006:一心同体

 一方その頃、オサムたちの頭上で二人の魔族による壮絶な戦いが始まっていた。


「リル、あなたを排除します」


「消えるのはお前だ、ヌシ!!」


 リルが吠え、爪を振るう。

 爪を受けてヌシの体が霧散するが、ダメージはない。


 微粒子レベルで姿を自在に変化させる影であるヌシに、単純な物理攻撃はほとんど効果がない。

 影が散っては集まり、何度でも元に戻るだけだ。


 二人は肩を並べる盟友というわけではないが、互いに顔見知りだった。

 水と炎のように性格は真逆だが、なぜか気があった。


 一つだけ決定的に違う事は、人間への感情だった。

 特に勇者への感情である。


 ヌシは人間を拒まない。

 だがリルは人間の滅亡を望んで止まない。


 だからいつかこうなる事は互いに理解していた。

 そしてその時、どんな結末が訪れるのかも。


「この……!!」


 爪も牙も、影の体には意味をなさない。


 ヌシの体が糸のように収束してリルの首を拘束すると、そのまま首を締め上げた。

 外そうとしても指は闇をすり抜けるばかりで、リルには抵抗する術がない。


「ぐ、ぐぅ……!!」


 互いに互いを知っている。 

 当然、ヌシはリルが魔術を苦手としている事も知っていた。


 魔術がなければ、リルが自分には勝てないという事も。


 ヌシは祈るように力を込めた。


「力を抜いて。せめて、その苦しみが一瞬ですむように」


「……バカに、するなっ!!」

 

「きゃぁっ……!?」


 突然、得体の知れない衝撃がヌシの体を襲った。


 ただの物理攻撃ではない何か。


 いつの間に手にしていたのか、リルが持っていたのはほんの小さな紙きれだった。

 それがヌシの体に触れている。


「これは……『魔封じの護符』!?」


 魔物の力を封じる道具は存在する。

 それはヌシも知っている。


 だが、それは人間の技術だった。

 極度の人間嫌いであるリルがそれを使うなど、予想もしていなかった事だ。


「ハァ、ハァ……!! 私がお前を相手に、何も用意せずに来るとでも思ったか?」


 小さな護符では魔物の行動を阻害する力も小さい。

 ……だが、実態を持たないシャドウには効果抜群だった。


 たった一つの護符だけで、ヌシはまったく体が動かない。

 この状態では散った体を再生する事もできないだろう。


「私たちは、互いを知りすぎた。それに……ヌシ、お前はやさしすぎる」


 リルの爪が無情に光る。

 それを振り下ろす一瞬、リルの真下から地面が爆ぜた。


 ――ドッゴォォォン!!!!


「なんだっ!?!?」


 地下から飛び出してきた人影。

 その正体は逃げたハズのレベル「マイナス」の勇者、オサムだった。


 魔道具でもなんでもなく、その身一つでオサムは地下から飛び出してきたのである。


 軽く膝を曲げ、大地を蹴る。

 それだけで、オサムの体はロケットのように打ち上げられ、そして天井を粉砕したのだ。


 レベル「マイナス」の時ならば絶対に不可能。

 そうでなくても普通の人間には絶対に起こせないレベルの現象である。


「キサマは……!!」


 そして、驚愕に見開かれた二人の視線を受けながら、オサムは言い放った。


「えーと……待たせたな! 君の望み通り、ここからは俺が相手になるぜ!!」


 オサムの背後からヌシが驚いたような声を上げる。


「オサムくん……!? その子は……!!」


「ヌシさん、話しは後で」


 それに対して、正面のリルは正反対の反応を示していた。


 その場に現れたオサム達の存在を認識した瞬間、リルの殺気は数倍に膨れ上がった。

 眉間に深く皺を刻み、牙をむき出しにして唇の端を吊り上げる。


 怒りの中に、狩りの喜びを孕んだかのような狂気的な笑み。


「……おい、なんの真似だ?」


「なんの真似って……」


 守りたい人を守りに来た。

 ただそれだけ。


「きさまも人間に与するか、!!」


「え?」


 だがその言葉はオサムではなく、その背後にくっついている少女へぶつけられていた。


「ってドリー、何してるの!?」


 ドリーがオサムの背中に乗っていた。

 いつの間にか勝手におんぶされている。


「合体」


「合体!?」


 ドリーが真顔で言う。


 軽すぎて背中に背負っている事すら気が付かなかった。

 重さを感じないのは体が強化されているせいだろうか。


「私たちは今、一心同体。くっ付いていないと力がでない」


 なるほど、そういう制約もあるわけか。


「そうか……じゃあ、しっかりくっついてて」


「もう離さない」


 愛の告白みたいなセリフだった。

 どこまで本気なのか、つかみどころがない少女だ。


「全く、どこまで私をバカにするつもりだ……?」


 そんな二人のやり取りを前に、リルの怒りはただ沸騰するだけだった。


「……良いだろう。ならば、まとめて食らうだけだ! 死んで私の糧となれ!!」


 リルの強烈な踏み込みに砕けて抉れる地面。

 舞う土煙と、それを裂く爪の軌跡。


 爪が迷いなく、しかしゆっくりとオサムの首に接近していく。


 それは全て、一瞬の出来事。

 ついさっきは認識すらもできなかった速度の世界での出来事だ。


 ……遅い。


 今のオサムには、それが全てスローモーションに見えていた。

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