窮地


「攻撃合わせろよ、キザ男!」


「こちらのセリフだよ、赤ゴリラ」



 空から降ってきた青い炎を纏った大剣がアイアンゴーレムの振り上げた腕を切り落とし、緑の風を纏った十数本の矢がメイリアと雷狼に降り注いだ。

 アイアンゴーレムは苦しみに喘ぎ、メイリアは咄嗟に後方へ跳び、矢を躱すが、雷狼の集団は矢の雨により消滅した。



『グオオオオオオオオ!?』


「今度はなんだぁ!?」



 轟音と共に降り立つ二つの人影。

 赤い髪に青い炎を纏った大剣を持つ青年と、ベルブランカと同じくダークブロンドの髪に緑に輝く弓を携えた青年。



「ジュード!」


「アレンさん!」



 ハルとカエデの声に応える前に、ジュードはアレンの胸倉を掴んだ。



「テメエ! 合わせろっつったろ! あのデカブツを先に仕留めちまうべきだろうが!」


「やれやれ。ゴリラは頭の中まで筋肉だね。大元を叩いた方がスマートだろう?」


「ああ!? 避けられてんじゃねえか! あと、さっきから、誰がゴリラだ誰が!?」


「あぁ、すまない。ウホウホと言った方が良かったかい?」


「ウホー!!?」



 登場間もなく、口汚く言い争うジュードとアレン。

 いきなりのことに、ハルとカエデは呆気に取られて言葉を失っているが、それを打ち破ったのはアイリスとベルブランカ。



「がぼぼぼぼぼ!?」


「ぐほぉっ!?」



 アイリスは水の玉でジュードの頭を包み込み強制的に黙らせ、ベルブランカは無言でアレンに腹パン。



「「状況を考えなさい!」」


「「はい・・・」」



 双方の制裁役に叱られ、すごすごと大人しく引き下がる二人。相性が悪いとは聞いていたが、確かに犬猿の仲と言えるほど。

 ふざけた言動が多いジュードが食って掛かる様をハルは初めて見るし、優しく大人な対応をするアレンが少年の如く小馬鹿にした言動をするのを、カエデは初めて見た。



「あとジュード、来るのが遅い」


「仕方ないっしょ、アレンの野郎をぶっ飛ばしたまではいいけど、大分魔力を使っちまったから、回復に時間がかかったのよ」



 それを聞いたアレンは、それは正確ではないと首を振る。



「ジュード、君が気絶していたから、お互いの事情を説明するのに時間がかかったんだよ。それに君はまともに話を聞かないじゃないか」


「ああ!? どの口が言っちゃってんのかなぁ!?」



 と、再び喧嘩に発展しそうになるところで、ベルブランカが間に入ってジュードに頭を下げる。



「すみません、ジュードさん。元はと言えばこちらの不手際。兄にはあとでよく言って聞かせておきますので」


「気にしないで、ベルブランカさん。ジュードが話を聞かないのは本当だから」



 と、アイリスも間に入る。

 お互い、年下の保護者から大人な対応で気を使っているのに対し、当の本人たちはそっぽを向いている。



「……なんか、そっちも大変そうだな」


「そーお? 私は見ていて面白いけどね」



 お互いに一癖も二癖もある仲間達。

 ハルはやれやれ、といった表情も、カエデは笑って眺めている。


 だが、いつまでもそんなことにかまけている場合ではない。



「あ“―、ったく、後から後から、小虫が湧いて出てきやがって……」



 土埃が晴れた後には、片腕から切り落とされ膝をつくアイアンゴーレムと、心底うんざりしたような顔のメイリア。

 メイリアが放った雷狼もアレンの矢で消滅し、最早数の上ではこちらが有利。


 にも関わらず、追い詰められた様子はなく、手間だけがただ増えているだけ、とでもいうような態度。


 だが、そんな様子は意に介さず、アレンは怒気を孕んだ声でメイリアは指さした。



「卑劣な罠でよくも僕をだましてくれたな!」


「あっさりコロッと騙されたくせに。知らない人の言うことは聞いちゃダメだってママに教えてもらわなかったか?」



 アレンは悔し気に顔を歪ませているが、カエデとベルブランカはどこか納得しつつも、非難するような空気を醸し出している。



「アレンさん……」


「兄さん、またですか……」


「ぅぐ……」



 流石に思うところがあったのか、ぐうの音も出ない様子のアレン。

 アレンが女性に騙されるのは、初めてではない。メイリアに何をされたのか分からないが、カエデとベルブランカは何があったか察していた。


 これまでも大なり小なりトラブルに巻き込まれることもあった為、ベルブランカとしては頭の痛い問題。なまじ執事としては申し分ない能力の為、余計に質が悪い。

 仲間内全員のじっとりした視線を背に受けつつ、軽く咳払いするアレン。


 そして、戦闘の余波に巻き込まれたか、壁際で気を失っている様子のグランディーノの姿を発見し、アレンは息をのんだ。



「貴様! 殿下に何をした!?」


「いや、これは、お前らが……、ちっ、もういいわ」



 メイリアは軽くため息。最早問答もひたすら面倒とでも言うように。



「ま、ともかくだ。もうお前にゃ、逃げ場はない。観念してお縄につけや」



 アレンの失態は黄の国側に任せるとして。

 ここまでの大騒動を引き起こした元凶の一つを、ここで捕縛する為、ジュードは大剣の魔装具をメイリアに突きつける。

 それでもメイリアは不敵に笑うのみ。



「あっひゃひゃ! 逃げ場か! 確かに逃げ場はないねぇ! だが、それはあたしじゃない! 有象無象が集まったところで無駄なんだよ!」


『ウオオオオオオオオオオ!!!』



 ズバァン、と地面をえぐるほどに鞭の魔装具を叩きつけ、獰猛な笑みを浮かべながらハル達を睨みつける。

 それに呼応するかのように、アイアンゴーレムは隻腕となりながらも響き渡る咆哮を上げる。すると胸の中心、核がある部分が黄色く輝きを強め、新しく組みあがるようにように岩がボコボコと隆起し、切り落としたはずの腕が再生されていた。


 その様子を見たジュードはうげえ、と嫌そうに顔をしかめた。



「新しく生えてくんのかよ、めんどくせえ」


「――ジュード」



 ジュードが再び魔装具を担ぎなおしたところに、神妙な面持ちでアレンが呼び止めた。先程とは打って変わって、バカにするような雰囲気はない。

 ジュードも怪訝にしながらも、なんだよ、と答えた。



「あの女性は、こちらに任せてくれ。このままでは筆頭執事の名折れだ」



 それは主にお前のせいでは、とジュードは思ったが、あまりに真剣な様子に、ジュードは肩をすくめてため息をついた。

 そして何も言わず、クルッとハルとアイリスに向き直る。



「ハル、アイたん、俺らはあの魔獣に集中するぞ。粉々にシバき倒してぶっ壊すぞ」


「分かった」


「了解」



 それを答えと受け止めたアレンも、カエデとベルブランカに目を向けた。

 カエデは普段とはまるで違う雰囲気のアレンに驚く。

 静かに、とても静かに怒っている。グツグツと煮えたぎるほどの怒りを、腹の内に抱えているような。

 それは自分を陥れたメイリアに対してのものか、それともあっけなく敵の罠に落ちた自分に向けたものか。



「これより王家に槍を向けた賊の討伐を行う。ベル、カエデさん、協力してくれるかい?」



 それでも口調は優しく、優雅に。

 執事として、王家を支える者として、それに仇為す敵を討つ為に。

 アレンの言葉に、カエデとベルブランカは力強く頷いた。



「はい!」


「前はお任せください、兄さん」



 カエデは笑顔で答えたが、となりでベルブランカが優雅にカーテシーを披露したのを見て、慌てて同じように真似してみるが、どこかぎこちない。

 そんな様子を見て少しだけ目元を緩めるアレン。そして魔力を練った緑色に輝く風の矢をつがえ、メイリアへ狙いを定めた。



「さて、汚名返上といこうか」



 ―――――――――――――――――――――



 黄の国テラガラー、王都城門から数キロ先。


 土地柄、急勾配の坂や丘が多く、平地はそれほど多くは無い。

 正に守るに易く、攻めるに難く。例え数百の魔獣の侵攻に遭おうとも、王都にすら辿り着けない。


 その為、今回もそうなるはず。黄の国王城守護騎士団『トパーズ』の騎士達の多くはそう考えていた。



「……あれは……なんだ……?」



 小高い山の上に陣地を構え、騎士団長を中心に数百の騎士達が隊列を成し、防衛網を築いている中で、一人の騎士がつぶやいた。


 鉱山の町アルパトは山を一つ越えた先、馬で数日、何ヶ所か街を経由した場所に位置していた。

 その鉱山の町と、青の国との国境境にあるブロウ砦を襲撃したという魔獣の大群が押し寄せてきているという。

 そしてついに、山に囲まれた山道、その先から徐々に黒く蠢いている何かが王都に向かって侵攻してくるのが見え始めた。


 それはまるで、巨大な黒い蛇のように隙間なく埋め尽くされている。

 その数、百や二百どころではない。千、二千どころでもない。

 万は超えるであろうという、超規模な魔獣の大群である。



「聞いていた話と違う……!」


「あんなの……どうしようもないじゃないか……!」



 騎士の間に動揺と恐怖心が蔓延していく。にわかに信じ難い光景。

 当初は数百、多くても千は超えない程度の規模という情報だった。

 それが誤報だったのか、あるいは侵攻している間に爆発的に勢力を伸ばしたのか、定かではないが、明らかに異常事態。


 自分達の十倍以上の敵意ある大群に対して、王城守護騎士団の騎士達は戦意を喪失しかけていた。



「静まれぇぃ!」



 ――ビリビリ、と怒号と衝撃がこだまする。


 声を発したのは、王都防衛網を指揮する王城守護騎士団団長。

 先日のエルツランド王城での会議の場で、テラガラー女王から王都防衛の任を直接受けた者である。

 騎士団長は浮足立っている騎士達は、その強い眼光を以て射貫く。

 国のシンボルカラーである黄色を基調とした鎧が、日の光を浴びて黄金に輝いているように見える。



「貴様らは何の為にここにいる! 誰の為に戦う! 自分の為か!? 家族の為か!? 理由は各々あるだろう。誰しも守りたいものがあるからここにいる! それが、敵が強大だからといって簡単に諦めてしまうものか!?」


「違いますっ!」



 一人一人問いかけるように叫ぶ騎士団長に、一人の騎士が呼応するかのように叫ぶ。



「今一度、自分自身に問いかけろ! 己の中の騎士は何と言っている!」



 ―――魔獣を倒す!


 ―――家族を守る!


 ―――王都には一歩も入れさせない!


 騎士達は自分が何故騎士になったのか、何の為に戦うのか思い出し、その思いを奮い立たせていく。

 最早その場に、戦意消失した者はいない。

 騎士団長は長剣を天にかざし、号令を飛ばす。



「叫べ! 我らが名はテラガラー守護騎士団『トパーズ』! 王と民を守る者なり!」



 その言葉を皮切りに、各々の武器を手に騎士達は雄たけびを上げる。

 黒く蠢く大蛇のような魔獣の大群は、もうすぐそこまで迫ってきていた。


 ――ここに、黄の国テラガラー王都防衛戦の火ぶたが切って落とされた。



―――――――――――――――――――――



 黄の国王都へ向け、魔獣の大群とテラガラー守護騎士団が開戦となった後。

 王都内の騎士は王都防衛の為、そのほとんどが出払ってしまっている。これは女王の命令でもあり、城の守りよりも民が住まう王都を守る為、可能な限りの戦力を投入したが為である。

 故に、テラガラー城の守りは最低限となってしまっていた。



「……」



 テラガラー城地下へとつながる階段を、黒ローブ姿の人物が下りている。


 他に人がいる気配はない。普段ならひっきりなしに騎士が見回りに行き来しているが、今は非常時の為そこに人員を割いている場合ではないという判断からである。


 城の地下、その一画に厳重な扉に守られた宝物庫が位置している。

 そこには国内から王族へ献上された美術品や歴史的価値がある出土品、魔石の保管庫としても機能していた。

 その黒ローブの人物は、宝物庫の扉の前に立ち、そして手を当てた。


 ――ドォン、という爆ぜるような音と主に宝物庫の扉の一部が破壊され、あっけなくその扉は開け放たれた。

 

 宝物庫の中は、綺麗に整頓された箱がズラッと並んでいた。

 その箱の中には金銀財宝や美術品が大量に保管されており、素人目に見ても価値がある物だと理解できる。

 

 だが、黒ローブの人物はそれらには目もくれず、宝物庫の奥を目指して歩を進めていく。

 その最奥の飾り台に、他の魔石とは一際異彩を放つ水晶のような物が安置されていた。それは手の平大の玉、中心が黄色く染まり、異常な程凝縮された魔力が内包されているのが分かる。



「おぉ……これが……」



 その人物はもっとよく見ようと、被っているフードを取ると、白髪の男が恍惚とした表情でその玉を凝視している。

 およそ火事場泥棒のような所業だが、白髪の男――ゲラルト・ヒュノシスは意に介した様子はなく、その玉を懐にしまい込むと、足早にその場を立ち去った。


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