027:その血の熱源

 紫の炎を抜けた先で、鬼の少女の肢体が躍動した。


 その金色の瞳が見開かれると同時に、その身に内包された鬼の力そのものが爆発的に増加する。


 ――キィィィン……!!


 白い肌に走る紫色の線は、魔族特有の魔術回路と呼ばれる器官である。

 回路の形状は種族や個体によって様々だが、その密度はそのまま魔術への適正を表すと言われている。


 少女の体に幾重にも走る線は、まさしくその個体の抜きんでた魔術の才覚を体現していた。

 特筆すべきは金色の輝きを放つ両目の周りに集中した幾何学模様の回路だろう。


 鬼族特有のその回路にもかなり多くの線が集まっている。

 それは彼らの切り札である『鬼術』にも長けている証だった。


 そしてそれは、一目みるだけでは儚げな少女のように見えるこの鬼が、しかしその見た目に反して相当に高位の魔族である証でもあった。


 魔神級ディアブロ


 単体で上級騎士団をも殲滅しうるほどの危険な存在の魔族を、帝国の人々は恐怖に震えながらそう呼んだ。


 魔人級との戦闘になれば、帝国中の白金級騎士達プラチナム・ナイツが動くことになる。

 それほどまでに魔人級とは人類にとっては危険な存在だった。


 もしもその魔人級に単独で戦いを挑み、その討伐を成し遂げる者がいるならば、それは勇者以外にはいないだろう。


 それも勇者の中の勇者だ。

 戦いを、そして殺戮を究めた戦神のような存在である。


 それは今のオサムを表すのにうってつけの言葉だった。


 血が滾っていた。

 じっとしていれば全身の毛穴から猛る熱血が噴出しそうだった。


 その血の発熱は、戦う事でしか鎮める事はできない。


 ちょうど、は目の前にいてくれた。


 鬼門を解放したその鬼の力は、間違いなく魔人級か、それ以上。

 白金プラチナ級の騎士達が束になってやっと同等に戦えるレベルの正真正銘の怪物である。


 例え勇者でもレベル200や300程度であれば金棒の一撃でバラバラの肉片と化すだろう。

 素手での攻撃ですら、まともに受ければ致命傷は免れない。


 実際に勇者が二人がかりで破れている。

 それ程の力を持った強敵の中の強敵だった。


「クハハ!!」


 一撃必殺の金棒が鬼術によって虚無より生み出され、無数に宙を舞う。


 金棒から意識を逸らすように、巨人も攻撃を繰り出した。


 巨人だけではない。

 蛇や、蝙蝠と言った眷属に姿を作り変えられた魔力の塊も、その攻撃に加わってくる。


 その上で鬼本体の体術は勿論、その他の眷属たちのパワー、テクニックともに並外れているのだから、その全てを連携させての攻撃はそれ自体がまさに回避不可能の一つの必殺技となっていた。


 ……相手が、オサムでさえなければ。


 どんな連携攻撃だろうが、オサムには無意味だった。

 今のオサムには死角と言うものが存在しないのだ。


 前後、上下、左右。

 自分の周りで起こる事は全て理解できていた。


 オサムの中に生まれた無数の眼が、あらゆる方位を捉え、知覚する。

 その事に少しも違和感がなかった。


 当然のように理解し、把握して、対処する。


 そうするべきだと体が言う。


 これほどの敵を前に戦わないなど、ありえない。


 いつヤるの? 今でしょ!!


 鬼術によって生み出される鬼の金棒は、血に飢えた獣の牙のような刺を備えた凶悪な見た目をしていた。

 だが、その見た目以上に恐ろしいのはその破壊力だ。


 鬼術の塊であるそれは一振りでいとも簡単に大地を割り、人間など肉片すら残さずに消滅させてしまうほどの凶悪な破壊力を秘めていた。


 ――バキィン!


 その金棒を、オサムは素手で砕く。


 ――ズガァン!


 巨人の拳も、真っ向から殴り返して粉砕する。


 ――ドパァン!


 蛇だろうが蝙蝠だろうが、それが紫に燃える炎の壁だろうが、オサムの攻撃の前では等しく同じだった。


 オサムの攻撃手段はシンプルで、ただ全力で殴るだけ。

 その威力が異常なほどに異常なだけだった。


 やることもシンプルだ。

 すべての障害を排除して、そして本体を叩き潰す。


 それが何度再生しようが関係ない。

 再生しなくなるまで破壊し尽くすだけだ。


 どれくらい戦ったかは覚えていない。

 自身の血が冷める頃、オサムは自我を取り戻した。


 オサムは巨大なクレーターの中心にいた。

 足元には、上半身だけとなった鬼の少女が血反吐を吐いて死にかけていた。


「……っ!! ハァ……、ハァ……!!」


 その光景を見た瞬間、全身を激痛が襲った。


 なにが起こったのかは理解していた。

 ただ、なぜそうしたのかは理解できてはいなかった。


「ク、クハハ……! なかなか、やるじゃあないか……人間の勇者も」


 少女は死にかけても、まだ笑っていた。


「気持ちが良い物だ……持てる力を全てを出し切るという事は……」


 鮮血の中に咲いた偽りのない笑みは、負け惜しみでも強がりでもない、少女の本心の様だった。


「死んだら、意味ないだろっ……」


 オサムは吐き捨てるように言った。

 自分が殺したくせに、と分かっていても言葉を止められなかった。


 戦いを楽しむなんて、理解できない。

 それを自分が行っていた事には、もっと理解不能だった。


「そうでも、ない。貴様もかなり消耗してるようだしな。大きな駒を潰せたってワケだ」


「……なに?」


「最初に、言ったろう。これは戦争だ。一対一サシの決闘とは違う」


「まさか……!?」


「そうだ。すぐにここは新たな戦場になる。貴様ほどの戦力が居たのは予想外だったが、結果的に大きな戦果になった」


「……ドリー?」


 背中を見ると、ドリーがぐったりとしていた。

 暴走したオサムと同じように、ドレインデッドの力も何か変化を受けたのだろう。


 ドリーを背中からおろし、ゆっくりと地面に寝かせる。

 口元に耳をあてると、小さいが吐息はあった。

 呼吸が乱れているわけではないが、その力はいつもよりも弱い。


「燃料切れ、といった所か?」


「……うるさい。お前には関係ない」


「クハハ、嫌われたものだな。こんなも熱く互いの体を楽しみあった仲だというのに」


 鬼の少女は力なく笑う。

 いつ力尽きてもおかしくないというのに良く笑っていられるものだと、オサムは余計に苛立った。


 なぜこんなにも苛立つのかが自分でもわからない。

 この達観した態度のせいか、それとも戦いを楽しもうとするそのスタンスか。


「誰が楽しんでなんか……!!」


 オサムの怒声を、少女はカラカラと笑って受け流した。


 そして、急に静かなトーンで問うた。


「我は、ブルー。貴様の、名は……?」


「オサムだよ……ハヤシ=オサム……」


「オサム、か。人間にしては、良い響きだ……」


 なんとなく、悟った。

 これが最後の言葉になると。


 だからただ、静かに聞いた。


「ク、ハハ……オサム……次にヤる時は……我が……必、ず……」


 言い終わるよりも早く、少女の体はボウと燃え、紫の光になって消えた。

 終わらない戦争の気配と、大地に幾つもの傷跡を残したまま、そこには何もなくなった。


 小さな地響きが、マカダミア平野に近づいていた。

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