にスライスする。


「痛イ!?」


「そりゃどうも」


 拘束から抜け出した俺は最初に黄泉坂の襟を掴んで投げ飛ばす。邪魔だからだ。

 続いてカードを装填、霊獣の魂を鎧に憑依させる。


《CONNECT:Scull megalo》


 高い耐熱性を有する鎧に変え、構える。

 ここからは近距離戦だ。


「甘イよ」


 怪物の八本の足に剣の形をした炎が出現する。

 恐らくは神具アーティファクトの影響だろう。だが構わない。もしもそうだとしたら斬撃系。今までの攻撃からそれは予測できていた。

 不安があるとするならば、体躯のせいか一つ一つがデカいってことだ。


「甘いのはテメェだ」《BASTARD・MODE》


 サモンツブッシャーを大剣に変え、左手の大口から水の刃を形成。

 二刀流の構えで剣戟を挑む。


「君は私ニ勝テるノ!? 確カにソの魔道具ハ凄いケド、限界があるでショ?」


「ああそうだな。人は限界を越えて魔力を放出できるが魔道具はできない。相手にそれを上回れたらその時点で手詰まり。それが戦いにおける魔道具の弱点だ……。普通はな!」


「ナニ? 策でもアルの?」


「どうかな、ぶっちゃけ俺の半分ヤケクソだからなぁ!」


 手数も出力も全て怪物が上回っている。正面から対峙してみて改めてわかる。

 こいつは次元が違う。


「本当ナラ、君を殺しタクは無イんダけど……。けど邪魔すルなら仕方ナイヨネ?」


 鎧の硬度を上回る斬撃と熱。それが休むことなく繰り返される。

 少し前まで残っていた躊躇いや良心といった感情はもうどこにも無い。

 今のコイツが正真正銘の化け物。倒すより他は無い。


「って考えるのが凡人よぉ!」


 熱いし痛いし苦しいし。

 身体中が悲鳴を上げるほどのダメージが蓄積していく。ガイスターでなかったら、もうとっくに死んでいた。魔力で身体能力を強化できればまた違ったのだろうが。


 だが無いものは無い。今そんなことを考えていても仕方がない。

 だから叫ぶ。例え阿呆に見えようと、全てはいつかの勝利のために。


 ずっと俺が胸に抱いてきたことだ。

 今嘲笑わらわれようとも、その時その場所その瞬間、全てをひっくり返す。

 その景色を望み焦がれ続けたからこそ、俺は今ここに居る。

 耐えて耐えて耐え続けることもまた、


 昔は身体の影響か主人公達憎し、殺したくない一心でこの世界の条理を憎む。

 汚く下らない惨めな感情。だがそれの何が悪い!?


「人生とはッ! 下らない戯言を為すための舞台である!! だよなァ!?」


「YES! その通りだ!」


「なら準備しろ!! お前の助演で、主役の俺の華を添えてみせろやァ!!」


 セインは言った。これは私達二人の舞台だと。

 だが俺は嫌だ。どうせ舞台に立つなら俺の単独主演が良い。

 これは一番じゃない。だけど、もしも叶うなら手に入れたいもの。


 俺は悪役、噛ませ犬。

 なら少しは強欲にならなきゃ、この世界の主人公にはなれないだろう?

 今この場面こそが沸騰クライマックス最高潮!!


 さあ、行こうか!


「喰らえッ!」


 左手の大口から高圧水流をゼロ距離で噴射。しかしまるで溶岩の如き高熱を纏う相手にはこの程度の水流では対処しきれない。

 だが問題無い。

 既に彼女が動いている。


「セイン!」


「よしきた。《我が声を聞け、この場に在りし数多の雫達!》『水精の螺旋槍アンダイン・スパイラル』」


 立ち上る水蒸気が再度凝結し、回転する水の槍へと変わる。

 それらは怪物の足目掛けて降りて行き、見事に突き刺さった。


「うぅ……!」


 苦悶の声をあげる怪物。炎の噴出するも水は消えない。

 通常ならばとっくに渇いているはずだというのに、何故か。


 答えは簡単。

 常識を超越した。ただそれだけだ。


神具アーティファクトを持っているのは君だけじゃない。私の『囃子の竪琴アメノウズメ』は森羅万象、あやらゆるものを操れる。水が熱で気化しないようにするなんてことは朝飯前という訳さ」


「ウッざ……」


 怪物にはまだ余裕が見える。だがそれは余裕じゃない。

 油断だ。


 俺は、この一撃で決めるぞ。


「…………!?」


 まだ気がつかないが、違和感は感じ取ったように見える。

 だがもう遅い。今の数秒の沈黙はお前にとっては致命傷。


 もうとっくにファミリアの仕組みは理解した。

 吸血鬼が自らの血液を介して魂の一部を与える。その影響で肉体が変異し、異形と成ったのがファミリアだ。

 そして魂を軸としている限り、俺の能力は天敵と成り得る。


 霊獣グランキオの能力。それは魂と肉体の切り離しを含む、魂を自在に操作する能力。


 かつて俺を陥れたその力が今、俺の最大の武器となって背中を押す。


「十年。それが俺の鍛錬に費やした時間だ」


 被害妄想と空っぽの憎しみを活力とした十年。

 しかし全身全霊で取り組んだ十年。その時間が、俺が北風ヒナタに勝つ要素を形作ってくれた。

 どんなに下らない理由でも邁進した事実が、俺の戯言を現実に変えるピースをくれた。

 グランキオと過ごした時間は、決して無駄じゃなかった。


「お前の言う通りだよグランキオ……。――――俺は凄い奴だ!!」


 ずっとシコリとして残っていたあの言葉。

 死に際に残したそれは本気だとわかってはいても、俺自身がそれを信じ切れていなかった。

 だけど今、ここにある力はお前が残してくれたもの。

 お前のおかげで、俺が凄い奴になれる。


「…………まズい!」


「もう遅せぇよ」


 剣に変わったサモンツブッシャーの刃が鋏の形へと変わっていく。

 鎧の中にあるグランキオの魂が武器そのものに憑依しているのだ。


「終わりだ、とっと元の姿に戻りやがれ!!」《FINAL CURTAIN》


 終幕の宣言が鳴り響く。

 剣を大きく振りかぶり、横に一閃。

 

「あ――ア――アアあ――」


 ド迫力の爆発も、大きな断末魔も無い。劇的というのは余りにも静かで、あっさりとした決着。

 だがそれこそが、俺にとって勝利宣言。

 どこかから、息を飲む音が聞こえた。


「……やっぱ勝つって最高だよなぁ」


 一番は死なせたくないこと。

 けどだからと言って、勝利がどうでも良い訳じゃない。


 最高のエンディングと共に、俺はその場で仰向けに倒れた。

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