037:百鬼夜行①


「なんだ、これ?」


 その戦場の変化には誰もが気付いた。


 世界が紫色に煙る。

 それは分厚い雷雲のようでもあり、充満する霞のようでもあった。


「お前、何をいったい何を……」


「あ?」


 オサムが男を問い詰めようとした時、すでに男の首はねられていた。


「オリビンさん!?」


「すまない。私のミスだ。戦場で下らぬ口論で敵の動きを見落とすなど、なんという失態」


 その首を刎ねたのはオリビンだった。


「大方、これは何かの魔術の類だろう。消える魔道具と言い、この男は魔道具使いのようだな。だが魔道具は使用者が死ねば効力を失う場合が多い。この異変もすぐに収まるだろう」


 だからと言っていきなり相手の首を刎ねるその迷いのなさは怖いくらいだが、オサムは少し安堵していた。

 殺さずに術を止めさせる方がきっと難しいだろうからだ。


 今のオサムには殺しは出来ない。

 オリビンの手際の良さに助られた。


「おい、エルフ。偉そうに言っているが、収まっているようには見えないぞ?」


 リルが空を仰ぎながら言った。


 紫色の曇天がマカダミアの平原を覆うように渦を巻いていた。

 それが薄くなる様子はなく、むしろ濃さを増しているようにさえ見える。


 とても消える気配ではなかった。


「ははっ、あははははははぁっ!!」


 離れたハズの男の頭部が何かに引っ張られるように動き、首の上に戻った。


「無駄だぜ! 百鬼夜行パンデモニウムは始まってる!!」


 男は口や首から流血しながらも平気な顔で笑った。

 

「死なない……? これが魔道具の力か……!」


 その体に覆いかぶさるように広がる紫色のローブは誰にも見えていなかった。

 ローブからは骸骨ような人体が覗いている。


 それが見えているのはドリーと、その力を受けているオサムだけだ。


「ドリー、これは!? これも偉大なる遺物オーパーツなのか!?」


「パンダくんに似てる」


「えっ? パンダくん?」


偉大なる遺物オーパーツ百鬼夜行パンデモニウムくん。」


「それって、あの男が言ってた名前だね。でも似てるって?」


「わからない。似ている、けどちがう感じがする。これはもっと別のなにかだと思う。もっとイヤな感じがする」


「そうか。わかった」


 ならば止めよう。

 男への攻撃がダメなら、あのローブだ。


 それならば殺意も必要ない。

 ただあの魔道具を壊せばいいだけだ。


「いくよ」


「うん」


 オサムは一直線に男の頭上に飛び掛かった。


 魔力にも実体はある。

 その破壊はすでに経験済みだ。


 少なくともドリーの力が上乗せされた拳なら効果はあるハズだった。


 だが、ローブにオサムの拳は届かなかった。


 それはまるで霧である。

 ローブ姿は見えても、その実態がないのだ。


 どうやらただの魔力とも違うようだった。


「これは……!?」


 ならどうすれば良い?

 考えるオサムの前に、どこからか影が現れた。


「ア、ァ゛……」


「なっ……!?」


 その姿に、オサムは思わず拳を止めた。


 それは人間だった。


 恐らくは魔族の攻撃を受けたのであろう。

 顔の右半分を破壊されて乾いた脳漿をこぼす悲惨な姿で、その人物はオサムの前に浮いていた。


 立っているのではない、粗末な操り人形のように歪んだ格好で宙に浮いているのだ。


「兵士の、死体……!?」


 まるでゾンビだった。

 力なく握られた剣が不自然に振られる。


 これは、敵なのか?


 迷いがオサムの反応を鈍らせた。


「しっかりしろ、オサム少年!!」


 剣を弾いたのはオリビンだった。

 そのまま兵士の腕を切り落とし、蹴り飛ばした。


 力なく転げ回った兵士は、しかし何事もなかったかのように再び起き上がる。


「オリビンさん! すみません。でも……」


「ここは戦場だ! 向かってくるなら人間だろうとそれは敵だ! それにしても、様子は妙だがな!」


 オリビンの視線を辿って周囲を見渡せば、確かに異様な光景が広がっていた。


 死体が起き上がっている。

 人間だけでなく、魔物の死体もだ。


「これは……!? 何がおこってるんだ!?」


「あはっ、ぎゃははっ! 楽しいショーの始まりだ! 死ね、獣人ども!!」


 狂ったような男の笑い声と共に、不気味に立ち上がった死体たちの視線がオサム達の下へと集まった。

 その視線の先にいるのは宣言通り、リルとテリカだ。


「オリビンさん、他の皆さんの撤退を指揮してください! 敵の狙いはリルとテリカです。兵士達には余計な戦いをしないように伝えてください! 恐らく、攻撃はここに集中するはずです。だからこの二人はここで俺が引き受けます」


「しかし……!」


「大丈夫ですよ。ドリーがついてます。この子は魔道具に詳しいんです」


「うん。わたしにおまかせ」


 オリビンは僅かに逡巡したが、すぐにオサムに任せる覚悟を決めた。


「そうか。わかった! だが、間違っても死んだりするんじゃないぞ? 私は君を連れ帰るように領主様から命を受けているのだからな」


「はい! またあとで会いましょう!」


「あぁ!」


 オリビンが生存している兵士達の方へと消えるのと入れ替わるように、大量のゾンビ兵が襲い掛かって来た。


 ゾンビ兵はすれ違うオリビンにも反応せず、ただリル達をめがけて走ってくる。

 そのあまりの数に一度だけ振りかえったオリビンに「大丈夫」と告げるようにオサムはうなずいて見せた。


「リルちゃん、少し待ってて。敵の数を減らしてくるから、ここでテリカちゃんを守ってあげて!」


「おい待て、私は……!」


 聞くヒマもなく、オサムは駆けだしていた。


「クソッ、なんて自分勝手な奴だ! これだから人間はキライだなんだ! 借りを作るつもりなどないというのに!」


「リルさま、ごめんなさい。わたしのせいで……」


「い、いやテリカは悪くない! 悪くないから泣くな! 私はおまえくらい守りながらでも別に戦えるぞ! お前のせいで借りが出来るわけではないからな? な? だから泣くな!」


 場の流れを理解したらしいテリカは、その責任を感じてまた泣き出してしまった。


 せっかく泣き止んでいたのに、またあやさなければいけないではないか。


「勇者め、テリカを泣かせるなんてやっぱり許せん!!」 


 知らぬ間に見当違いな怒りを向けられる中、オサムは走り回った。

 リル達のいる場所に近い敵から、とにかく数を減らす。


「相手は死体。もう人じゃない……だから、手加減しないよ」


「うん。力の乱れは感じられない。やはり危険なのは殺意かもしれない」


「わかった。よし、じゃあいくよ!」


 死体相手に殺意などわかない。

 ただ動けないように機能を奪っていくだけで良い。


 操り人形のように浮遊するため、足の破壊には意味がない。

 狙うのは攻撃の武器となる部位だ。


 魔物なら手足の爪や角や牙だ。

 そして人間ならば持っている武器を破壊すればいい。


 そうして脅威を排除しつつ、オサムは騒動の原因である男を探す。

 男はゾンビ兵に隠れるように姿を消した。


 魔力の反応までも紛れていて、こうなれば後は目視で探すしかない。


「パンダくんの力は魔力の模倣と定着。死んだ魔族の力を借りる事ができる」


「ドリー、それってつまり死者を生き返らせてるってコト!?」


「だいたいそんな感じ」


 厳密には違うが、説明している暇もない。

 問題はどうやって止めるかだった。


「条件はたぶん、死んでから時間がたってなくて、死んだ場所の近くの死体があること」


「なるほどね」


 つまりはこの戦いで死んだ兵士達を操っているのだ。

 人間だろうと魔族だろうと。


 死体から武器を奪っても危険度を下げることにしかならない。

 何十体もの死体が突撃してくれば、その物量だけで十分な脅威になる。


 だから魔術そのものを止めるしかない。


 だが、真っ二つだろうが八つ裂きだろうが死体は動く。

 原因となっているだろう男も魔道具も死なない。

 

「死体がどんどん集まってきてる」


 動いても意味がないくらいに粉々に破壊すれば良いのだろうか。


 たとえ死んでしまっても、その体には意味がある。

 戦場で大切な人を失った遺族には、その死を受け入れる準備が必要だ。


 体だけでも帰ってきてくれる事は、決して無意味ではない。

 だからこそ遺体はできるだけ破壊したくなかった。


 ヌシやリルを知っているオサムには、魔物達にも同じような気持ちを抱いてしまう。

 そもそも、それで解決する確証もないのだから尚更に迷いは強くなるのだ。


「いや、これもワガママか」


 まずはリルとテリカを守る。

 そのためにやれることなら何だってやろう。


 オサムはその決意を新たに固めた。


 その時だ。

 聞き覚えのある幼い声がしたのは。


「ずいぶんと楽しい事になってきたのぅ」


 死体の兵士たちを薙ぎ払って現れたその姿も見知ったものだった。


 少し考えて、オサムは頷いた。

 なるほど、確かに条件には一致する。


「ブルー!?」


 消えたハズの鬼の少女が愉快そうに笑っていた。

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