異世界東大生

八雲真中

第1話~世論と一般相対性理論と特殊相対性理論と~

「……ぐぬぬ」

 ここに一人、モノとにらめっこをしている人物がいる。彼の名は、関谷翔。東大入試を首席合格した学内伝説の東大生であり、国際数学・化学・物理・生物学オリンピックの優勝者である。両親が医者であるが、彼自身は理科一類(工学部)でいいと思っている。

「これじゃ道理にかなわん」

 冬の実験室は意外と寒い。体で体感する極寒。震える手足を律しながら実験に臨むソラを室長が眺めていた。

「やめだ。次」

「いつも頑張ってますね、関谷くん」

 鈴木尚之室長。教授である。ソラの恩師だ。

「先生! 僕は頑張ることが正義だと思ってますから」

「頑張りすぎも体に害ですよ。過剰ストレスで脳疲労になりますよ」

「分かりました。でも、自分はまだやれる気がするのでもう少しだけやらせてください」

「分かりました。私は行きますね」

「はい。私情なのに心配させて申し訳ございません」

「いえいえ。あ、これを」

 そう言って、室長が渡したのは、オレンジジュース。素直に

「ありがとうございます」

「それじゃ」

「はい」

「先生が褒めてくれたのならば、やるしかない!」

 またしても良い案が生み出されない。だが、考えるのをやめる訳にはいかない。オレンジジュースを蓋を外し、ゴクゴクと飲み始めた。そして

「ぐへっ」

 吐いた。とてつもなく苦かったからだ。

「……先生、作るの下手すぎだろ……」

 その場でソラは倒れ込んだ。その直後に、室長が姿を現して

「関谷くん、君なら知っていると思うが」

 一拍置き

「君には、ドーパミンとノルエピネフリンとセロトニンが必要だろうから混ぜてあげたのさ……メチレンジオキシメタンフェタミンとしてね」

 そう言い残し、室内で響くような声で笑った。




「……いててて」

 目が覚めたソラはここがどこか分からなかった。まだ日本であろうと思っている。だいぶ異国情緒あふれるが多少は日本にもそういうところがある。

「ここどこだ」

 所持金はゼロ。何も持っていないし、なんなら白衣のままだ。

「大丈夫?」

 そこには子どもがいた。座っているので、目線は同じだ。

「大丈夫。君はお母さんと一緒じゃないのかな?」

 なぜか少女は涙目になった。

「親いない……」

 これは大変なことを聞いてしまった。

「ごめんね。強く生きるんだよ」

「うん! おじちゃんありがと!」

「おじちゃんって年齢じゃないと思うんだけど……気を付けるんだよ!」

「しっかしどうするべきか」

 ソラには何もない。

「大変だ!」

「この街ももう終わりだ!」

 住民たちが騒ぎ始めた。なんでも『麻薬の売買人』がこの街に急増していて、もうすぐまで迫っていると言う。

「ここでそう来るか」

 勢い良く立ち上がるとソラは真っ先に掲示板に向かった。掲示板にクエストが書いてある紙が貼っているのが、一種の『お約束』だからだ。

「さて、どんな集団だ」

 軽い気持ちで見ていると

「結構この集団やべえな」

 見てみると、気に食わない人を一斉排除する集団らしい。恐ろしい。

「こんなんがいると治安が悪くなるんだよな」

 いきなりいい匂いの女性が横にいて驚いた。

「……こいつらのこと気になるか?」

「気にならないと言えば噓になりますが、正直自分のことじゃないのでどうでもいいです。早く寝床探したいです」

「寝床探したいなら、近くに当時姫君が作ったプリンセス・キャッスルホテルってのがあるし、ここで会ったのは何かの縁だ。私の名は、エンジ・ブリターニャ」

「僕の名前は、関谷翔」

「よろしく、ソラ」

「……いきなり名前呼びされると、陰キャなんできついっす。別にいいですけど」

「この集団のことを話そう」

「はい、お願いします」

 エンジは急に真剣になり

「この世界は戦後九つに分かれた。ここは最北端に位置するノラギア。だが最近ノラギアでも麻薬が流行っている。麻薬はもともと最南端に位置するアクアランドが売り始めている。ここまでいいな?」

「はい」

「その麻薬売買集団は『D・E・A・D』と呼ばれ、民衆からひどく嫌われた。だからその腹いせに麻薬を売りさばいて依存させ、自分たちを合理化しようとしているのだ」

「つまり、民衆から嫌われなければ」

「そう。ここまで来なかったはずだ。国民が悪いとは言わない。でも敵視してしまった国民には罪がある」

「なるほど。倒すか」

「そんなに容易なことではないぞ」

「分かってます。でも、やらせてほしいです」

 その光る眼は本物だった。

「分かった。撲滅は三万ゴールドだと書いてある」

「はい」

 一ゴールドは現実世界で一円の価値である。

 後ろを向き、颯爽と駆けていく。その背中には何の躊躇もなかった。だが、立ち止まり

「無事に達成できたら、一万五千ゴールドお姉さんにあげますよ」

 エンジは少し驚いた様子で微笑み

「こんなところで言うなよ」

 と言った。

「それじゃあ!」

「おう!」

 ソラの野望はここから始まった。

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