ゆりかごの天象儀

ダイナミックアイガモ

*1 『七夕』

1

『夕星とカササギ』


 10年前 永詠412年 7月7日


 十八時の空の下において、星に願いを捧げるよりも、自らの口に銃身を突っ込む方が、子供にとってはありふれた行為であるのは、この世の普遍の真理に間違いない。


 始まったばかりの夏の冷たい廃墟にカササギは立っていた。崩落した住宅、割れた食器、綿がはみ出たぬいぐるみ、多脚機動装甲兵器、干涸らびた土、腐っていく人。音はない。その多種多様な朽ちたものが、血のように赤い夕日を平等に浴びていた。それはカササギの夜のように黒い長髪も例外ではなく、また眼前に跪く少年も同じだった。


 喉が鳴る。きれいだった。


 足下にはできたての死体が転がり、血の絨毯が広がる。全てが赤に染まるその空間で、少年の瞳だけが青い光の揺らぎを放ち、君臨していた。現代では動物が希少になって久しいが、木々が生い茂る遠くの深い山に神聖な獣を見つけたとしら、きっとこんな気分なのだろう。


 そのまだ十歳にも満たないであろう少年が、自らの口に拳銃を突っ込んでいた。引き金に対して随分と小さな指が動く寸前、カササギは声をかけた。


「死ぬのか?」

「うん」


 無感動な声がこちらを見もせず返ってきた。


「何で?」

「生きてても意味がないから」


 カササギは内に潜める少年の息を待った。漏れるように声が出てきた。


「生きてることに意味があるなんて勝手に決めたのは人間だ。どうせみんないつか死んで、誰からも忘れられるのに、こんな世界で生きていて、意味があるの?」


 視界の片隅で死体が虫にたかられていた。人の形だったものを少しずつ切り取り、どこかへ持ち去っていく。その度に誰かもわからない存在が削られていく。


「積み重ねが足らないからだよ」


 思わずそう口ずさんでいた。


「人が死を恐れるのは、今まで生きてきて重ねてきたものを全部失うからだ。それを死が怖くないとか、生きていても意味がないなんて言う奴は、単に自分の中に何も持ってないだけだ。くだらないのは世界じゃなくて、おまえだ」


 初めて少年と目がった。感情を押し殺しているようだけれど、自分を否定された憤りを隠し切れていないそんな目だった。生に溢れた、強い目だった。


 怒ったか、と問う代わりにカササギは鼻で笑い、少年から拳銃を奪った。


「一つ、契約しようか」


 銃声が鳴る。

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