【短編】2・子守唄

 夕食を終え、男は幾枚もの大皿を冷水で洗ったために神経をすり減らした自らの両手をタオルで包んで労わっています。

 テーブルにはまだワイングラスが二脚、ワインも注がれないまま突っ立っています。結局いくら待っても配達員は現れなかったのでした。

 配達員は出来た人間ですから約束を黙って破ることは決してしません。とすると約束の日付を忘れたのでしょうか。

 いいや、それはない。俺の妻の命日を、彼はよく記憶してくれていたはずだ。

 男は暖炉前の揺り椅子に腰を下ろして、窓から街を見下ろします。

 冬枯れのおかげで、ほとんど葉を落とした木々の痩せ細った体越しに街の明かりがよく見えるのでした。この季節ですから建物や並木、何から何までイルミネーションの装飾が施されているのが遠目にもわかります。

 それに比べてログハウスの建つこの山は、装飾と言えば山道に等間隔にたたずむ街灯くらいのものです。

 そんな寂しい山道を配達員がやってこないかと男がじっとしていると、何分か経って明滅する光を発見しました。それは痩せた木々の胴体に遮られては現れるバイクのヘッドライトのようでしたが、おかしな点があるとしたら、光がその場に留まっていることでした。目を細めて見てみると、どうやら不規則な明滅をはじめた壊れかけの街灯と見間違えていたのだとわかります。

 今夜はもう配達員が来ないことを男は渋々飲み込みました。

          ***

 そういえば、あの少女はどうしているだろうか。

 スプーンを握ったまま眠たそうに目を擦るので、ベッドまで手を引いて連れていってやったのでした。配達員が来たらこの子を送り届けてやってくれと男は頼む気でいましたが、それは叶いそうにありません。

 椅子を立ち上がって暖炉に薪を加えます。

 ぱちぱち。   

 ふと男は、窓に明滅する光を見ました。またあの壊れた街灯だろう、そう思ったのも束の間、今度は轟音が響き渡り、街のイルミネーションもログハウスのガラス窓も空も山の枯れた木も全部震わせました。

 それは降雪をしらせる冬の雷でした。

          ***

 山道を歩いてログハウスまでやってきた疲労感と、丁重にもてなされた満腹感とに少女は気持ちよく寝かしつけられていましたが、その子守唄は突然の閃光と雷鳴にかんたんに打ち破られてしまいました。

 少女はすっかり怯えて両耳を塞ぎ、布団の中で丸まっています。

 そこへ男が様子を見に寝室にやってきたのでした。

 窓の外では雪がちらつき始めました。

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