029:激突のマカダミア②


 しんと静まり返った場所にいた。


「あれ……ここは……?」


 オサムにはそこがどこなのかわからなかった。

 気が付けば透明な水面の上に立っていた。


 ついさっきまで着ていたハズの貴族服ではなく、見慣れた学生服姿だ。


 天上から地平線まで、全てが真っ白な場所だった。

 真っ白な景色が存在していないのか、それとも何もないから真っ白に見えているのか。


 それすらもわからないほどの静けさで、自分自身以外の物の存在を感じない。

 

 一歩足を踏み出す。

 透明だが、確かな大地の感覚。

 土の地面よりも少し柔らかいが、崩れ去っていくような恐怖も、沈むような不安定さも感じなかった。


 水面を踏んだ足元から、丸い波紋だけが静かに外へと広がっていく。

 どこまでも、どこまでも、見えなくなるまで。


「俺は、どうなったんだ……?」


 鬼の少女との戦いを覚えている。

 少なくとも負けはしなかったハズだ。


 でも、まだ魔物との戦いは終わっていなかった。


 地響きを聞いた。

 きっと魔物の軍勢が押し寄せる足音だと思った。


 そこから先の記憶はない。


「まさか、死んだのか……?」 


 オサムが魔人級ディアブロの魔族を圧倒できたのは、単にドレインデッドの力があったからだ。 

 そしてドレインデッドの力には使用者のその命の支払いという代償がある。


 ドレインデッドの契約者は、例外なく命を失う。

 ……にもかかわらず、オサムは未だに生きている。


 ありえないはずの例外らしい。


 そう思っていた。


 ただ、今となって考えるなら、あの狼姫との戦いではドレインデッドの力が出し切れていなかったのかも知れないとも思う。

 レベルマイナスであるという特異さが、ドレインデッドにも影響した。


「もしかして、弱すぎて力を引き出せていなかったとか……?」


 そう解釈もできるだろう。


 だが、先の戦いは違った。

 鬼の少女との戦いは、狼姫リルとの闘いとはまるで違ったのだ。


 自分でも制御できないほどの戦闘能力。

 恐らくは、勇者すらをも圧倒するほどの力だ。


 それこそがドレインデッドがもたらす本来の力なのかもしれない。


 だったのなら、戦いの勝敗に関わらずその使用者であるオサムが死ぬという結末はあり得る話だった。


「少し、寂しいな」


 思わずそんな言葉が口をついた。

 死んでしまった事よりも、もっと気がかりなのはドリーの事だ。


 ドレインデッドはドリーに触れた時点で契約が結ばれ、発動する。

 そこに使用者の意思も、ドリー本人の意味も関係はない。


 故に、ドリーは人に触れる事を恐れている。

 本当は誰よりも寂しがり屋のクセに。


 そんなドリーが唯一、ドレインデッドの能力を気にすることなく触れ合える存在がオサムだった。


 発動しても死なないのだから、当然だ。

 何も恐れる必要がないのだから。


 そのハズだったのに、結局その力で死んでしまった。

 ドリーが悲しむ顔が浮かぶようだった。


「俺が生きて来た意味……」


 自分は何のために生まれてきたのだろう。

 誰もが一度は考えるような、けれど答えなんてないような、そんな大袈裟な所まで思考が飛躍したところで、オサムは知らない声を聞いた。


「やっと会えた」

 

 いつのまにか、オサムの目の前には知らない男が立っていた。


 金髪碧眼で色白な、まさにイケメンを体現するような美少年だった。


 体のラインにフィットした黒い肌着の上に、急所などの要所を守るように付けられた白い金属のパーツがいくつか付いていて、軽装の鎧を着ているように見える。


 印象的な大きな剣を腰から背中にかけているのが目についた。

 鎧や剣の鞘には、どこかで見たことのあるマークがついていた。


 全体の印象は、ファンタジー映画に出てくるような、まさに勇者そのもの。


「やぁ、次代の勇者よ」


 柔らかな微笑みで男が言う。


「あなたは……?」


 オサムは困惑しつつ、そう尋ね返すしかなかった。


「おっと、失礼。名乗るのが遅れたかな」


 なぜか照れるように頭を掻いて、男は急に剣を抜いた。

 鞘から放たれた刀身は、太陽のように赤く輝く。


 目の眩むような強烈な光だ。


「……っ!?」


 その光を見た瞬間、全身に鳥肌がたった。

 背筋をゾワゾワと無数の虫が這いあがるような不快な感覚に襲われる。


「あ、ゴメン。別に攻撃したりしないから」


 思わず身構えたオサムに、男が慌てて弁明する。


「僕は先代の勇者だよ。太陽の勇者、フレア」


「……先代の勇者?」


「そう。君の先輩的な存在さ。よろしく!」


 男はビッ、と二本の指を額にかざし、ノリの軽すぎる敬礼みたいなポーズをとって見せる。


「あ、こちらこそ。って、ではなんで剣を……?」


「ん? だって勇者って言われてもピンとこないでしょう? 聖剣とかあったほうが分かりやすいと思って。これ魔王の軍勢を一振りで消し去るくらい強い剣だし、説得力あるかなって」


 オサムは乾いた笑いに口角を引きつらせた。


 そんな物騒なものを挨拶代わりに抜かないで欲しい。

 見せられた側は本気で恐怖を感じたのと言うのに。


「さて、冗談はこの辺にして……と」

 

 勇者フレアはその眩しすぎる刀身を鞘に戻した。

 本人としては、初対面特有の緊張した空気を払うつもりの冗談だったのだが、オサムにとってはまるで冗談になっていないくらいに剣の威圧感は凄まじかった。


「君のような存在をずっと待っていた」


 微笑みを浮かべたまま、しかしフレアは真剣な声色で言った。

 その視線は、まっすぐにオサムを見つめる。


「……えっと、俺が何か?」


 真剣に言われても、意味がわからない。


 待っていた?

 レベルマイナスの最弱勇者をだろうか。


 ドレインデッドの力を無制限に使えると思っていた時のオサムならばまだわかる。

 純粋に強さを持っている事になるのだから。


 だが、そうでないらしい今となっては、オサムはただの最弱でしかない。


「なんとなく理解できるよ。恐らく、君は大きな勘違いをしている」


「……勘違い?」


 それが何を指しているのか、オサムにはわからない。

 フレアの指摘に思い当たる所がなかった。


「あぁ、とんだ勘違いさ」


「どういう事です?」


「君は生きている」


「え?」


「この現実離れした景色、そしてタイミング。君はドレインデッドの契約で命を失ったと思っているんだろう?」


「えっと、いや、そうですけど……はい」


 あまりに的確に言い当てられ、なんとなく歯切れの悪い返事をしてしまった。


 思考が混乱して、その混乱がそのまま返事にでてしまったからだ。


「君は死んでなどいないよ。僕が君の意識だけをココに呼び寄せた。少しだけ話がしたくてね」


「……ここって?」


 フレアはその整った形の細い顎に手を当てて、少しだけ考えるような素振りを見せた。


「それは難しい質問だね。そうだな……例えるなら、、かな」


「夢の中……?」


 具体的なような、抽象的なような、なんとも掴みづらい例えだった。


「意識の集合場所というか、なんというか。まぁ、深くは気にしなくて良い。大事な事は、だという事さ」


「え、えっと……すいません。話についていけないんですが……」


 意識の集合場所ってなんだろう。

 そもそも何で先代の勇者なんて人がオサムに声をかけにくるのだろう。


 いや、ちょっと待て。


 オサムは一つの違和感に気が付いた。


「僕のさ。ドレインデッドの契約でね」


 フレアは、オサムの違和感への気付きに先回りするかのようにその答えを差し出した。


「……!! やっぱり、あなたは……」


 そう、それだ。

 なぜこの勇者はドレインデッドの事にこんなに詳しいのか。


 オサムがその力を使った事を知っている。

 その代償として奪われる物を知っている。


 それが意味する事は一つだった。


「……あなたも、ドリーに触れたんですね?」


 勇者は微笑みのままに、確かに頷いた。


 先代の勇者フレアもまた、過去にの一人だったのだ。

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