邂逅

「うっま!!」


 大皿に盛られた多種多様な料理を咀嚼しながら素直な感想を口にする。

 決闘を終え、寮の食堂へと足を運ぶとそこには多くの生徒が座っていた。

 皆この場所の人気を知り、我先にとやってきたらしい。


 各メディアでも多数の評価を得ているここの食事はその看板に偽りはなかった。

 寧ろ看板以上の出来かもしれない。

 それほどまでにここの飯は旨い。


「これが食べ放題とかマジで最高だな。何で中等部にはこれが無いんだよ」


 中等部にも食堂はあったがここまでじゃなかった。

 やっぱり学園のメインは高等部らしい。まあ、際立って優秀な奴等は既に高等部に出入りしてたみたいだが、残念ながら当時の俺には全く縁の無い話だった。


「にしても…………」


 ここの食事の質もそうだが、それ以上に勝利の後だという事実が一番の調味料になっている気がする。


 ずっと勝利や外部からの賞賛をほとんど手にできなかったせいか、自分の想像以上にそういうのに飢えていたのかもしれない。

 家族の理解を得られていたとは言っても、レイはずっと俺に厳しかったしなぁ……。


 あの度を越した成果主義の姉にはほとほと困らされた。

 偶に家に帰ってきたと思ったら俺に小言を言うために待ち構えてんだもんな。

 正直半分くらいは聞き流していた気がする。


「正直一度くらい戦って勝っておきたい気持ちはあるよなぁ……」


「何だ何だ、もう次のこと考えてんのかガキ」


「まあざっくりとは」


 フードの中に居たグランキオが声をあげる。

 因みにコイツは俺が決闘している間ずっと寝てやがった。

 叩き起こしてから理由を聞いたら何か眠くなったらしい。それはそうと『結果はわかりきってたから』だとか抜かしやがったが。


 そう言われたら怒るに怒れないじゃないかよ。

 だけどコイツは何か肝心な時に俺を見ていないことが多い。

 くだらない用事の時はすぐに会えるのに、大事な時には決まって居ないのだ。


 まあそんなことはどうでも良いのだが。


「レイのことは一旦置いておいても、俺のことを蔑んでくる奴はまだまだ居るからな」


「ああ、そういや言ってたな。邪道がどうたらって」


「そうそう。どうすれば俺のことを刻んでやれるかってことなんだけど……。まあ格上って言われている奴等を全員ぶっ潰していけば良いだろ」


「お前考え方がチンピラすぎねぇ……?」


「何言ってんだ、ウィズも言ってたろ。魔導士は武闘派じゃないと務まらないって」


「いやそうだけども……」


 グランキオは暴れることが本懐の霊獣の癖して結構大人しい奴だ。

 まあ弱っちいからそうしてるだけかもしれないが。


「おら」


「うわっ!」


 水かけてきやがったよコイツ。

 危うく料理にかかっちまうところだった。


「また失礼なこと考えやがって。俺が弱いのはお前のせいだっての」


「だから俺の魔力は高いって! 契約してる霊獣とか今回の結果見りゃわかんだろ?」


「それはまあ、そうだけどよ……」


 グランキオはどこか違和感を孕んでいるらしい声を溢す。

 

「お前、俺を呼び出す時にちゃんとした魔法陣使ったか?」


「おう、ウィズが用意してくれた紙にしっかり刻んだぜ」


「だったら……、いやあの嬢ちゃんだしな……」


 だったらの後は良く聞き取れなかったが、とりあえずコイツが悩んでいるのは理解した。

 とはいえ俺にできることは何も無い。別に強くあってほしいとも思ってないしな。


「お前はお前のままで良いよ」


「……お前なぁ」


 グランキオは不満そうだが本心だ。

 十年も過ごしてくりゃ流石にわかる。コイツには今後成長できる余地はない。

 シンプルにポテンシャルが低いか、もうとっくに成長し終わっているかのどちらか。


 確かに上級の召霊式からコイツが出てきたってのは気になるが、随分前の話だ。

 それはもう良いかという気分になっている。

 俺にはもう十分な力があるわけだし、今更どうこう言うつもりもない。


「……わーった、この話はもう終わりにしとく」


 面倒くさくなったのか、グランキオは話をどこかに放り投げた。

 俺としてはコイツが良いならそれで良い。また持ち掛けられた時に考えれば良いだけだ。


 皿に盛られた飯が全部無くなった。

 お代わりに行くか。今度は四川麻婆でも食べよう。


 そう思って席を立ったその時。

 誰かにぶつかった。


「あ、悪い」


「こっちこそごめんなさい……あ」


 肩がぶつかってしまったことを謝り、おかわりを取りに行こうとした直後にその人物から声が漏れた。


「? 何か溢したか?」


「産神、アサヒ……」


「んだよ、俺のこと知って……」


 俺のことを知っているという時点で少し嫌な予感はしていた。

 家以外の人間が俺を認知していた場合、それの種が良い物であるはずがないのだから。

 またしてもエリート様に因縁をつけられるのかと考え、顔を向けた瞬間、顔が歪んだ。


 そこに立っていたのは黒髪ショートの美少女。


「…………」


「…………」


 北風ヒナタ。

 原作におけるヒロインの一人で、主人公と最初に関係を築く女子生徒。

 この世界の女性キャラの例に漏れず、異様に優れたスタイルと容姿、高い身長を持つ彼女は俺を見下ろしながら若干顔を顰めている。


 一応この時点では初対面のはずなのだが、どうやら嫌われてしまっているようだ。

 それによって何か問題が生じる訳でもないが。


 俺もコイツが嫌いだ。

 原作からの因縁の相手と言っても良い。北風は歯牙にもかけていなかっただろうが。

 研究棟でもスペース確保の際にアサヒが一般家庭出身を理由につっかかり、取り巻きをけしかける。

 それがアサヒ破滅の第一歩であり、彼女はそれに大きく関わった女だ。


 勿論原作において悪いのはどこを切り取って見てもアサヒだ。そこに異論を挟む余地はない。

 だが俺の中のアサヒはずっと叫び続けている。コイツが、嫌いだと。

 

 だがここで喧嘩するつもりはない。

 こっちはささやかな勝利を祝っているんだ、旨い飯を静かに食いたい。

 だから黙っておかわりを取りに行こうとするが、行けない。

 

 北風は俺と比較して遥かに肉付きが言い分占領する幅も広い。

 このままでは通り抜けるということができないのだ。


「飯取りに行きたいんだ、そこどいてくれるか?」


 だが、彼女はどういう訳か動かない。

 ジッと俺を見下ろしている。


「……さっきの戦い見てたよ」


「……あ、そう。で?」


 つい口調が荒くなる。

 紅い瞳に鋭い目つき。そこから発せられる眼光を浴びせられるとこっちも身構えてしまう。

 原作ではそれなりに柔らかい表情も見せていたから、きっとわざとだ。


「聞いてた話と全然違った。……強いんだね」


 それだけ言って北風は去って行った。

 ……何だったんだ?

 てっきり俺は因縁つけられるかと思ってたんだが。


「んだよ、あの美人な嬢ちゃん知り合いか?」


「…………いや、全然。初対面だ」


「そか。何かやったら警戒してやがったからな」


「なわけ。あんなのに負ける訳ねぇし。てか俺は誰にも負けねぇし」


「いや別に勝ち負けの話をしたつもりじゃねぇんだが……」


「…………そうか」


「やっぱ知り合いだろ?」


「違う!」


 コイツ、余計な指摘しやがって。

 

 それにしても意外だった。

 北風の俺に対する態度は存外きつくなかった。

 アイツ、確か権力者を嫌ってるタイプじゃなかったか? マノなんかとは相当に仲が悪かったはずだし、記憶違いということはないはずだ。


「…………四川麻婆どこだろ」


 考えるのも面倒になってきた。

 どうせアイツも潰すんだ、態度なんざどうだって良い。


 ただどうにも歯がゆく、我武者羅に刺激が欲しくなった。

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