試行錯誤の繰り返し

 試験の翌日以降、俺とウィズの二人一組の授業はより高度なレベルになっていった。


「これじゃあ駄目です。核の部分が雑過ぎます」


「……じゃあこれは!?」


「内輪にズレがありますね。降霊術でのズレは他の魔法以上に致命的です。不安定な扉では霊獣も来てくれませんよ」


 ウィズの指導は実にわかりやすく、頭に入ってくる。

 しかし同時に容赦が無い。

 最初の頃の優し気な雰囲気が消えたわけではないが、その道のプロ故の厳しさが一気に顔を出してきた。


「これは何が駄目なんだよ!?」


「良く見なさい。核の構築順が一部違っています。ここは見分けがつきにくいですからよく見ておくようにと何度も言っておいた部分ですよ。後アサヒくんは実行したがる余り見本の確認が疎かになりつつありますね。こういうのは慣れてきた時が一番怖いと何度も言っておいたはずですが」


「ぐうううう…………」


 やべぇ、召霊術マジで難しい。

 順調にいっていたのは下級霊獣の召喚だけで、それ以降はマジで勉強して作って失敗しての繰り返しだ。

 成功が無い訳では無いが、以前までと比較すると明らかに進度が落ちている。

 

「いきなり霊獣本体を召霊しようとしてはいけません。まずは彼らの身体を一部を召喚しなさい」


「やってるよ! それすら来てくんないの!」


 これまで何度失敗したのか、もう数えきれない。

 流石に少しモチベーションが低下してきた気がする。


「クッソォ……」


 溜まった疲労を口から吐き出し、俺は背をつけて寝転がる。

 マジでキツイ……。


「……疲れた」


「もう三時間は経ちましたからね。一旦休憩にしましょうか」


 ウィズが扉の外に控えていた使用人にお茶の用意を頼んでいる。


 試験を終えてステップアップして、もう三年が経過している。

 同じ中級でも鬼火ウィルオウィスプを呼ぶのとは難易度が全然違う。

 召霊術の限っては中級というだけじゃなくて中の下とか中の上とか、そういう区分も必要なんじゃなかろうか。


「お茶の用意が終わったみたいですよ」


「うーぃ」


「お行儀が悪いです。それじゃあお母様に叱られてしまいますよ」


「そんなもん意識できるほど元気じゃねぇよ……」


 俺達は部屋を出てテラスに移動し、白いテーブルに置かれているティーカップを手に取った。

 熱い紅茶をゆっくり流し込めば、多少は疲労が和らいでいく気がする。

 甘いクッキーと共にあるティータイムは最近の癒しになっていた。


「とりあえず召霊魔法はここまでにしておきましょう。残りは魔道具学に当てましょうか」


「りょーかい」


 魔道具学とは作成のために必要な素材や知識などを学ぶもの。

 召霊術と並んで俺が最も重点的に学ばなければいけないものであり、俺の得意科目でもある。


「アサヒくんは道具を作るという才能はピカイチですね。ロマンに走りがちなところが欠点ですが」


「は? ロマンが一番重要だろ!?」


「だって、ほら何でしたっけ、サモン……?」

 

「サモンツブッシャー。俺が将来使うことになる武器だ!」


「ああそうでしたそうでした。あの何とも言えない魔道具。あれなんか典型ですね」


 ウィズが話しているのは大分前に俺が作成した設計図のことだ。

 十分な知識と技術を得たら、次はそこに書かれている物の作成に取り掛かる予定の代物だ。

 少し前話題になった時に見せたものだが、今でもしっかり覚えているらしい。


「うーん何というか、盛りすぎなんですよアレ。小学生が寝る前に考えたようなものというか……」


「失礼な、アレは俺が知恵絞って考えたもんだよ! ずっと前から温めてた最強の武器だ!」


「後ツブッシャーって名前もアレですよね……。何でそこだけ日本語なんです?」


「それっぽいから!」


「色々と余計な機能もついていますし……特にこれなんか――」


「ああもう、やめやめ! アンタに駄目出しされると本当に駄目って気分になるだろうが!」


 仮にもあれは俺の前世からの憧れを詰め込んだ代物なんだ。

 そりゃ完全完璧に作れるかはわからんが、それでもやる前から駄目駄目言われるのは嫌だ。


「見た目も怪人みたいですよね……」


「それで良いんだ!」


「え?」


「悪役怪人大いに結構! 例え世界が望まなくとも、俺は負けない! 例え相手が主人公ヒーローだとしてもな!」


 そうだ。俺が一番焦がれているロマンは、主人公に負けない悪役だ。

 例え噛ませ犬であることを宿命づけられていても、その運命を潰して俺は進むと決めている。

 そのために俺は挑戦を止める気はない。


 止める訳にはいかないんだ。


「…………そうですね」


 ウィズが珍しく同意した。


「ねえアサヒくん」


「ん?」


「もしも、今私が出している課題をこなしてみせたのなら」


 ――――私の助手になりませんか?


 ウィズは妙に真剣な顔をして、そう告げた。


▪▪▪


「アサヒを助手にするようだな」


 今日の授業を終えて帰路につこうとした時。

 レオ先輩から声をかけられた。

 余りに唐突な発言に私の肩がピクリと揺れる。


「……聞いていらしたんですか」


「ああ。お前達がお茶をしている場面が見えてな。随分と仲が良さそうにしているじゃないか」


 先輩は私に対してそう言った。


「何でそんなにニヤニヤとしてるんですか」


「え?」


 私の少し不満げな言葉に先輩の後ろに控えていた使用人さんが驚いたような顔をする。

 相変わらず、家でも鉄面皮を貫いているらしい。

 使用人にすら未だに伝わっていないことは驚きだが、無理もない。


 十年以上長く歩んだ私で漸く読み取れるほどの表情の変化。

 一見すると変わっていないように見えるが、今彼女は最大限に顔を綻ばせている。


 このわかりにくさはご息女にもしっかりと受け継がれたらしい。


「あれだけ荒んでいた後輩が活力を取り戻しているんだ、嬉しくない方がおかしいだろう」


「……その節は本当にお世話になりました」


 私は先輩に頭を下げる。

 本当に、この人には返しても返しきれないほどの恩がある。

 何度額を擦りつけても足りないほどの無礼を働いた私を、未だに見捨てずにいてくれる。


 私が学生時代に得た最も大きい幸福は何かと問われれば、間違いなく彼女と出会えたことだろう。

 

 先輩のおかげで、私は社会復帰ができたのだ。


「良いさ。先輩として後輩を助けるのは当然のことだ。それに魔法界の発展に寄与する者をサポートするのは産神家当主としての役割でもある」


 随分と買ってくれている者だ。

 アサヒくんにはああ言ったが、私は一度表舞台から姿を消した身。

 業界ではどう思われているかわかったものではない。


 少なくとも、先輩のように真っ直ぐな好意をぶつけてくれる人が果たして何人いるのやら。


「お前も然り、アサヒも然りだ」


「そうですね」


 産神アサヒくん。

 最初に会った時は多少敵意を向けられもしたが、その後すぐに仲良くなった。

 彼は表情も豊かで、本当に先輩の息子かと疑ってしまうほどだった。

 

 しかし、彼は本当に優秀だ。

 自身の身体から魔法を放てないという体質さえ無ければ、きっと魔導士界の超新星として頭角を現しただろうに。


 いや、この考え方は彼に失礼か。


「もう三年になりますが……彼の夢中具合には舌を巻く思いですよ」


「一時期はそこら中に魔法陣を刻んでいたくらいだからな」


「ですがその分上達も速い。最初からターゲットを絞っているからというのもあるでしょうが、それでもあの速度は異常です。先輩や私とはまた別の才能を得ているんでしょうね」


「アサヒは夫に似たのだろう。夢中になった対象に対する姿勢はそっくりだ」


「一つ気になるとすれば……」


 彼はまるで何かに追われているかのような、どこか焦っているように感じられることだろうか。

 成長速度もそうだが、彼の最も異常なところは魔法に、執着だ。


「……だからこそ、助手にしたいんですけれど」


 アサヒくんならきっと、私の研究について来てくれるだろう。

 いや、意地でも貼りついてくるはずだ。


「やはり良い顔になったよ、お前は」


「…………そうですかね?」


「光を見つけた顔をしている。あの事件が起こった時は本当に目に見えて衰弱していたからな……」


「今まで凍結していた研究を進める算段もつきましたから。資金も貯まってますし、そろそろ魔導士兼魔道具職人ウィズ・ソルシエール本格始動できそうです」


「そうか。楽しみにしているぞ」


 先輩の言葉に私は頷く。

 彼女の言葉は無機質なように思えて、その実暖かみが詰まっている。

 

 私を動かしてきたのはいつだってこんな暖かな思い。


 だからこそ、どうしようもなく焦がれてしまう。

 この空っぽの器を、真に満たしてくれるただ一人を。


 先輩のことは尊敬している。

 今でも尚、魔導士としての目標は彼女だ。


 胸にあるのは虚無。そして強く魂を搔き乱す、大きな大きな罪悪感。


 だけど私は省みない。

 この世界で最も強く人を動かすもの。


 それは愛。

 敬いが愛に勝ることなど、決して無いということを私は良く知っている。

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