師匠

 母さんに家庭教師を強請って数日。

 遂に俺のもとにその人物はやってきた。


 服装は母さんと同じスーツ。

 豊かな茶髪を持つスタイル抜群の美女だ。


「産神アサヒくんですね? 今日からあなたの魔法指導を担当させていただきます、ウィズ・ソルシエールと申します」


 ウィズ・ソルシエール。

 そう名乗った彼女を見た時、俺が最初に抱いたのは不満だった。

 彼女が駄目だとか、そういう話ではない。

 寧ろ、俺の要望に百パーセント応えた完璧な人選と言えるだろう。


 魔導士を志す者で彼女の名を知らない者は皆無と断言しても良い。


 母さんと同じ国家魔導士で、その類まれなる戦闘力から《司書》の異名をつけられた強力な魔導士。原作においても強者として君臨していた彼女が指導に当たってくれる。

 それに興奮こそすれ、不満を抱くなんてありえない。


 にも関わらず、俺の胸中には苛立ちが蔓延していた。

 その理由は、俺を見る彼女の瞳だ。


「憐れんでんじゃねぇぞ」


 俺自身正確に人の心を読める訳じゃない。

 だが心眼と呼ばれる魔法を使わずともわかるほど、色濃い憐憫が俺に向けられている。

 

 彼女が思っていることは母さんと同じだろう。

 魔法が使えない体質に生まれてしまったばかりに、俺は邪道と言われる道を進まざるを得なくなっている。

 そんな俺を彼女は憐れんでいる。

 俺が藁にも縋る思いで母親に泣きついたとでも思っているのだろう。


 それは間違ってはいない。何も間違ってはいないが。


 気にいらないな。


 確かに俺の境遇は最悪だ。

 だが何も絶望している訳じゃない。


 寧ろ燃えてるんだ。

 これから待ち受けるは主人公や世界を侵す脅威達。

 それらを邪道で以て打ち砕くという目標を得た俺には、寧ろ希望しかないんだ。


 何よりも他人が俺を見下している。

 その現状がどうしようもなく我慢ならない。


 だからまず、始めに宣言しておけなければならない。

 俺は本気だ。本気でこの邪道を突き進むと決めている。


 俺は近くにあった机に飛び乗り、ウィズの襟を掴む。

 そして自身と彼女の顔を近づけ、言った。


「言っとくが俺は道楽のつもりでアンタを呼んだつもりは無い。俺は自分で魔法を発動させることはできないが、それでも本気で魔導士になるつもりだ。……いつまでも見下ろせると思うなよ?」


 そう言うと、俺は床に降りて右手を差し出す。


「よろしく頼むぜ、先生」


「……ええ。よろしくお願いしますね」


 ウィズは驚愕の表情を綻ばせ、そして腕を握り返した。

 

▪▪▪


「…………このように魔法を使う際のプロセスは『魔法陣の構築or詠唱』・『魔力を流す』・『発動』の三つとなっています」


「こうして見ると長いような短いようなだな……。けど母さんはそういうの無しで発動してるっぽかったけど」


「詠唱というのは本来頭に思い浮かべるだけで良いんです。しかし実戦ともなれば他に色々と考えることもありますから口に出す必要があるだけで、熟練の魔導士にもなればほとんど必要ありません。勿論全くの無詠唱という訳にはいきませんが、それでも先輩……お母様ならあざなを宣誓だけで十分でしょうね。」


「成程、サンキュー」


 現在、俺は座ってウィズの講義を受けている。

 内容は基礎の基礎。あらゆる分野に共通する最初の項目だ。


「素晴らしいですアサヒくん。しっかりと予習を取り組んでくれていますね」


「まあ早いとこ魔道具作成に行きたいからな」


 とはいえ、これらの授業を省略する気も無い。

 一対一で質疑応答を行うことで、自己学習ではわからなかったことが鮮明にわかるようになる。


「魔法陣ってのは魔道具にしかないんだよな?」


「ええ、そうですね。魔法陣は何かに刻まなければその効果を発揮しませんから」


「だから魔導士の大半は詠唱で魔法を使用すると」


「本来はどちらも同じ魔法でしたが……今では詠唱が主流になっていますね。魔法陣を使うより効率的に強力な魔法が出せるのは事実ですから」


「何で?」


「一つは魔法陣が消耗品であるということ。もう一つは強力な魔法であればあるほどより多くの魔力が求められ、物質の方が耐えられなくなるからですね」


「ああそっか、魔法陣は魔力を流すと擦り切れるんだっけ?」


「はいその通りです。魔法陣は使い続ければその効力が弱まっていってしまいます。それは誰が作ってもそれは変わりません。まあ、極一部の例外もありますが」


「だから魔道具には定期的なメンテナンスが必須であると」


「素晴らしい。よく勉強していますね。魔法陣は魔力を仲介する役割も持っています。ですからそのメンテナンスを怠ったままと過剰な魔力が物質全体に流れ、破損してしまう可能性もあるんです。覚えておきましょう」

 

「物に魔力を流すと強化できるもんだと思ってた」


「それは強化魔法ですね。何にせよ、魔力を流すと物質は摩耗しますから忘れないように」


「攻撃力は上がっても、耐久力は据え置きってことか」

 

 こんな感じで授業は進む。

 最初は教本を読み、ノートを取り、わからないところは質問する。

 単純な作業だが、わからなかったピースが嵌っていくのは気持ちいい。


 明確な目標を持っていることもあってか、机に向かって行う座学もそれほど苦ではなかった。


 そうしていくことで時間が進み、今日の授業の終わりが近くなっていく。

 残り時間はおよそ二時間。

 最後に何をするのかとワクワクしていると、ウィズは笑顔で言った。


「それでは今日一日頑張ったご褒美として、実際に陣の構築をやってみましょうか」


「マジ!?」


「はい、マジです」


 マジかやった!

 知識を入れれば入れるほど、構築をしたくてたまらなくなったが、まさかいきなりできるなんて!

 座学も悪くはないが、やっぱり実技の授業の方がワクワクは高い!


「まあ、本日の授業の復習の兼ねていますし。ではまずは……」


 確かに復習は大事だ。

 最初はウィズの言う通りにやってみるとしよう。


「――――はい、これで完成です。とてもお上手でしたよ。キチンと学べているようで何よりです」


「…………これで完成か。結構神経使うな」


「少しでもズレればやり直しになってしまいますから。それでも最初にしては大分早い方です」


 構築し終わった魔法陣を見ながら呟いた俺に、ウィズが称賛の言葉を投げる。

 俺にとってはこれが初めての作業のため時間の良し悪しはわからないが、あのウィズが早いというのだから早いのだろう。褒められるのは悪くない気分だし、そのまま受け取っておこう。


「これに魔力を通すことで――――ほら、このように魔法を使うことが可能になる訳です」

 

 それにしても――――魔法陣の構築っておもしろっ!


 確かに神経を使う。

 しかし性分だろうか、自分で作り上げたものがその力を発揮する様子を見ると、途方もない快楽と達成感が俺を包む。

 

「すげぇな……。もっと色んな魔法を作ってみてぇ……」


 今はまだ教科書通りのものしか作れないが、もっと腕を磨いて知識をつければオリジナルの魔法を作ることだって夢じゃない。

 オリジナルの魔法なんてロマンの塊だ。俺も絶対その段階に到達したい。


「もっと、もっとやろう!」


「残念ですがもう時間です。私も私の仕事がありますから。また明日やりましょう」


「えー!」


「まあそう言わずに。アサヒくんならすぐに上達します。焦らなくても大丈夫」


 そう言ってウィズは笑顔を見せる。

 彼女は部屋を出て行く。

 扉の向こうから何やら話し声が聞こえてくるが、俺の興味は落ちていた本に向かっていた。


「これは、ウィズのか」


 どうやら忘れていったらしい。

 届けようかとも思ったが、ページを捲っているうちに思いついた。


「何か、できそうな気がする」


 丁度良い。

 体力も有り余っていることだし、少し挑戦するくらいなら構わないだろう。

 どうせ明日も来るんだ、これはその時返せばいい。


 そう思い立ってからの行動は早かった。

 こっそりと廊下を通り抜け、自分の部屋へと向かう。


 今日は夜更かしは避けられないだろう。

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