第17話 答え合わせの放課後

「……ってわけでごめん! 今日はさすがにサボれなかった!」

「いや、別にそれ自体はいいんだけど、堂々とサボるって言っていいのか……?」


 結局水上さんの真意がわからないまま迎えた放課後、千歌はぱんっ、と両手を合わせて俺に頭を下げていた。

 曰く、今日はソフトボール部の練習試合の助っ人を頼まれていたから、どうしても抜けることは許されなかったらしい。


 悲しいかな、うちの高校はどの部活も弱小の二文字がつくほどにどうしようもなく、それはこの前千歌に練習をすっぽかされたバドミントン部であったり、卓球部であったり、吹奏楽部も美術部も例に違わずタイトルの類を残したことはなかったりする。


 そんな事情を抱えているのもあって、ソフト部の助っ人として参戦するときの千歌はエースで四番なんだとか。発言ソースは目の前にいる本人。

 そこまで重要なポジションをたまにしか部活に参加しない助っ人に任せていいものなのかと疑問に思うけど、それだけ人員不足が切実なのだろう。


「そんなわけでカラオケデートはまた今度ね!」


 ごめーん、と手を合わせてから、ユニフォーム姿の千歌は綺麗なフォームで校庭へと走り去っていく。

 予定が潰れたことで一気に暇になったような感じがしたけど、よくよく考えてみたら、元々俺は放課後に暇を持て余していた生き物なのだ。


 元に戻っただけだと、そう思えば大したことがないように感じられるかと思ったけど、どうにも虚しさというか、手持ち無沙汰な感覚が拭えない。

 理由は俺にもわからないんだけどさ。


「……暇だなあ」


 しかし、どうしたものか。

 完全に放課後は千歌とカラオケに行くつもりでいたから、どう過ごしていいのかわからない。


 こういうときに帰宅部の男友達の一人や二人がいれば、適当に連絡を取って、ファミレスで駄弁るなりゲームをするなりできるものだけど、非リア同盟だった元親友二人は今頃彼女と乳繰り合っているだろうし、それ以外の男子生徒から見て俺はパブリックエネミーだ。


 おかしいな。俺はただ水上さんに告白して玉砕しただけなのに、なにがどうしてこうなってしまったんだろう。


 穏当に過ごしたかった高校生活がいよいよ遠くに行ってしまった物悲しさが、潮騒のように心にそっと寄ってくるのを感じながら、ただふらふらと校舎をあとにする。


「……ゲーセンでも行くか」


 そうして、ぐるぐると巡る思考は暇を持て余した学生の行き先としてはありふれた結論に辿り着く。

 変わっていないはずなのに我ながらつまらないというか、ここに千歌がいたら間違いなく苦笑を飛ばされていただろうな、と、今はそういう確信があった。不思議なもんだな、人間って。


 込み上げてくるあくびを噛み殺しながら、ぼそりと一人呟いて上履きをローファーに履き替える。

 コンクリートを踵で叩きながら、言い表しようがない退屈と空虚さを抱えて、俺はふらふらとアーケード街に足を運ぶのだった。




◇◆◇




「今日は割と並んでるな」


 筐体とライブモニターに群がるプレイヤーたちを遠目に見て、小さく呟く。

 なんのイベントの日だっただろうかと店内をぐるりと一望すれば、宣伝ポップに「百円二クレジット」と書かれた紙が格納されているクリアファイルが雑に布ガムテープで貼り付けられているのが見えた。


 しまった、そういえば今日は百円二クレの日だったか。

 単純な話、プレイできる回数が二倍になるってことで俺にももちろん恩恵はあるんだけど、それ以上に人が増えて待ち時間が長くなるのが中々困りものなんだよな。


「ええ、そのようですね」

「待ち時間も増えるし正直今日来たのは失敗だったかな……って、ん?」

「なんですか?」


 突如として聞こえてきた、独り言への同意は空耳や幻聴の類ではないだろう。

 俺は至って健康体だし、イマジナリーフレンドの類がいるわけでもない。


 ならその声がなんなのかと、聞こえた方を振り返るとそこには、いつものように澄ました顔で平然と立っている水上さんの姿があった。


「……水上さん?」

「はい」

「……ちょっと待って、情報整理するから」


 隣にいる、同じ高校のブレザーを着込んでいるスレンダーな黒髪の女の子。彼女こそが水上雪菜であることに間違いはない。

 そしてここはアーケード街の外れにある、どちらかというとあまり治安がよくないゲームセンターだ。

 そんなところに、いつも氷像のような顔で本を読んでいる文学少女な水上さんがいる。


 つまり、どういうことだ。

 何度か目を擦ったり頬をつねったりしてみて、夢を見ているわけじゃないことも確認した上で改めて愕然とする。


「えっと……水上さん? なんでこんなとこに」

「その前に一つだけ確認させてください」


 俺の疑問を遮って、水上さんが刺すような目で俺の瞳を覗き込む。


「土方さん。あなたが店舗ランキング一位の『ツナ缶三百円』で合っていますか」

「なんでそれを……?」


 別に隠すようなことじゃないのはわかっている。

 水上さんが口にしたハンドルネームは、俺が普段ゲームをするときに使っているものだ。

 ただ、なんで水上さんがそれを知っているのかはまるでわからなかったし、そもそもどうして彼女がここにいるのかもわからない。


「……『Yuki-7』をご存知ですか」

「あ、ああ……なんかやたらとリタマ挑んでくるプレイヤーってぐらいは」


 驚いたな、水上さんもその名前を知っているなんて。

 確か、店舗ランキングは三位ぐらいだった気がする。


 それにしたって「Yuki-7」まで知っているとか、水上さんも案外、このゲームを結構やっていたりするんだろうか?


 いや、まさか。

 相手は水上さん……「孤高の雪姫」だぞ。言っちゃ悪いが、こんな治安も悪くてタバコ臭いオタクの巣窟に好き好んで足を運ぶような女の子じゃあるまい。


 でも、そうでもなければ説明がつかない。

 俺のハンドルネームを知っていること。そして、よっぽどこの店に通っていなければ存在を知ることがないような「Yuki-7」を知っていること。


 ──まさか、水上さんは。


「……あなたが考えている通りです。私が『Yuki-7』です」


 答え合わせをするように、水上さんはその言葉を口ずさんだ。

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