異世界が来る!~異世界を繋ぐダンジョンが裏山に出来た話~

美作美琴

プロローグ 帰らずの迷宮


 山深い森の中にその洞窟はあった。


 その入り口の前には三人の人影。


「ほ……本当にここに入るのですか?」


 不安と恐怖に顔をこわばらせ震える声で脅える青髪の少年。

 見た目は十代前半の幼い顔立ち、背丈は同年代の男子と比べると些か低く見受けられる。

 肌の露出を極力減らした全身を獣の皮を鞣した丈夫そうな衣服に身を包んでおり背中には大きなリュックサックを背負っていた。

 だが異質なのはリュックの上方からはみ出ている物体だ。

 筒状の物が幾本もあるのだがその先端には流線型の美しい刃の付いたものや大きな棘付きの鉄球等夥しい量の武器の数々、どう見ても彼の身体に不釣り合いな物ばかりだ。

 そもそもこの小さい身体のどこにこれだけの重量の物を背負える膂力があるというのか。


「何だスタン、まだそんな事言ってるのか、あんたも冒険者だろういい加減覚悟を決めな」


 小柄な少年、スタンに対し落ち着いた口調ながら威圧感のある言葉を発するのは燃えるような紅いロングヘアの大人の女性。

 二十代から三十代の間と思しきその女性は長身の上に骨格がしっかりしており二の腕や大腿部に付く筋肉、そして背負っている傷だらけの抜き身の大剣が彼女は強いと明確に物語っていた。

 両側に羽根を象った飾りのついた兜に金属製の胸当てに腕や脛を守る防具を纏う所謂女戦士的風貌をしている。

 

「そうは言ってもアゼル様……知っての通りここは『帰らずの迷宮ダンジョン』と呼ばれているんですよ!? しかもよりにもよってあの二十五年目に入ろうだなんて到底正気の沙汰とは思えません!!」


 女戦士アゼルに対して不満をぶちまけるスタン、そして怨めしそうな視線はアゼルからその場に居るもう一人の人物に向く。


「ご免なさいスタンさん……私はどうしても今この時にここを訪れなければならなかったんです」


 不満で口を尖らすスタンにそう言って俯いたのは丸眼鏡を掛けた線の細い少女、明るいブラウンの髪を肩に掛かる両側で三つ編みに束ねており、先ほどの二人とは対照的にベージュのロングコートと軽装であった。

 ただ襷掛けに下げているショルダーバッグには、はち切れんばかりに何かの書籍がぎゅうぎゅうに詰まっていた。

 装丁はボロボロ、紙も褐色に変色しており相当年季の入ったものだという事は想像に難くない。


「ロゼ、あんたは何にも悪かないよ、あんたは依頼者でこの『帰らずの迷宮』にあんたを連れて最深部を目指す事が仕事内容、あたしらはそれを受けた冒険者、全く筋が通っているよ」


 ポン、と丸眼鏡の少女ロゼの肩を優しく叩くアゼル。

 ロゼは力なく微笑み返した。


「全くアゼル様はお人が良すぎます!! ギルドでも見ていたでしょう!? ロゼ様が数多の冒険者に依頼を断られていた所を!! この『帰らずの迷宮』は元々危険な迷宮ですが特に二十五年周期、今年は最も危険なんだって事は冒険者ならみんな知ってますよ!? それに噂ではこの迷宮は昔大魔王が居城として使っていたって話じゃないですか!! どう考えても無謀すぎます!!」


 まだまだ言い足りないのかスタンは尚も文句を垂れ流す。


 『帰らずの迷宮』……入り口は自然に出来た洞窟と見紛うが少し奥へと進むと途端に人の手が入ったと思われる人工的な迷宮である事が確認できる。

 そもそも何故この迷宮が『帰らずの迷宮』と呼ばれるのか……当然理由がある。

 理由は二つ……。

 一つ目は迷宮内に出現するモンスターが強力である事。

 並みの冒険者では太刀打ち出来ず帰還する事が困難である。

 そして二つ目、先ほどからスタンが言っている事、二十周期で迷宮に入った者が神隠しにでも遭ったかのように迷宮内で忽然と姿を消すというのだ。

 当初こちらの原因もモンスターに襲われたのではと言われていたがそうでは無かった。

 何故か、二十五年越しの生還者が居たからだ。


「私のおじい様は言ってました、迷宮内で突然眩い光に包まれたかと思うと森に倒れていたと……しかもその森はここでは無く、いえこの世界ディレンデアではない別の世界の森だった事、見知らぬ素材の衣服を身に纏い聞いた事も無い言語を話し未知の技術を行使するのっぺりとした凹凸の無い顔をした民族がいたと……そしてこれがおじい様の体験を元に書かれた筆記の数々です」


 ロゼはショルダーバッグに入っていた書籍を一冊取り出すと開いてアゼルとスタンに見せた。

 そこにはこの世界ディレンディアの基準から見るとおかしなでデザインの服を着ている人物のスケッチ、建物や街並み、食べ物らしき物を描いた図解が所狭しと書き込まれていた。


「へぇ、これはまた珍妙な絵だねぇ……」


 アゼルは見慣れぬ図解に首を捻る。


「そんなのそのご老体が描いた想像で書いた悪戯書きでしょう!? そんなのを真に受けるだなんてどうかしています!!」


 辛辣なスタンの言葉の刃にロゼは深く心を抉られた。

 いつもそうだった、『帰らずの迷宮』から二十五年ぶりに帰還したロゼの祖父、帰還当初は奇跡の人物として持て囃されたが彼の荒唐無稽な証言の数々に次第に人々は虚言癖だの嘘つきだのと彼と罵り距離を置くようになりロゼ達家族にまでその被害は及んだ。

 その後ロゼの祖父は家に引き籠る様になり家族以外誰にも相手にされず淋しく生涯を終えたのだった。


「馬鹿!! 依頼者様に何て口の利き方だい!!」


「あいたっ!!」


 アゼルはスタンの頭を拳骨で叩いた。


「済まないねぇコイツは堅実主義でなるべく冒険でのリスクを減らしたい訳よ、さっきコイツが言った様にこの迷宮は相当な曰く付きだからねぇ」


「いたた……痛いですよぅ……」


 スタンに対してヘッドロックを決め頭頂部を拳でグリグリするアゼル。

 スタンは半べそを掻いていた。


「いえ、分かっていたんです、こんな危険な仕事誰も受けてくれないんだって……アゼルさんももういいですよ、私一人でも行きますから……そして絶対おじい様が嘘付きで無かった証拠を見つけてみせます……」


 ロゼは目じりに薄っすら滲んだ涙を指で拭うと一人洞窟に向かって歩みだす。


「待ちなって、あんたの仕事を断るんだったらギルドの時点でしているぜ」


「それって……」


「任せな、このアゼル姐さんに二言は無いよ、責任を持って迷宮最深部迄あんたを連れて行ってやるぜ!!」


 アゼルは右の拳で自らの胸をドンと叩いた。

 ロゼの顔がパッと明るい表情へと変わっていく。


「ありがとうございます!!」


 堪えていた涙がロゼの頬に溢れ出す。


「よーーーーし!! それじゃあ早速出発と行くかぁ!!」


 右手を勢いよく振り回しアゼルが洞窟に入って行く、その後を早歩きで追いかけるロゼ。


「あっ!! 待ってくださいよ!! アゼル様ぁ!!」


 頭を押さえ蹲っていたスタンも置いて行かれては溜まらないと二人を追いかけ渋々ではあるが結局危険な迷宮に足を踏み入れるのであった。


「ほほう、中は結構広いじゃないか、それに明るい」


 迷宮内に入るなりアゼルが額に手を当ててわざとらしく辺りを見回りている。

 入り口こそ人一人が通るのが精一杯であったが中は縦横に十人並んでもまだ余裕がある程広い回廊がそのままずっと奥まで続いている。


「これ、回廊の壁自体が光を放ってるみたいですね、こんなの見た事無いです」


 ロゼは壁に手を触れながら溜息混じりの感嘆の声を上げる。

 壁や床は黄金色の煉瓦を隙間なくはめ込んである感じなのだがかがり火らしきものは一切設置されていなかった、よってこの黄金色の煉瓦自体が光を放っているという事が推測できる。

 祖父の手記を長年研究していたというのもあり彼女には学者気質な所があるらしく目をキラキラと輝かせていた。


「もう、どうなっても知りませんからね……回廊が広いという事は裏を返せば大きなモンスターも出るかも知れないって事じゃないですか」


「ははっ、スタン考えすぎだって、まだほんの入り口だぜ? あっ……」

 

 言った傍から黄金回廊が揺れどんどんと揺れが激しくなっていく。

 影が見える、何か大きなものが近付いている様だ。


「みんな気を付けろ、早速お出ましだ」


 奥から迫ってきた大きな影が目前まで到達し正体が発覚する。


「オイオイ、初っ端からドラゴンかよ……」


 黄金の照明に浮かび上がるのは回廊の天井に着きそうなほどの巨体を誇る濃緑色の鱗に覆われたドラゴンであった。

 背中に羽根は無く陸上で活動するドラゴンの様だ、もっとも地下迷宮に居るドラゴンに羽根など不要なのだが。


「ガオオオオオオオオンンンン……!!」


 ドラゴンの怒号が回廊内に反響して耳が麻痺する。


「ひいいいいいいっ!! 今なら引き返せます!! 逃げましょう!!」


「そうだな!! 一度外に出て体勢を立て直す!! みんなこっちだ!!」


「はい!!」


 アゼルに続きスタンとロゼは今しがた入って来た洞窟入り口に向かって走る。

 当然ドラゴンは彼女らの後を追って来る。


「もう少しだ!! 頑張れ!!」


 入り口はもう目前であった、遅れているロゼにアゼルが手を差し伸べもう少しで引き寄せられそうだったその時。


「わわわっ!! 何か壁と床がさっきより光ってますよ!?」


 スタンの言う通りだ、黄金の回廊の輝きが先ほどより増しておりそれは目が眩む程の閃光であった。


「もしかしてこれがおじい様の言っていた……光!?」


 ロゼは目を開けていられず固く目を閉じるしかなかった。


「参ったねこりゃぁ……」


 頭を搔き苦笑いを浮かべるくらいしか今のアゼルには出来なかった。

 

 光はドラゴン諸共三人を飲み込んでいった。

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