零れ落ちる大切な


「カエデ、大丈夫だったか?」



 ハル達がアイアンゴーレムを倒したと同時期に、カエデ達もメイリアを倒していたところだった。見た感じ、カエデに怪我はない様子だが、敵が敵だけに心配は尽きない。

 ハルのそんな様子に、カエデは苦笑しつつも嬉しそうに笑顔を向ける。



「うん、私は平気! でもアレンさんは怪我しちゃって……」


「それは大変!」



 ハルの後を付いてきたアイリスが、カエデの言葉を聞いてすぐにアレンとベルブランカの元へ急ぐ。ジュードもアイリスに続くかと思ったが、意外にもその場に残った。



「なあ、えーっと……、ハルの妹分よ」


「あ、はい。カエデです。いつもハルにいがお世話になってます!」


「ああ、よろしゅう……って、んなことは後にしておいて。見たとこ、カエデは『紫炎』の異彩魔導士だよな。あの爆発って、殺傷力どんなもん?」



 何だか物騒な話をしているが、ジュードは何が聞きたいのだろうか。

 だがカエデはジュードが何を聞こうとしているのか、特に考えもしていない様子。



「そんなおっかないことは、出来ないですよー。物凄く痛くて気を失っちゃうくらいですかねー」


「……」



 それでも十分おっかないのでは、とハルは思った。

 というよりそんな魔法をボンボンくらってたのか、と催眠にかけられていたカエデとの戦闘を思い出す。

 ハルがもう二度とカエデの相手はしたくない、と思いつつ、ジュードはそうかー、と答えつつ大剣の魔装具を肩に背負った。



「ってこたあ、まだ終わってないな」


「え?」



 ハルとカエデは同時に首を傾げた。

 と同時に、壁際の方――カエデが吹き飛ばしたメイリアの方から異様な魔力の高まりというか、重圧感のような空気が漂ってきた。



「あー痛ってぇなぁ、うっひゃひゃ! 遠慮なくぶっ飛ばしてくれやがって」


「そんな……思いっきり入ったのに……」



 メイリアが自身の腹をさすりながら、何事もないように立ち上がったのを見て、カエデが驚愕の声を上げる。

 それも当然、あんな爆発の一撃をもろに受ければ少なくとも意識は刈り取られるのは必至。にもかかわらず、メイリアはケロッとしていた。



「あーあー、あたしの可愛い家族も粉々にされちゃって……、いい加減うんざりするわ」



 メイリアはハル達が倒したアイアンゴーレムの残骸に目を向けそう言うも、大して惜しんでいない様子。

 家族とは言うものの、そうなったらそうなったで仕方ない、とでも言うかのような反応。この期に及んでまだ余裕の振る舞いに、まだ何かあるのか、とハルは警戒心を強める。


 アイリスの魔法により、応急処置は済ませたアレンも、ベルブランカと共に各々の魔装具を構えて臨戦態勢を整えている。



「うんざりしてんのは、コッチの方だ。状況を見ろよ、お前の手駒はもういない。年貢の納め時ってやつだぜ!」



 ジュードは未だに余裕を見せるメイリアへと大剣の魔装具を突き付ける。

 だが、メイリアは笑いを堪えきれないというように、ぶはっと噴き出した。



「くはっ――ひゃっははははははははは!!! お前ら程度が! あたしを! 追い詰めたと、そう言いたいのか!!!」



 不気味な笑い声が鉱山内部に響き渡る。

 まるで気が触れたように笑い続けるメイリアに、何が可笑しいのかハル達は困惑の表情を浮かべた。

 そして、獰猛な笑みを浮かべたまま、メイリアは手にした鞭の魔装具を振り上げる。



「あたしの『赤雷』の異彩魔法が、魔獣を使役することだけだと思ったら大間違いだ!」



 鞭の魔装具による攻撃か、魔法か、攻撃が来るかと思われたが、その矛先はハル達ではなく、崩壊しているアイアンゴーレムの残骸へと向けられた。



異彩覚醒セカンダ・リリース百獣の王の饗宴ベスティ・バンケット



 魔獣の残骸を叩きつけた鞭の魔装具と、アイアンゴーレムのコアが共に赤く光を放ち共鳴し始めると、その残骸はメイリアに吸い寄せられ、集まっていく。

 粉々に砕かれた鋼鉄がメイリアの腕に、足に、まるで鋼鉄の装甲を纏うように再構成されていく。



「っ! 先制します!」



 嫌な予感に駆られたのか、ベルブランカが変化途中のメイリアに迫り、手甲の魔装具による一撃を放つ。

 だが、鋼鉄の腕によりあえなく受け止められた。



「おいおい、変身途中に攻撃するのはマナー違反と相場が決まってるだろう?」


「くはっ!?」



 刹那、ベルブランカは強烈な衝撃と共に吹き飛ばされ、地面を転がり片膝をつく。


 そして現れたのはアイアンゴーレムよりも二回りほど小さくなった鋼鉄の岩で形成された人型の魔獣。その中心部には鞭の魔装具が守るように巻き付けらえれており、赤と黄色が混ざりあったような光を放っている。

 しかし、その内包する魔力、プレッシャーはアイアンゴーレムの比ではなく、相対するだけでも逃げ出したくなるほどの圧を、ハルは感じた。



「あたしは『百獣』のメイリア! ド本気の力で皆殺しにしてやるから覚悟しやがれ!」



―――――――――――――――――――――



 鋼鉄の魔人と化したメイリアの蹂躙が始まる。



「ひゃひゃひゃひゃ! さあ、楽しませろ!」


「んなろがっ!」



 迫りくるメイリアの鋼鉄の拳に対して、ジュードが大剣の魔装具を手に躍り出る。

 大剣の斬撃と、鋼鉄の拳打による応酬。青い炎が飛び散り、赤い雷が迸る。



「アイリス! 俺も行く! 援護頼む!」


「分かりました!」



 ハルもジュードに続くように、メイリアの後ろを取り重力の荷重による斬撃を打ち込んでいく。

 だが、その硬度はアイアンゴーレムとはまるで別物。一切の傷一つ付かない。

 アイリスも水の槍による攻撃、水の玉による捕縛を試みるも、やはり一切通じず。



「あーくそっ! 魔力の使い過ぎで出力が弱い! アイたん! 上位魔石は!?」


「ベルブランカさんとの戦闘でもう使っちゃったよ!」


「な~に~!? やっちまったなぁ!!」


「仕方ないでしょう! こっちだってギリギリだったんだから!」


「二人とも、今は喧嘩してる場合じゃない!」



 こんな状況にも関わらず、言い争いあうジュードとアイリスに、流石のハルも語気を強める。

 ハルとジュードの斬撃でも鋼鉄の魔人と化したメイリアには届かず、アイリスの魔法でも傷を負わせるどころか足止めにもならないのが現状。


 そして、直撃は免れているものの、メイリアの攻撃がかすめることが多くなりつつあり、ハルとジュードの動きに精彩さが欠けてきていた。



「ハルにい!? ベル、アレンさん! 私達も行こう!」


「ええ!」


「ゴリラはともかく、レディを救う為ならば!」



 カエデの言葉に応じてベルブランカとアレンも頷く。

 ハルとジュードへの攻撃を請け負うように、カエデとベルブランカが二人の前に出る。


 だが、役者が交代したからといって結果は変わらない。カエデの爆発する斬撃でも、ベルブランカの拳打と土の魔法でも、メイリアの体に傷を付けること叶わず。

 後方でアレンの風の矢、風の魔法でも、やはりビクともしない。



「ひゃっはは! 軽い! 痒い! 無駄なあがきぃ!」



 絶対的な防御力と、直撃すれば一撃で戦闘不能に追い込まれるほどの力で、徐々に体力、気力共に削り取られていく。

 仲間が増えても、何をしても、全く通用しない。時間がかかるにつれて、ハル達の心内に蔓延する絶望感。


 ――そして、最初に動けなくなったのは、カエデだった。



「あれ……?」


 それは突然に。

 ガクッと足に力が入らなくなり、倒れそうになったところを薙刀の魔装具で、何とか支える。

 少し考えれば当然のこと。多少武の心得があるとはいえ、鉱山の町で魔獣との初戦闘、洗脳下におかれたままでのハルとの戦闘、そしてアイアンゴーレム、メイリアとの連戦に次ぐ連戦で、カエデの体はとっくに限界を迎えていた。


 そして、それを見逃す敵ではない。



「おっと残念、お嬢ちゃん! 最初の犠牲者はお前だ!」



 誰よりも早く、メイリアはカエデに接近。鋼鉄の剛腕が撃ち放たれる。



「っ!? カエデ!!」



 ハルがなりふり構わずカエデの元へ駆け出すも、到底間に合う距離ではない。

『黒闇』の魔法でカエデを引き寄せようとするも、一瞬頭がふらついてしまい上手く魔法が行使できない。ハルもカエデ同様、既に体の限界を迎えようとしていた。



(こんな時に……!)



 自分のタイミングの悪さを心底呪うが、限界を迎えているのはカエデだけではなく、ハルもまた同様であった。

 それでもハルは手を伸ばす。ようやく再会できたのに、また家族を失う悲しみを味わいたくはない、と。


 だが無情にも振りぬかれる、鋼鉄の魔人と化したメイリアの拳と、打撃音。

 そして、ハルの目の前を黄色と白を基調にしたメイド服が横切った。



「ぐ……ぁっ……!?」


「え……ベル!?」



 戸惑う声を上げたのは、カエデ。

 棒立ちだったカエデを肩で突き飛ばし、メイリアの攻撃をその身に受けたベルブランカ。

 咄嗟に両腕で防御の姿勢を取ったものの、当然防ぎきれるはずもなく、端の壁まで吹き飛ばされ激突。

 そのまま力なく、倒れこんでしまった。



「いやああああ!? ベル!? ベル! しっかりして!」


「貴様! よくもベルをっ!」



 すぐさまカエデはベルブランカの元に駆け寄り、その身体を抱き起した。

 アレンも普段の優しく大人な雰囲気から一変、般若の如き怒りを表しより一層風の矢を乱発していく。痛みに顔を歪ませ、意識が途切れそうになりながらも、眼を開けるベルブランカ。



「無事……ですか……?」


「なんで……私をかばって……ベル……」



 今にもこぼれそうなほど、涙を目にためたカエデの頬に、ベルブランカは手を添えぎこちなく微笑みを浮かべる。



「……何故、でしょう……気づいたら……動いて、ました……」


「……べるぅ」



 それは上に立つ者としての責任感からか、はたまた友を守る為か。

 ベルブランカはその行動に理由を付けることをせず、ただカエデを見つめるのみ。

 カエデはベルブランカの手をギュッと握った。



「逃げ、なさい……やっと、会えたのでしょう……?」



 ベルブランカは未だに戦い続けているハルに視線を投げる。

 それは、これ以上死力を尽くしてもメイリアには敵わないということを意味している。手遅れになる前に、ハルと共に逃げろ、とカエデの手を強く握った。



「できない……ベルを置いてなんて、できないよ……」



 それでも、とカエデはこの世界でできた唯一の友を、見捨てることなどできなかった。そんなカエデの言葉を半ば予想していたのか、ベルブランカはゆっくり目を閉じる。



「全く……仕方ない人ですね……」



 ベルブランカの手から力が抜け、それと同時に手甲の魔装具も元のイヤリングに戻った。息はしている、だが呼吸は弱い。

 今のベルブランカがどのような状態か分からないが、早急に治療した方がいいのは分かった。



「くっ!」



 その様子を横目で見ていたアレンは、さらに怒りと焦りで矢をつがえる手も単調になってしまう。

 更に応急処置は済ませたとはいえ、先程受けた傷がまだ癒えておらず、足も満足に動かない。故に、簡単にメイリアの接近を許してしまった。



「ぐぁっ!?」



 ――激烈な後ろ回し蹴り。

 最早満身創痍であったアレンはいともたやすく、懐に潜り込まれ、鈍い音とともに衝撃が突き抜けた。

 そしてベルブランカと同様、壁に激突し地にひれ伏すこととなった。



「バカアレンが! 前に出すぎだ!」


「ジュード、合わせて! ハルさん、離れてください!」




 アイリスの掛け声と同時に、ハルがメイリアから距離を取った時には、ジュードは既に詠唱を始めていた。

 ジュードは大剣の魔装具を振りかぶり、青い炎の爆炎を巻き起こし、アイリスは杖の魔装具を構え、水の玉が集結、水しぶきを上げながら渦を巻く。



『始まりの灯、いずれ燃え立ち焔となりて、星火燎原に一切を塵滅せよ。青炎龍の怒号・絶火』


『メイルストロム・ノア』



 ジュードの魔装具に纏う青い炎が爆炎と共に立ち上る青い炎の龍となり、アイリスの魔装具より放たれるのは、莫大な水の奔流が竜巻のようにうねり、それは巨大な水の龍と化す。


 二体の青い炎の龍と水の龍は、大気を燃やしながら、あるいは凄まじい水しぶき上げながら、メイリアへと襲い掛かる。


 ――轟音と共に水蒸気が辺りを埋め尽くし、ハルの視界が白に染まっていく。


 間違いなくジュードとアイリスの全力最高の一撃。炎に焦がされ、水で押しつぶされた鋼鉄の魔人の姿がそこにあるはず。あれほどの魔法を受けて無事でいられるはずがない。

 半ばそう言い聞かせるように、祈るように、ハルは晴れていく水蒸気を見つめていた。

 ――そして、飛び出す黒い影。



「がっ!?」


「あっ!?」



 ジュードとアイリスの頭を鋼鉄の両手で鷲掴みにし、強靭な膂力でつるし上げるメイリア。その体は焼け焦げた跡や水で一部が押しつぶされたような跡がある。



「今のは少し効いたわ。でも残念でした」



 地面が砕けるかと思う程、重く、鈍い音と共にジュードとアイリスは地面に叩きつけられた。

 一瞬の間に抵抗する間もなく、二人は身動きが取れなくなり、魔装具化も解け腕輪に戻る。



「ジュード……、アイリス……」



 絶望で視界が狭まる。

 瞬く間に二人共戦闘不能に陥り、この場で戦えるのはハルとカエデのみ。


 だが、これ以上何が出来るのか。仲間はやられ、自身の力も通用せず、最早逃げることすら叶わない。

 徐々に忍び寄ってきていた絶望と恐怖が、もうすぐそこまで来ているような感覚だった。



「さぁ、ガキ共。楽しい時間も終わりだ。覚悟はいいな?」


「くっ!?」



 せめてカエデだけは逃がすことが出来ないか、とハルはカエデを背に守るように刀の魔装具を構えた。


 だが、そんなハルの思いとは裏腹に、カエデは抱き寄せていたベルブランカをそっと地面に寝かせ、薙刀の魔装具を手に立ち上がる。



「――ない」


「あー? あんだって?」



 キッとカエデは目を赤くしたままメイリアを睨み、そして駆け出した。



「っ!? 待て、カエデ!」


「――絶対許さない!」



 動きも遅く、技ですらない、ただの薙刀の魔装具による乱撃。

『紫炎』の異彩魔法により、魔装具を振るう度に爆破を伴う一撃を重ねるものの、鋼鉄の魔人と化したメイリアを傷つけることはやはり出来ず。


 メイリアは防ぐ素振りすら見せず、爆破の煙の中から伸ばした鋼鉄の腕で、カエデの頭を掴んで、ジュード達と同じようにつるし上げる。



「ぅあっ!?」


「ボンボンボンボン、うざったい魔法だね。痒いんだよ」



 メイリアはカエデをつるし上げながら、空いているもう片方の腕を引き、岩の槍を思わせる鋭利な指先を向ける。

 掴まれている指の間から見えたカエデの目には、恐怖と悔しさと悲しみがごちゃ混ぜになっているような、そんな気持ちが内包されていた。



「ハ、ルにぃ……」


「今度は逃げられないよ。ばいばい、お嬢ちゃん」


「待っ――」



 それは無慈悲に、無常に。

 穿つ槍を思い起こされるようなメイリアの鋼鉄の指先が、カエデの胸を刺し貫いた。


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