大都市=遊園地

『海神SセインOオーシャンSステージ』。

 家族連れやカップル、果てはお年寄りにまで大人気のオーシャンテーマパーク。その名に入っている通り、巨大な海が隣接している場所であり、だからこそ夏には多くの人間でごった返す。

 では残る季節ではそうでもないのかと言われれば全くそんなことはない。ここの最大の売りは確かに凄まじい規模のウォーターアトラクションだが、それ以外にもゲームセンターやカジノ、温水プール等々遊べる場所は沢山ある。食事の安価でありながら一流のものが取り揃えられており、実際のところは年中人が集まっている。


「で、何で俺がここに……?」


「東雲は超有能執事系女子スーパーエリートバトラーガールでございますので! 坊ちゃまの溜まりに溜まったストレスは把握済み! しかし坊ちゃまときたら暗いジメジメとした部屋に籠ってばかり! ですので東雲がいっそのこと思い切り羽を伸ばして、溜まりに溜まったストレスを発散して貰おうではないかと!」


 アズサはとびきりの笑顔でそう語る。

 だが正直、余計なお世話というのが正直なところだ。


 彼女の言う通り、俺は確かに鬱屈を抱えている。心にこびりついて中々取れない粘り気。

 だからこそ、遊園地なんかで遊ぶ気分にはなれないのだ。


「ふむ、東雲にはわかります。坊ちゃまが抱えているのは罪悪感。仮にも師を殺めてしまったご自分を責めるお気持ちが、遊ぶという行為を禁じておられますね」


「……わかってるんならほっといてくれよ。折角色々手配して貰っといて悪いけどさ。俺は……」


「そうはいきません! その感情をどうにかしなければ今後の生活に支障をきたします! ですので、これは必要な処置! そう、メンタルケアにございます!」


「いやいやいや! いらないからもうそういうの大丈夫だから!」


「大丈夫、まだ大丈夫はもう危険。常識ですよ! ご安心を、東雲は荒療治が得意ですので! この『鬼軍曹』にお任せあれ!」


「いやちょっと、おい! ちょっ、おまっ!?」


 アズサが俺の身体を掴んで車から降ろす。一体何をするつもりなのか。少なくとも良い予感は、いやこれ悪い予感でしかないわ。


「《それは心を救う祝いの砲弾》坊ちゃま装填!」


「はあああああああああ!?」


 短い詠唱によって出現するのは巨大な砲身。まるでレールガンのようなそれに何を血迷ったのかアズサは俺を弾丸として装填した。


「あ、坊ちゃまこれを念のため。いざということがありますから」


「いや待て! 俺は行くなんて一言も言ってないし、そもそも俺一人!? お前はついてこないのか!?」


「申し訳ありません坊ちゃま。星導学園の件に関して東雲もレイ様と同様にお上から呼び出しをくらっておりますので。ごゆるりと一人の時間をお楽しみになられてくださいな! それでは――――」


 ヤバい、レールガンに魔力が溜まっていく。

 コイツは冗談でも何でもなく俺を発射する気だ!


「待って待って待って!」


「『祝福の電磁砲ゼーゲン・カノーネ』!」


「ああああぁぁぁ――ぁぁぁ――ぁ――!」


 俺は一瞬にして、空中へ放り出された。



▪▪▪



「――ぁ――ぁぁぁああああああああ!!!! いだっ!」


 ボフン!!


 背中に何か柔らかいものが衝突し、俺はそれにバウンドして地面に放り出される。

 硬いアスファルトの感触を顔面に受け、顔を上げるとそこには一面の青が広がっていた。


「デッケェビーチだな……」


 今日の天気は快晴。陽の光が反射し、まるで宝石の如く輝く大海原は雄大な美しさを陸に解き放っている。

 そこには水着を着て少し早い海水浴に勤しむ者達も多く、この施設の人気を端的に表す光景となっている。

 日々の忙殺から解放され、心のままにはしゃぐ人達の多さによってか、どう考えても異常な俺の入園は誰にも認識されなかったらしい。


「……んあ?」


 いつのまにかポケットに入れられていたらしい携帯通信魔道具マジックフォンから着信音が響く。差出人は東雲アズサ。


『ご無事で何よりです! さて坊ちゃまのお悩みに先にお答えしておきますと、既に入園料は支払い済み、ホテルの予約も済んでおります! ですのでまずはチャックインをおすましになられてくださいますよう! それでは三泊四日の慰安旅行をお楽しみくださ~い☆』


「……三泊四日」


 どこまでも勝手な執事だ。一体母さんはあんな奴のどこを気にいって採用したのか。

 だが来てしまったものはもう仕方ない。予約も支払いも終わっているのであれば行かざるを得ない。

 

「ホテルってどこだよ……広すぎんだよここ……」


 俺はこの海神SOSに来たのは初めてであり、かつ少し歩いただけだがそれでも感じる。

 

 一応同じ格の家柄同士であるため伝聞としてこの場所の話を聞いた事はあった。

 何でも一人娘の誕生を記念して、都市全体を改造した結果がこのSOSなのだとか。相当にイカれた所業だが、海神家はこの国どころか世界でも有数の財力を持つ家。

 故にこの程度は造作も無いのだという。


 産神の財力も相当なものだが、それでもここまでのことができるかどうか。

 いや別にしなくて良いのだが。

 どうやら海神家の現当主は余程娘が可愛いらしい。ここまでの大規模な愛情表現に対し、娘は一体どう思っているのだろうか。


「まあ原作のままなら……」


 そこまで考えて俺は首を振る。

 いけない、またそんなことを考えてしまった。この思考はもう無意味。

 当人のことを知りたいなら直接会って自分で解釈するより他は無い。


「あ、ホテルここか」


 マップによればホテル街というものがあるらしい。

 俺が過ごすのはその中でも最上級と呼ばれる場所。様々な施設が完備されている上流階級御用達の施設という訳だ。


「ここも路線が走っているのか。次の便は、後十分。普通に間に合うな」


 目玉のビーチの近くに巨大な駅があり、そこから電車に乗ってホテル街まで移動する。

 アナウンスに従って降りると、目の前に多数のビルが立ち並んでいる光景が広がっていた。


「すっご……」


 いやもう本当に凄いとしか言いようがない。並び立つホテルとその奥にある巨大なカジノ施設。

 ここを中心に様々な施設へと繋がっているこの場所はまさに娯楽の結集地と言える。夜になると、この街が一斉に輝きだしたりするのだろうか。


 本当、もっと別の機会に来れば良かった。


 ホテルの中もまた凄い。内装は絢爛豪華という表現が相応しく、どの従業員も教育が行き届いているのか歩く姿勢からして違う。更に美男美女揃い。こういう場所にはやはり多少なりとも顔採用というものがあるのだろう。


「もっとマシな服着てくれば良かった……」


 今の俺の服装は黒いフード付きパーカーにジーパン。そして手にはサモンツブッシャー。俺のお気に入りの組み合わせとはいえ、こういう場ではどうしても場違い感が出てしまう。


「あの、僕? もしかして迷子になっちゃったのかな?」


「あ〝」


 ほら見ろ。この世界の平均と比べて俺は小さいし、尚更だろう。

 それはそれとしてムカつくが。


「チェックインに来たんですけど」


 俺は携帯の証明が記された画面を見せる。すると従業員の顔が見る見るうちに青くなる。


「こ、これは申し訳ございません! お客様、しかも産神のご長男だとは露知らず! す、すぐにご案内をさせて頂きます!」


 ピュウッ! という擬音がつきそうなほどに勢いよく駆けていく従業員。

 そんなこんなで、俺は速やかに部屋へと案内された。


「ひっろ……」


 何かここに来てからずっと似たような感想しか言ってない気がするが仕方ない。それ以外の感想が出てこないのだから。そもそも俺は昔から余り外に出ず、自分の部屋とウィズの研究棟を行き来する生活を送っていた。だからこそこういう娯楽総本山みたいな場所には慣れていないのだ。


 景色も、ルームサービスも全てが一流。これらに関しては学園や実家を遥かに超えている。

 まさに一握りの者にしか許されない最高級の場所。

 ふんぞり返るには最高の場所だろう。


(けどなぁ……)


 どうにも気乗りしない。

 折角だからとベッドに転がってみたり、ルームサービスで冷えた炭酸飲料を注文してみたりと好き放題してみるが駄目だ。

 高級なコーラが全然美味しくない。

 しかも運んでくる奴等はやたらとご機嫌伺いをしてくるし、寧ろ居心地が悪すぎる。


 結果僅か一時間程度で俺は外に出た。

 特に求めるものも無いが、何となくショッピングモールに行ってみることに。

 部屋の中には着替えの他に小遣いも用意されていたため、とりあえずの選択だ。せめて土産物くらいは選んでおくべきいだろう。


「はぁ……」


 俺はこんなことをしていて良いのだろうか。

 この場に似つかわしくない溜め息と表情。余り他の客に見せるべきではないが、それでも止まらない。

 その結果誰かの目に留まってしまったらしい。


 目と目が合い、俺はその場から離れる。


 彼らはこの場へ楽しみに来たというのに、俺が居ては気分が削がれてしまう。それは申し訳ない。


(前までならこんなこと考えなかったのにな……)


 主人公さえぶっ潰せればよかった時と比べて、俺の視野は確かに広がった。

 だがそれは、気にすることが増えたとも言う。普段なら別に問題無いが、今の精神状態ではどうしても陥ってしまうのだ。


 誰かに見られているような感覚に。


 前世で初めて授業をサボって外で遊ぶことを選択した時、俺は似たような状態になったことを覚えている。

 だから楽しもうにもどうにも楽しめないのだ。


「ねえ君」


「うおっ!?」


 突如として耳元で声がした。

 それは息が吹きかかるような超近距離からの囁き。

 目を向ければ、そこには美女の顔があった。


「……お前は」


「や、アサヒ。随分久しぶりじゃないか」


 そこに居たのはこの施設が造られることになった発端。

 海神家の長女にしてこの施設のオーナー、海神セインだった。

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