プロローグ

 終わった。終わってしまった。

 勝利したにも関わらず気持ちの良さを全く感じられないまま、何も無い炎の奥を見つめる。

 妙に遠くに感じられる残火が次第に消えていき、残されたのは俺とウィズが呼び出した陽炎だけだ。


『ガニュメデスに囚われていた者達は解放されたようだ。件の死神小僧が倒したようだな』


「……そうか」


『結局のところ、あやつのとった方法は何もかもが穴だらけだった。普段ならば気がついていただろうに、全く人間という生物はまるで一貫性が無いな』


 確かに。考えて見れば穴だらけだ。

 わざわざグランキオを敵に差し向けたり、俺狙いにも関わらずもっとこっそりやれば良いのにわざわざこんな場所で計画を行ったり、ウィズの力が凄まじかったからどうにかなったものの何か歯車が嚙み合わなければもっと前の段階で呆気なく頓挫していた可能性も十分あった。


『非情になりきれない者が無理になろうとするとああなる。貴様にも良い教訓となっただろう。慣れないことはするものじゃない、というな』


 陽炎がどこか皮肉気に語る。


「……なあ、お前アイツのパートナーか何かか?」


『その言葉の定義はわかりかねるが、顔を合わせていた年数が最も長い存在という意味ならばそうなる』


「アイツは、俺のことを道具としか見ていなかったのか?」


 つい聞いてしまった。

 もう結論は出たことだ。どれだけ穴だらけに見えても、結局ウィズは恋人の蘇生のために命を賭けた。

 その事実と覚悟が、そして死に際に放った言葉が全てを物語っている。

 俺という存在は彼女の恋人を蘇生させるための重要パーツに過ぎなかったのだ。


『……小僧、どうやら貴様は物事を額面通りにしか受け取らないという悪癖があるようだな』


 だが陽炎から返ってきたのはそんな言葉だった。

 言葉の節々に呆れの感情が含まれている。


「……どういう意味だよ」


『少しは想像してみろという意味だ。貴様は行動を起こした理由ばかりに着目しているが、その裏には必ず過程がある。理由が形成された過程、それを力に行動を起こした過程。そういうものは得てして隠されるものよ』


「つまり?」


『ウィズの言葉だけでなく、あやつの行動全てを思い返してみろ。今まで共に過ごしてきた中で築いた記憶を洗い出し、その中にあるあやつの思いを解釈してみせろということだ。その上であやつが貴様にしてきた行動全てが嘘だと感じたなら……ああ、そうなのだろうよ』

 

「…………解釈、ね。今の俺には無理そうだな」


 まだ頭がこんがらがっている。

 生まれてしまったウィズへの不信感が今までの思い出を穢してしまっていることを否定できない。

 解釈なんて心持ち次第だ。今は何もかも悪い方向に考えてしまう。


 ただウィズをただの悪人にしてしまうのは、どうしても憚られる。

 だから、今は考えないでおこう。


『そうか。まあじっくりと考えると良い。我にとって人間の寿命など吹けば飛ぶようなものだが、それでもまだ多少の時間は残されているだろうさ』


 そう言い残して、陽炎は消えていく。

 結局奴の正体は何もわからなかった。


「…………帰るか」


 何だか無性に眠い。

 腹も減った。今はとにかく飯を食った後、暖かいベッドの上で惰眠を貪りたい。

 

 誰も居なくなり、ただ瓦礫と沈黙だけが残ったその場所を俺は人知れず後にした。


▪▪▪


 事件から五日が過ぎた。

 現在学園は無期限休校となり、生徒の大半は入学早々実家に戻されることとなった。


 学園が被った被害のほどは凄まじく、レクリエーションイベント会場を中心にその他多くの施設が崩壊していた。その中には寮も含まれており、俺は結局その辺の原どうにか原型を保っていたベンチで寝る羽目になってしまった。

 その後は色々あって重要参考人として警察に質問を受け、今は実家で過ごしている。


 最近は何も手につかない。本来ならすぐに行うべき新機能に合わせた調整すらも放り出して、ただひたすら空を眺める日々だ。ウィズの研究棟にも行きたかったが、あそこも警察の調査対象になってしまっているため、俺は半ば自宅に軟禁状態となっていた。


「アサヒ、本当に済まない……」

 

 母さんは当日以降、ずっと俺に謝っている。

 普段本当に表情が変わらない母さんがあそこまでわかりやすく弱っているのは本当に珍しい。

 だがそもそも、家庭教師を強請ったのは俺だ。責任は何も考えずに決めた俺が持つべきであって、母さんが責められる謂れはどこにも無い。


「…………漫画でも読むか」


 そう口に出してみるが、俺の手は一向に動かない。

 それを直そうとも思わない。今俺の中にあるこの気は紛らわせてはいけないものだ。

 俺が自分の中で決着をつけなければいけないものだ。


 しかし、少し考えて見えてきたものもある。

 今までの俺は原作という存在に囚われていた。原作ではこうだったから、原作ではこうなっていたから。

 この世界を物語だと高を括っていたからこそ、筋書き通りになると信じて疑わなかった。


 だけど実際は違う。原作というものはあくまで過程からなる結果の一つに過ぎない。

 キャラクターも役割も、それらが織りなす物語も、全ては積み上げた過程から出力された結果なのだと。

 だから『原作』なんてものは、実際のところなんの参考にもならないのだ。


 その人物が何を考え、どう行動するか。

 そんなものは一人一人がどうにかして判断する以外にない。そしてそれは自分独りでは決して成し得ないものなのだ。

 そうでなくては、結局原作を参照していた時と変わらない自分勝手な解釈になってしまう。

 

 今まで俺はそんな当たり前のことにすら気がつかずに生きてきてしまっていた。

 前世も今世も。だからあの結末になってしまった。

 あの時俺がもっとウィズと話して、もっと彼女のことを解釈できていれば、生き残った未来もあったかもしれない。

 そう思うと、やはりやりきれない。

 こういうことには失ってから初めて気がつくのだと思い知らされた。


 あれから俺は何度も後悔している。もっと良いやり方があったのではないか。

 もしあの時ああしていれば。考え始めると止まらず、一向に決着がつかない。


 だから色んな話を聞こう。彼女の解釈の幅を広げるために。

 ウィズはどういった人間で、どういった考えを持っていたのか。それを基にどういう行動をしたのか。母さんやその他諸々、彼女と関係を持つ人達皆に長期休暇の間、話を聞こうじゃないか。


 そう決断すると、少しだけスッキリした。


「……失礼します。坊ちゃま、少しよろしいでしょうか?」


 コンコンと、ノックの音が響く。

 数秒後、使用人がおずおずと顔を見せる。


「何だ?」


「坊ちゃまにお客様が来ております。国家魔導士の方のようですが……」


 俺に国家魔導士の客? 一体誰が?


「名前は?」


「黄泉坂グリム、と……」


「は? ……ああ、そういうことか。わかったすぐ行く」


「よろしいのですか?」


「良い。案内してくれ」


 あの事件以降、俺のこの世界に対する目は変わった。

 この世界に生きる人間は物語の傀儡ではなく、この世界に自身の物語を描いている。


 だけど、俺の目標は変わらない。

 この世界に『俺』という存在には価値があるのだと、刻み付ける。

 誰もが認めざるを得ない程の絶対的価値を。

 魔道具を使って国家魔導士になり、ウィズ・ソルシエールすらも名実共に超えた魔導士へと至る。

 

 そして同時に、もう少しこの世界をじっくり観察しようと思う。

 ここに生きている人々がどんな存在で、どんな思いを背負って生きているのか。元ある知識でなく、実際の生き様を見て判断しようと思う。


 もう二度と後悔しないために。

 大切な人を失う悲しみをもう背負いたくないから。

 今一度、この思考をリセットしてみようじゃないか。


 俺はこの世界に生きる少年、産神アサヒ。

 誰のためでもない、俺だけの物語が今、幕を開ける。

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