第三節・邂逅

手がかり


 青の国、クリアス城にて、ハル達が第三王女とのお茶会を堪能した数日後。

 ハルはジュード、アイリスとともに、王立魔導研究所へ訪れていた。


 青の騎士団総団長にしてジュードの母、エア・ローゼンクロイツより、魔獣の森で討伐、回収したラピッドウルフについて、何かしらの調査結果が出た、とのことだった為、その確認に来ていた。

 その魔導研究所の入口で三人はバッタリ、魔導研究所所属の研究員ソフィアに出会った。



「あらぁ、ハル君!いよいよ、私に体を差し出す決心をしてくれたの!?」


「そんな決心はしてません」



 ソフィアは事あるごとに黒と白の染色魔力を持つハルに対して、主に研究対象として熱視線を浴びせていた。


 研究には従事するよう、国からも要請はされているので、できることがあれば協力はするつもりだったが、白の染色魔力を目覚めさせる為に、捕らえた魔獣と戦わせられ続けたり、変な薬を飲まされそうになったり、血液のみでなく、色んな体液を搾取されそうになったり。


 ちょっとこの人の言うこと聞くとヤバいな、と思ったので、ソフィアの研究にだけは関わらないと決めている。



「今日は総団長から例の魔獣について、調査報告が上がったと聞いて、それで来ました」



 隣でアイリスが苦笑しながら今日の要件を伝えると、本気で残念そうにソフィアは眉根を下げる。

 だが、それはそれで興味深い一件だったのか、すぐに興奮したような鼻息が荒くなっていた。



「そう!そうなのよ!ラピッドウルフが風の魔法を使ったって言うじゃない!その理由が分かったのよ!」


「・・・それは大声で言っていい内容なんですか?」


「おっと」



 ハルの指摘に、ソフィアは慌てて口を噤んだ。

 幸いにも周りに人はおらず、特に問題はなさそうで、ソフィアは胸をなでおろした。



「じゃあ、ちょっと別室に行きましょうか」



 そんなソフィアに連れられて研究所内へ。

 案内されたのは以前コントラクト・カラーリングを受けたような一室。

 中央の台にハルが討伐した、例の魔獣―――ラピッドウルフの死体がガラスに覆われ鎮座していた。


 アイリスは苦い記憶を思い出したのか、顔をしかめている。



「ほう、これがアイたんが油断して一発もらいそうになったっていう魔獣か」


「・・・うるさいな」


「ぐほぉっ!?」



 ジュードの軽口に、アイリスは珍しく口を尖らせてジュードの横腹を殴った。

 そんなやり取りは意に介さず、ソフィアは意気揚々と説明を始める。



「この魔獣、一見すると大きさ以外は普通のラピッドウルフに見えるけど、調べたみたところ・・・、まあ普通のラピッドウルフだったわけなんだけど」



 ズルッとズッコケそうになった。

 さっきまでのノリは何だったのか、と呆れそうになったが、まだ続きがあるのよ、とソフィアは得意げ。



「ちょーっと、体の中を調べさせてもらったら、なんとこんなのが出てきちゃったのよね」



 そう言ってソフィアが取り出したのは、手の平大の緑色の石。

 体の中をどうやって調べたかについては、聞くと気分が悪くなりそうなので聞かないでおいた。



「それって、風の魔力が込められた魔石ですよね。それとどう関係があるんですか?」



 アイリスの問いに、ムフフと鼻息荒く笑うソフィア。



「ちょっと見ててね」



 そう言うと、ソフィアは手に持った魔石を誰もいない空間にかざし、手に魔力を、正確には魔石に魔力を込めていく。

 そうすると魔石が緑色に光り、風の刃が生み出され放たれた。それは、この魔獣が死に際に放った魔法そのもの。

 風の刃は研究室の壁に当たり、うっすらと傷が残った。



「え!?これってどういうことですか!?」



 興奮気味にソフィアへ詰め寄るアイリス。

 ハルからしてみれば、何がそんなに興奮したり驚いたりするものなのか、よくわかっていない。

 そして、いつも解説役のアイリスがそんな調子なので、隣であくびをしているジュードに聞いてみた。



「なあ、何がそんなに興奮することなんだ?」


「あー?・・・ああ、魔法の発現方法ってのは、基本的には魔装具を通して発動するもんなんだが、あれは魔装具の代わりに魔石で魔法を発現させてるっぽい」


「そんなこと出来るのか?」


「いや、あくまで魔石は魔力を保存するか、火や水を出せたりするだけだ。もっと上位の魔石だと自分の魔力を底上げできるやつもあったりするが」


「へぇ、魔石にも上とか下とかあるんだな」


「まぁ、あんまり出回らないから、べらぼうにお高いんよ。ウチの隊にも支給はされてるけど、使っちまうと予算が削られるから、おいそれと使えないのだよ。ウチのサイフはアイたんが握ってるから、上位魔石もアイたんが持ってるんじゃねえかな」



 そんな余談も交えつつ話を戻したが、結局のところ魔石のみの使用で、魔法そのものを発動することは出来ないはず、とのこと。

 興味深そうに魔石をマジマジとのぞき込んでいるアイリスを眺めながら、大して興味を持ってなさそうに言うジュード。



「お前はアレに喰いつかないんだな」


「いやー、俺ってば魔法技術とか理論とか?よく分かんねえからさー。はっはっは、フィーリングよー、フィーリング」



 よくこんな脳筋思考で、騎士団の隊長の一角にいるな、とハルは半ば関心、半ば呆れた顔。

 そうこうしているうちに、向こうでソフィアが説明しよう、と声高らかに叫んだ。



「なんとこの魔石の中には、風魔法の『ウインドカッター』の術式が刻まれているの!」


「え!?術式の定着に成功したんですか!?」



 術式?定着?

 ハルの頭に疑問符が浮かぶ。また新しい用語が出てきて話について行けないハル。

 そんな様子を見て、ソフィアは、では授業をしましょう、と教師っぽく振る舞った。

 そういえば教師も兼任してたな、とハルは思い出した。



「術式っていうのは、魔法を発現させる為にどんな言葉や手順が必要かを示すルールや技術のことね。例えば詠唱魔法は決められた魔法言語を声に出して、最後に魔法名を唱えれば魔法として発言する。その一連の手順を詠唱術式と呼びます」


「なるほど。・・・でもそういえば、アイリスは、その詠唱ってしてないよな」



 いつもアイリスが魔法を使う時は魔法名しか聞いていない気がする。



「それはアイリスちゃんが無詠唱魔法を使えるからだね」


「あはは・・・」



 ソフィアの説明に、アイリスが照れくさそうに笑う。

 ソフィア曰く、生まれつき自身の属性の魔力と親和性が高く、魔法の理解が深い場合、詠唱せずとも魔法名のみで魔法を行使することが可能になるという。

 青の国でも数名しかおらず、いずれも高い地位に就く人物の為、将来を有望視されている、とのこと。



「ちょっとそれは持ち上げすぎだと思うんですけど・・・」



 そうアイリスは謙遜するも、ハルよりも年下で既に国の代表の騎士団に所属し、それも副隊長の立場にあるのであれば、既に優秀さを示しているものだと思うが。

 隊長の方はというと、実力はあるが人格に難あり。チラっとハルは隣のジュードを盗み見てみる。



「なんだ、ハル?俺をチラ見して」


「いや、なんでも」


「はい、じゃあ話を戻すよー」



 話が脱線したので、ソフィアが本題に戻す。



「それで、魔法言語を文字に起こして魔石に刻む、『方陣術式』っていうものもあるのだけど、今のところ火を起こす、水を出すっていう単純な魔法言語じゃないと上手く定着しないの。でもなんと!この魔石には魔法そのものを発現させる術式が刻まれているの!」



 ズイッとその魔石を突き付けられ、思わずのけぞってしまう。


 これまでも、魔石に魔法言語を刻んで火を起こしたり水を出したりと、魔装具を使用せずとも単純な現象を起こすことは出来たが、この魔石に関しては魔装具なしで魔法の発現に成功しているという。


 それがどんなに凄い技術なのか、いまいちピンとは来ないが、ソフィアの反応を見る限り、興奮を抑えきれないものなのだろう。



「この魔導研究所が、魔法研究の最先端だと自負していたけど、これを見ちゃうと、ウチもまだまだだと思わされるわね」


「それで、その魔石が魔獣に埋め込まれていて、風の魔法を放った、ということですか?」


「その通り!」



 ハルの言葉にピンポン、とソフィアは指で丸を作る。


 それが事実なのであれば、人に害を為す魔獣に、魔法を行使できるように魔石を埋め込んだ者がいるということになる。

 ハルの脳裏に森で遭遇した黒ローブの人物の姿が思い起こされる。

 状況的には、その者が魔獣に魔石を埋め込んだ、ということになるか。



「というわけで、研究所としても、その魔獣を操ってたという人の情報が欲しいわけよ。魔獣を使役していたのは異彩魔法だとしても、魔石に魔法術式を刻む技術は研究所的にも個人的にも是非知りたいわ!」


「と言っても、何の手がかりもないのが現状なんですよね」



 苦笑するアイリス。

 その魔獣を操る異彩魔導士の捜索が目下のラピスラズリの任務ではあるが、如何せん情報がない。

 テラガラー方面には向かっていったので、黄の国にも協力を仰ごうか、という話も出ているが、まだ何の段取りもできていない。


 とりあえず、また同じような魔獣が出てこないか、調査がてら魔獣の森に行ってみようか、という話が出ていたが―――



「―――ああ、こちらでしたか」



 そう声をかけられ、丸眼鏡をかけ黒髪おかっぱの白衣を着た、ソフィアより少し年下に見える女性が何冊かの資料を手に研究室に入ってきた。



「あら、レイ。どうしたの?」


「ソフィアさんではなく・・・いえ、ソフィアさんにも用はあるのですが、その前にラピスラズリの方々にお客様が―――」


「―――邪魔するぞ」



 レイと呼ばれた女性が言い終える前に、凛とした声が遮る。


 青い豪奢な鎧を身に纏い、射抜くような鋭い視線、黒紫の髪―――青の騎士団総団長にしてジュードの母、エア・ローゼンクロイツが姿を現した。


 ジュードはあからさまにゲッとした顔、ハルとアイリスは驚き思わず姿勢を正す。



「やはりここにいたか。呼び出す手間が省けたな」


「総団長!わざわざお越し頂かなくても、こちらから出向きましたのに!」



 恐縮するアイリスにエアはそれには及ばない、と手で制す。



「ここの所長と打ち合わせがあったのでな。その魔獣の件でここにいるかと思っただけだ」


「そうですか・・・では、何用でしょう?」


「ああ・・・、少し二人を借りるぞ」



 ここでは話せない内容なのだろうか。

 エアはハルとソフィアにそう告げると、ジュードとアイリスを連れて部屋から出て行ってしまった。

 残されたのはハルとソフィア、それにレイと呼ばれた女性。



「そういえばレイ。私に用事って?」


「あ、はい!ソフィアさんに報告と、それとハルさんにも」


「俺に?」



 予想外に名前を呼ばれてハルは首を傾げた。

 レイは手の資料をバサバサさせながら歩み寄ってきた。



「あなたが来たってことは、ハル君の探し人に進展があったのかしら?」


「ええっ!?」



 レイが答える前に、ハルが叫ぶ。

 突然の大声にレイは驚き、その拍子にメガネがずれた。

 だがそんなことは気にせず、レイに詰め寄るハル。



「どこですか!?二人とも見つかりました!?二人は、無事ですか!!?」


「う、あ・・・」



 レイは少々怯えた表情で後ずさり。

 傍目から見れば小柄な女性に強引に迫っているような、勘違いされそうな場面。


 そんな興奮状態のハルの腕をグイッと自分に引き寄せるソフィア。



「あらあらダメよ、ハル君。そんな情熱的に迫るのは私にしなきゃ」


「う、すみません・・・」



 当然、ソフィアに対して情熱的に迫るようなことはないが。

 いつも暴走気味にハルに迫っているソフィアから窘められるとは。

 少々気恥ずかしさを感じながら、ハルは頭を下げた。



「まずは紹介ね。こちらはレイ。召喚魔法研究部門のエースで、とっても博識なのよ」


「いえいえいえいえ!私なんて、そんな・・・」



 ソフィアに称賛されたレイはブンブンと強めに首を振って否定する。

 だが、ハルとしてはそんなことよりも聞かなければならない事がある。



「早く結果を知りたいって顔をしているわね。で、どうなの、レイ?何か分かった?」


「はい。まず召喚魔法で呼び出されるのは主に精霊と呼ばれる存在なのですが、それは正確ではなくて、実際は魔力を持っていれば人間や魔獣も召喚対象に含まれる―――」


「―――すみません!まず結果だけ先に教えてもらえますか!」



 早口で召喚魔法の基礎から講義が始まりそうだったので、何とか苛立ちを抑えながらのハル。

 せっかく持ってきたのに、と手の中の資料を閉じつつ、話を途中で遮られたレイは少々不満げな様子。



「・・・召喚魔法の際、特殊な魔力の波が検知されます。ハルさんがこちらに召喚されたとされる時期に、確かに魔獣の森で魔力の波が観測されました。同じような魔力の波が観測されていないか、確認しましたが、この国で同様の現象は確認できませんでした」


「じゃあ、二人とも、この世界には来てないってことですか?」



 もしそうなら安心半分、寂しさ半分といった感じである。

 しかし、レイは首を横に振った。



「いえ、青の国でないなら、他の国はどうだろうか、と範囲を広げて調査しました。黄の国に派遣されている研究員にも協力してもらったところ、ハルさんの召喚時と同様の魔力の波が黄の国、王都で観測されました。恐らく、ハルさんの探している二人の内一人が、黄の国の王都にいるかと思われます」


「っ!?」



 それを聞くや否や、ハルは駆け出した。

 ようやく待ち望んだ手がかり。リッカか、カエデが黄の国にいる。そう思うとじっとしてはいられなかった。



「ハル君!いきなり行っても向こうの王都には入れないわよ!それに一人で王都から出るのは禁止されているでしょ!」



 後ろでソフィアの声が聞こえ、頭では理解はしているが、それでもハルは足を止めなかった。


 会いたい、行かなければならない。

 どこを探せばいいのか、誰に聞けばいいのか、それを考える事も億劫。

 とにかく黄の国に行くことしか考えられなかった。


 ハルが研究室の扉を開け放った瞬間、いきなり目の前にジュードの姿が。

 ドオン、と分厚い壁に弾かれた様にハルは弾き飛ばされた。

 ジュードは驚きながらも、びくともしていない。



「おおっ!?なんだよ、ハル。危うくキッスするところだったぜ」


「気持ち悪いからやめて」


「ええ!?なによ、アイたん。俺のせいじゃなくね?」



 いつもの夫婦漫才が繰り広げられるが、そんなことを気にしている場合じゃない。

 ハルは焦りながらも立ち上がった。



「リッカか、カエデが、黄の国にいるらしいんだ!悪いけど、行かせてくれ!」



 その言葉に驚いたような顔をする二人。

 そんな二人を押しのけて、すぐさま走り出そうとしたハルだったが、突然誰かに腕を掴まれた。



「待て。それは許可できない」



 青の騎士団総団長、エア・ローゼンクロイツがハルの行く手を阻んでいた。

 だが怯む事なく、ハルはエアを睨み上げる。



「離してください!」


「ひとまず落ち着け」



 ハルの睨みよりも、更に鋭い眼光で威圧するエア。

 それでも負けじと、ハルも一歩も引かない。

 このままでは一人で暴走してしまうと判断したのか、エアはハルの腕から手を離したが、仁王立ちのまま腕を組んだ。



「・・・黄の国へ向かう途中にある、国境堺のブロウ砦が魔獣の襲撃に遭った」



 エアはため息とともに許可できない理由を話し始めた。



「通常時であれば、魔獣に後れを取ることはない。だが、かなりの規模で襲われたようだ。その魔獣どもは統率が取れた動きで砦を襲い、そして魔獣どもの背後には何故か襲われない人間がいたそうだ」


「それって・・・」


「ああ、十中八九、例の魔獣を操る異彩魔導士の仕業だろう。それに、その異彩魔導士の他に、仲間と思われる人物がいたそうだ」



 これまでの魔獣被害と今回の砦襲撃、姫殿下を襲わせたのもその者らの手引きだったとすれば、組織立った犯行の可能性がある、とエアは補足。



「いずれは青の国、黄の国双方に被害が大きくなる可能性がある。こちらとしては迅速に隊を編成し、防衛網を構築しなければならない。安全が確認できるまでは、黄の国に向かうことは許可できない」


「それじゃあ、リッカか、カエデがそれに巻き込まれるかもしれないってことですか!?」



 このままだと二人のどちらかに危険が及ぶかもしれない。いや、もしかしたら既に巻き込まれているかもしれない。

 自分が魔獣に襲われたことを思い出し、リッカやカエデが同じような目に遭ってしまう事を思ったら身震いしてしまう。

 そう考えてしまうと、益々行かないわけにはいかなかった。



「っ!?」


「だから待てと言っている」



 再び駆けだそうとするハルの肩をエアが掴んだ。

 女性とは思えないほどの膂力で押さえつけられ、振りほどけない。



「離してくれ!行かなきゃいけないんだ!!」


「・・・少し冷静になれ、愚か者が」



 ―――刹那、掴まれている方からビリッと紫雷が走る。

 そして次の瞬間には盛大に迸る雷が、ハルの体を痛みと熱さと共に駆け巡った。



「がっ、あああああ!!!」



 読んで字のごとく、ハルの体は雷に打たれ、これまで感じたことのない痛みと衝撃で、ハルは床に膝をついた。



「この愚か者を連れていけ。ラピスラズリには追って新たな指示を出す。勝手な真似をしないよう、この者の監視をしておけ」



 徐々にハルの意識が遠のいていく中、エアはジュードとアイリスに指示を飛ばす。

 アイリスは心配そうにハルを見つめているが、反対にジュードはニヤリとほくそ笑んでいた。

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