クラフト

「あなた達はここがどこだかわかっていますか? 多数の高額な器具のある研究室です。少しの埃が命取りになると伝えたはずですが」


「「だってコイツが!」」


「両成敗です!」


 拳骨が脳天に振り下ろされる。

 周囲にあるのは書類と器具。

 本来は机や棚にあったものの多くが床に散らばっている。

 

 言うまでもなく、俺達の追いかけっこで生じた光景だ。


「あなた達が一体どんな理由で喧嘩したのかわかりませんが、アサヒくんは契約を完了した以上はしっかりとした関係を築いてください」

 

「……はい」


「グランキオさんも契約に同意した以上、今更文句を言うのは無しです。私の助手と契約した以上、彼の力になってあげてください」


「はあ!? 何でこんなガキンチョに……………………」


「お願いしますね???」


「…………………………わかったよ」


 おお、すげぇ流石ウィズ。

 このクソ生意気な蟹野郎を一発で黙らせた。

 一瞬溢れた魔力のプレッシャーは凄まじい。


「……何だよコイツ、バケモンか?」


 グランキオと呼ばれた蟹野郎が何やらぼそぼそと呟いているが、一旦コイツは置いておこう。

 それよりも気になるのはこれから俺は何をすれば良いのかということだ。


「なあウィズ、具体的に助手って何をすれば良いんだ?」


 何をするにせよ、きっと俺の糧になることだろう。

 そう思うとワクワクが止まらない。

 

「アサヒくんには私の補助をしてもらいます」


「補助?」


「具体的には魔道具の作成を手伝ってほしいんです」


 ウィズは書類の束を取り出し、俺に手渡す。

 その中に描かれているのは様々な魔道具の設計図だ。


「あなたはこの部分の接合パーツを作成してもらいます」


 示されたのは複数の魔道具を組み合わせる接合部の作成。

 しかしそれは単なる接合部ではない。

 『魔法接続コネクト』の魔法陣が刻まれた、立派な魔道具だ。


「勿論ただでとは言いません。アサヒくんがこれらのパーツを一つ作るごとにあなたが欲しいものを一つ用意しましょう。何でも構いませんよ」


「ホントか!? 今までウィズが作ってきた設計図とかでも!?」


「勿論です。外部に流出させてはいけないものもありますからそこは慎重に扱ってもらいますが……」


「それは大丈夫だって。よっしゃ、気合入ってきた!」


 作りたいものは山程あるがどれも構想程度のものでしかなかった。

 今までは一から理論等を構築してやっていたが、参考資料が手に入らなかったため遅々として進んでいなかった俺の開発が更に深く進展する。

 この機会を逃す訳にはいかない。


「オッケー! じゃあ始めようか!」


 ▪▪▪


 場所は変わって、ここはウィズの工房。

 複数の一級品の器具に囲まれながら、俺はひたすらにパーツを作り続けていた。

 今までの学習としての魔道具作成とは異なり本格的な工房で、ちゃんとした材料を使用するという経験は生まれて初めてのことだった。


 家でも何度かやろうとはしたのだが『反重力』の件をウィズがしっかりと母さんに報告したらしく、以降俺は監視の目が無ければ作成行為をしてはならないという言いつけが課されてしまったのだ。

 レイの奴は一人で特訓しても誰にも文句を言われてなかったのに不公平だと思うが、聞く耳持って貰えなかった。


「なあ、暇なんだけどよぉ」


「うっせぇ話しかけんな。こちとら集中してんだ」


「あぁ? んなもんチマチマ作って何になるってんだ」


「わかんないけど、とにかくすごいことやるんだろうさ。魔導士界に激震が走るようなことかもな」


「よくわからんこと手伝ってんのかお前。妙なことに巻き込まれてるかもしんねぇぞ?」


「ないない。だってウィズだぜ?」


「いやんなこと言われてもわかんねぇよ」


 一体何を心配しているのか知らないが、おかしなことを言う奴だ。

 彼女は原作においては徹頭徹尾主人公達の味方で在り続けた存在だ。

 強くて優しい、子供達を導く大人。それがウィズ・ソルシエールというキャラクター。

 

 そんな人間が妙なことなんて企むはずがないだろうに。

 まあコイツにはわからんだろうけど。

 読者の視点じゃなきゃそんな風に思えてしまうのだろうか。


「何よりウィズは俺の師匠だ。付きっ切りで教えてくれた師匠にそんな疑い向けるかよ」


「……まあ、お前がそう言うならそうなのかもしねぇけどよぉ」


 グランキオがどこか納得していないらしい。

 一体何を疑っているのかサッパリだ。


「ま良いや。それじゃ俺はクラフトに集中するから。暇なら研究所の探索でもしとけよ」


「おー、わかった。んじゃまた後でな」


「おう」


 ぽふりという音と共にグランキオが床に降りる。

 現在、アイツは魂を蟹のぬいぐるみに入れられているらしい。

 通常霊獣は現世にはそれほど長く留まれないが、器を用意すればその問題は解決される。


 霊獣の中には極めて危険な存在も多いため、召霊術師にとって憑依誘導は割と必須のスキルだ。

 まだ俺は出来ないが、実験の合間に教えて貰えることになっている。


「なんっか違和感あるんだよな……。それにあの嬢ちゃん妙な気配しか感じねぇ……」


 去り際にグランキオはそんなことを呟いている。

 どうにも疑り深い奴だ。

 まあ自分よりも強い存在が居れば警戒するのもおかしくないのかもしれないが。


「よし、再開」


 グランキオが去って行ったことを確認した俺は設計図を基に残りのパーツを片付けていく。

 素材は魔力通しがよく、膨大な魔力の奔流にも余裕で耐え抜ける竜の骨だ。

 

 この世界には従来の動物以外にも魔法生物と総称される生物が沢山存在している。

 中には極めて強大な魔力を持つ存在も多く、それらの生物から取れる素材は高性能な魔道具作成において重宝される。

 特に今回俺が担当している接合部は作りこそ単純だが、様々な場所からの魔力を一気に受けるため相応の耐久を持つ素材でないと話にすらならないのだ。


「――――できた」


 どうにか完成した頃には既に多くの時間が経過していた。

 魔法陣にズレが無いかを入念にチェックしながら行っているとどうしても時間を食ってしまう。

 まあ今回の魔法陣は下書きで、清書はウィズが行うのだが、それでも助手としての最初の仕事をいきなり没にされるのは嫌だ。


 任されたからには完璧にこなしてみせるというのが、魔道具職人において重要な心持だろう。


「終わったぞ。確認頼む」


「はいお疲れ様です。そこに置いておいてください」


 扉の向こう側から声が聞こえる。

 作業に集中しているのか、返事はどこか投げやりだ。

 

 扉を開いて中に入りたいが、残念ながらその許可は出ていない。

 こっそり覗くという考えも一瞬過ったが、流石に駄目だろう。

 俺は信頼されてこの立場を貰ってる。

 幾ら悪役人生を歩むと決めたとはいえ、長年世話になっている人の信頼を裏切るような真似はしたくない。


 俺は作成した接合部を扉の前に置き、その場を立ち去った。

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