018:森の中での邂逅


「きゃああ! そ、そこはダ、ダメですー! ひゃあああん!?」


 アンが謎の触手生物にからめとられたのは森に入って五分も経たない間の事だった。

 そのテンポの良さはまさに圧巻の一言である。


 争いの気配もない静かな森の中、アンがオサムの世界にあったアスパラガスを大きくしたみたいな植物に触れた瞬間、地中から同じような植物がせりだし、アンに絡みついた。

 そしてアンのアンナところやコンナところに巻き付いてしまったのだ。


 アンが逃れようともがくが、触手からでるヌルヌルとした分泌液で滑って余計に絡まっている。

 というか食い込んでいる。


 エッチだ。

 すごくエッチだ。


 エッチだが、オサムもさすがにそのまま鑑賞しているワケにはいかなかった。


 一本一本が蛇のように蠢き、自ら獲物を捕らえるような植物だ。

 まさか森への訪問者へ向けたサービスシーンを提供するための生物、というわけではないだろう。

 捕食か、あるいは苗床を求めてか、とにかく助けなければアンがエッチな姿どころではなくなってしまう。

 (※特殊な性癖の人は除く)


 オサムはとっさにドレインデッドの力を発動しようとした。

 レベルマイナスのままでは助ける事すらできない。


「ドリー! 軽めでお願い!」 


「まかせて」


 ドリーの手の平が微かに青い光を放つ。


 オサムはそれに触れるだけ。

 それだけで、レベルマイナスの最弱は勇者を超えた最強へと至る。


「アンさん、今助けます!」


 オサムがドリーの手に触れようとしたその時、森の中に声が響いた。


「お前ら、動くな」


「……え?」


 人間の声だ。


 空から降ってくるような突然の声に、オサムは思わず動きを止め、空を見上げた。

 そこに、声と共に降ってくるものがあった。


 閃光。

 降り注ぐ雨のように、目に見えるようで見えないモノ。


 それは槍だった。

 空から降る閃光を見たと思った次の瞬間、地面には何本もの槍が突き刺さっていた。


 槍はアンに傷を付ける事なく、ただ触手植物だけを切り裂いていた。

 切り裂かれた触手はバタバタと息絶え、残った触手も驚いたように地中に逃げていく。


「あ、アンさん! 大丈夫ですか?」


 オサムは触手から解放され、ぐったりとその場に倒れ込むアンに駆け寄った。


「ふぇぇ……だ、大丈夫れすぅ……」


 良かった。

 なんかビクンビクンしているし、全身がヌルヌルに濡れていてまだエロい様子だが、それ以外は無事なようだ。


「さて、お嬢ちゃんは無事かい? オサムくん」


 名前を呼ばれて振り向くと、いつの間にか誰かがいた。

 声の主は、一目見ただけでこの世界の人間ではないとわかる格好だった。


 黒い学生服を着た男。


「君は……タナカ」


 それは、オサムと一緒にこの世界へと召喚されたクラスメイトの一人だった。


「おいおい、を付けろよ。この


 タナカは興味なさそうに言って槍を引き抜いた。

 複数に見えた槍が、その一本に収束して消える。


 不思議な光景だった。


「ま、呼び方なんて今となっちゃあどうでも良いか。そんで、田舎に逃げた臆病者が、こんな所でなにしてるんだ?」


「……田舎に逃げた? なんのことだ?」


「おいお~い、しらばっくれるつもりかよ。俺達は全部、知ってるんだぜ? 自分の弱さにビビって勇者一行から脱退したんだろ?」


「あぁ、そういう事か」


 オサムは理解した。

 帝国はオサムを追放したのではなく、オサムが自らの意思で逃げ出したと伝えたのだろう、と。


 勇者たちへの帝国自身の印象を操作するためだろう。


「ま、レベルマイナスの雑魚野郎がいた所でクソの役にも立たないから別にいいんだけどよ。つーか、田舎暮らしじゃこの世界の近況も伝わらないのか?」


「……なにか起きてるの?」


「起きてるっていうか、起きそうって感じだよ。このヘーンドランドの付近は特に危険だ。魔物の行動が活発になってるからな」


「そうだったんだ。知らなかったよ、ありがとう」


 オサムはずっと、クラスでイジメられていた。


 誰も守ってくれる人はおらず、友達もいなかった。

 イジメられる理由もあり、オサム自身もそれに抵抗する気はなかった。


 タナカもイジメる側の人間だ。

 だが、タナカは少し変わった男だった。


 タナカはイジメる事もイジメない事も、本心ではどうでも良いと考えているフシがあった。


 考えるのもめんどうだから周りに合わせておく。

 そういう男だ。


 実際にイジメられているオサムには何となくそれがわかった。


 この男は本心からオサムを嫌っているわけではない。


 ……だからだろう。


 クラスという狭い空間から飛び出てしまった今、タナカはオサムに対して、当たり前のように会話をしてくれる。

 口調はクラスメイトに同調したイジメる側のままだが、それでもオサムが知らない事を教えてくれたのだ。


 オサムはそんな口調にはもう慣れていて嫌な気持ちにすらならない。


 むしろタナカ本来の優しさが見えた気がした。


「つーワケでぇ、戦えないクソ雑魚くんはもっとド田舎に引きこもってた方が安全だぜ? お前もわざわざ死にたくなんてねーだろ」


 タナカの何気ない言葉に、オサムの心臓がドクンと跳ねた。


「……お前?」


「あぁ、それすら伝わってないんだな」


 タナカの表情がほんの一瞬、曇った気がした。


「……もう十人死んだ。勇者とは言え、俺達も結局はただの人間だよ。死ぬときゃ死ぬし、本気になった魔族はマジでつえーわ。ま、だからと言って戦わないワケにもいかないんだけどさ」


 オサムはクラスメイト達が好きではなかった。

 彼らにはいつもイジメられているのだから、好きになれるわけがない。


 それでも、同じ時間を過ごした知人達だ。


 その死を知るのは、やはり気持ちの良い事ではなかった。


 彼らは敵ではない。

 簡単に死んでいいワケがない。


「もし魔族とヤるなら頭を使った方が良いぜ。真正面からじゃ、いつか俺らは負ける。って言っても、一部の真の勇者チート様は別なんだろうけどなー」


 オサムにはタナカの槍も十分にチートに見えたが、本物の勇者とはそれ以上らしい。


「っつーワケで、さっさとここから離れろ。俺もザコのお守りしてるほど暇じゃねーからよ」


「うん。わかった。助けてくれてありがとう」


「おう。そこのエロいお嬢ちゃんには勇者の美談を語っといてくれや。あー、それからこれ、一応渡しとくからな」


 渡されたのは、手のひらサイズの小さな金属の板だった。

 薄くて手になじむ大きさだ。


「これは?」


「んだよー。これも知らないのかよ。田舎ぐらしはメンドクセーな」


 タナカはダルそうにボリボリと頭を書きながら、それでもなんだかんだで教えてくれる。


「これは『コーリングカード』ってんだ。だいたい『コルカ』って呼ばれてる。俺らの世界のスマホみたいなもんだな。ま、こっちじゃ超貴重品っていうか、超高級品だから持ってる奴なんて少ないけどな。王族とか、教会の奴らとか、あとは大商人とかくらいか? んで、二つも持ってても仕方ないからよ」


 なるほど、通りで手になじむわけだ。

 言われてみれば、サイズが元の世界にあったスマホとよく似ている。


「あ、ありがとう」


 クラスメイト達との連絡手段は確かに欲しい。

 オサムは素直に受け取った。


「こっちも戦力的に余裕はねぇ。魔族の情報なんていくらでも欲しいからなー。なんかあったら連絡してもいいぜ? じゃーな!」


 それだけ言って、タナカは跳んだ。

 人間にあるまじき脚力で、その姿はすぐに見えなくなった。


「オサム、今の人は知り合い?」


 タナカが去ると、オサムの影に隠れていたドリー顔をのぞかせる。


「うん。俺と一緒にこの世界に来たんだ」


「すごく口が悪かった。けど、悪い人じゃない、気がした」


「……そうだね。俺もそう思うよ」


 オサムと共にこの世界に招かれたクラスメイト達。

 彼らは今、なにをしているのだろうか。


 オサムだけを例外として、すべからく天才的な戦闘の才能を持ったと評価された子供たち。


 勇者と言う名誉。

 誰にも負けない殺しの才能。


 それを手にする事は幸運なのか、それとも不幸な事だろうか。


 今のオサムにはまだ、わからない。

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