王女とのお茶会
ハルの立場に関してはソフィアからも言われていたことだった。
未知の魔力だからこそ、野放しにできない。かといって無理やり押さえつけようとすると、感情の高ぶりで魔力が暴走する可能性があり、それが原初の染色魔力となれば、どの程度の被害が出るか予想が出来ない。
勝手に王都外から出ることは禁止するが、目の届く範囲であれば、自由にして良い、というのが青の騎士団、王立魔導研究所の見解であった。
「まあそれも、ある程度研究が進んで危険性がないと判断されれば解かれることだろう。それほど長期化することもあるまい。」
クリアスの魔導研究所は優秀だからな、とエアは付け足す。
それと、とエアはアイリスに目を向ける。
「ラピスラズリは名目上、青の騎士団員ではあるが、まだ学生の身。例え魔力、実力ともに学生の範疇を超えているとはいえ、任務中危険を感じることがあれば退け。勇気と蛮勇を履き違えるなよ」
「はい、承知してます」
一瞬、エアの目が憂いを帯びたような気がした。
騎士団所属といっても、自分の子供に危険が伴う任務を与えるなど、親としては複雑な気持ちなのだろうか。
「それで貴様はいつまで寝ている!」
「ぎゃあ!!!」
エアがジュードの背中を踏みつけ、再び紫の雷が迸る。
今度は先ほどより弱めだったのか、黒焦げになりながらもすぐさま立ち上がった。
「話は聞いていたな!」
「イエス、マム!」
ジュードは敬礼。
エアの視線に、もう先ほどの憂いはない。
(気のせいだったかも)
子を心配する親のような視線に感じたが、違う気がしてきた。
ジュードのおふざけに対してアイリスが強めにツッコミを入れていたのを見てきたが、エアとのやり取りはそれ以上だった。
アイリスは何でもないような顔をしているので、この親子にとっては正常なやり取りなのかもしれない。
「失礼します」
ノックと共にそう言いながら騎士の一人が入室。
エアの耳元で何やら報告後、敬礼したのちに退出していった。
「どうやらお転婆姫がハルに会いたいそうだ。改めて先日の礼も兼ねて、一席設けるから、ジュードとアイリスも一緒に、だそうだ」
やれやれ、とでも言うように肩をすくめるエア。
確かにいずれお礼を、とは言っていたが、こんなに早くお呼びがかかるとは。
ハルの魔法ももっと見たいと言っていたので、それも目当てではありそうだが。
「では、私がご案内いたします」
それまで壁際でずっと待機していたアンネが案内を申し出る。
行かない、という選択肢は存在しないようだった。
「わかりました。行きます」
「私の話は以上で終わりだ。ご苦労だったな。ああ、それと、研究所の方で例の魔獣に関して動きがあったようだ。時間がある時にでも確認しておけ」
「了解しました」
アイリスは頷き、ジュードはもうこの場にいたくないのか、そそくさと部屋を出ようとしている。
ハルは一礼し、こちらへ、と案内するアンネの後に続いた。
―――――――――――――――――――――
アンネに案内されるまま階段を上り通路を進むと、たどり着いたのは空と王城下を見渡せる美しき庭園だった。
色とりどりの花々が咲き誇り、風に揺られて踊る花や宙に舞う花びらが幻想的な風景を映し出す。
そんな庭園の中央に、庭園の花々さえも霞むほどの美麗な銀の花。
以前見た地味なローブ姿とは違い、青と白のドレスを身に纏い、青銀の髪はおろされ、ゆるくウェーブがかかっている。
青の国クリアス第三王女、リーレイス・ブラウ・クリアスが、優雅にたたずんでいた。
「姫様。ハル様、ジュード様、アイリス様をお連れしました。」
リーレイスは飲んでいた紅茶のカップを置き、それこそ花が咲き誇るかのような笑みを見せる。
ハルはまた見惚れてしまった。おとぎ話に出てくるようなプリンセス、そんな存在が実在し、その笑みが自分に向けられているという状況が、何となく現実味がなかった。
「ハル様! ようこそお越しくださいました!」
小走りで近づき、ハルの手をギュッと両手で包む。
この間もそうだが、この王女はボディタッチが多い。それだけでドキッとしてしまうハルもハルだが、青少年的には心臓に悪い。
「さあ、こちらにどうぞ!」
「あ、はい、ありがとうございます……リーレイス様?」
「もう、嫌ですハル様。リルとお呼びください、と言ったではありませんか。それと普段と同じ話し方でお願いします。敬語も敬称も不要です」
お姫様に対してそれはいいのか、悩むところだが、本人がいいと言っているのだからいいのだろうか。
アンネもアイリスも何も言わないので、まあ問題はないのだろう、とハルは判断した。
「……わかったよ、リル」
「はい! アンネ、お茶の用意をお願い。ジュードとアイリスもこちらへ」
「承知いたしました」
「はいはいー」
「ありがとうございます」
リルはハルの手を引き、庭園の中央に設置されているテ―ブルに案内する。
ジュードとアイリスも促され、席に着く
「……なんかテンション高いなぁ」
「ふふ、姫様、とっても嬉しそう」
学院が休校になってしまっている為、特務隊が第三王女に会うのは数か月ぶり。
ここまで嬉しそうにする第三王女を、ジュードとアイリスは初めて見る。
学院内では行動を共にすることが多いものの、それ以外での交流はあまりない。
それは身分の違いもあるだろうが、特務隊のジュードやアイリスとの時間が合わない、ということも要因の一つだった。
だからこそ、こういった同年代との触れ合いは、リーレイスにとって、とても貴重な時間なのであった。
「改めて、先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「それに関しては私からも。頭に血が上ってハル様に刃を向けてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
リ―レイスは感謝を、アンネからは謝罪を、それぞれ頭を下げられる。
「ああ、役に立ったようで何よりだし、アンネさんも、もう気にしてないから顔を上げてください。それにしても、なんでリルは一人であんな所にいたんだ?」
度々城から脱走している話は聞いていたが、何か理由でもあるのだろうか、とハルとしては気になっていた。
リーレイスは照れ笑いをしながら。
「わたくし、この王都が大好きでして、城下を歩くのも、そこに暮らす人々を見るのも好きなんです。王族として、この美しい街並みを守り、発展に導かなければ、と見るたびに思うのです」
それは王族としての責務であり、矜持でもある。
数字の上だけで見たとしても、民を導けない、国の発展には結びつかない。
実際に見て、触れて、感じるために、第三王女は王都の雑踏の中に入っていくのだという。
「……すごいな」
ハルは素直に感心していた。
自分と同年代で、自らの責務に真っ直ぐ向き合えるその姿勢に。
ただ流されるまま必死に生きてきた自分とは、根本的に考え方が違う。
「でしたら、お一人ではなく、必ずお供もつけてください」
アンネは人数分の紅茶を用意しながら、苦言を呈する。
確かにお供もつけずに、そう頻繁に出歩いていたら、先日のような事件に遭いかねない。
アンネにそう言われたリーレイスは口をとがらせる。
「だって、アンネも他の方も、あっちへ行ってはダメ、こっちへ行ってはダメ、と口うるさいんですもの」
大人びた発言をするかと思いきや、突然年相応に不満を言うリ―レイス。
まるで奔放な妹に手を焼く姉のようなやり取りに、リッカとカエデを思い出す。
(昔もこんなやり取り見たな……)
小さい頃はカエデがあっちこっちに歩き回るから迷子になり、ハルやリッカが探し回る羽目になる、そういったことも日常茶飯事だった。
その度にリッカは嗜め、カエデはつーんとしていたが。
「それにわたくしは、他国との外交で訪問することもあるのです。我が国のこと伝えるならこの目で見た方が良いでしょう? その為に見識を広げているのです」
「ああ、もう少ししたらありますもんね、地霊祭」
思い出したようにアイリスが紅茶を飲みながら答える。
ずっと黙っていると思ったら、ジュードは出された菓子を黙々と食べている。
「地霊祭?」
ハルは聞きなれない単語をオウム返しに問う。
「お隣の、黄の国テラガラーで、黄の女神に感謝し、今後の豊穣を願う、という名目で年に一度開催されてるお祭りです。色んな出店やイベントがあって楽しいですよ」
「わたくしも、王族代表として招待され、テラガラー王家と交流の機会があったりするのです」
アイリスの説明に、リーレイスも補足。
リーレイスは他国の王族とも親善の為、訪問することが多々あるという。
その中でも同盟国であるテラガラーとはそういった機会が多く、今回クリアスからテラガラーへの研究員の派遣も、その一環とのことだった。
「でも今年は開催されるか分からないですよね……」
「藍の国との、いざこざって奴で?」
ハルの言葉にアイリスは肯定する。
確かに戦争勃発、と危ぶまれるほど緊張状態の中で祭りなど開催している場合ではないのだろう。
「そうなると、ジュードやアイリスは残念ですね。せっかく良き友人が出来たというのに」
ピクッと、ジュードの菓子を食べる手が止まった。
「姫様よ、あいつとは友人でもなんでもなく、いけ好かないナンパ男なだけよ。決して友人ではない」
ジュードの言葉遣いは、王女に対して不遜とも取れそうだがハルと同じように許されているのだろう、特に誰も気にした様子はない。
それはともかく、ジュードが誰かをここまで嫌うとは珍しい。
ちゃらんぽらんだが、割と友好的ではあるので、友人じゃないと断言したことに、ハルは目を丸くした。
そしていつものように、アイリスが解説。
「黄の国テラガラー王家に仕えている執事とメイドをされているご兄妹がいるのですが、地霊祭の時や国同士の交流の際にやり取りをする機会がありまして。私は妹さん――ベルブランカさんとは仲良くなれたかな、とは思うのですが……」
「兄貴の方はダメだ。女好きの代名詞みたいな奴で、アイたんにまで唾付けようとしやがったくせに、関係を持っている女は十人以上いるらしい」
眉を寄せ嫌悪感たっぷりに吐き捨てるジュード。
あはは、とアイリスは苦笑。
「とても優秀な方々なんですけどね。お兄さんの方はテラガラーの王子殿下の専属執事で、妹さんはメイドを取りまとめる立場にあるみたいです。それに二人とも、王族の護衛も兼ねているようで、とても腕が立つらしいんですよ」
「へぇ……」
しかしそんなにジュードが嫌うとは、逆にどんな人か興味が出てくる。
この状況が続けば、いずれ会うこともあるのだろうか。
だが、黄の国と藍の国のゴタゴタが終わらなければ、祭りの開催も学院の再開もめどが立たないのだろうな、とハルは思った。
「それよりも、わたくしはハル様のお話を聞きたいのです!」
「俺の?」
ええ、とリーレイスは笑顔でうなずく。
「簡単な経緯は聞いているのですが、わたくしはハル様から直接聞きたいと思っていたのです。どこでどのように生活していたのか、異世界とはどのような所なのか」
「あ、それは私も聞いてみたいです」
そういえば、ここの生活に慣れるのに必死で、あまり元の世界のことは話してこなかった。特段隠すようなことではないが、何から話せばよいものか。
「そうだなぁ、とりあえず、まず前提として魔法というものがない――」
そうしてハルは語りだした。元の生活のことやリッカ、カエデのこと。ジュードやアイリスと出会うまでのことを。
途中でジュードが茶々を入れたり、リーレイスやアイリスが新鮮な驚きをしたり。
同年代の友人と語り合うような穏やかな時間を、ハルは久しぶりに実感していた。
―――――――――――――――――――――
時は遡り、ハルが魔獣の森で目を覚ました時と同じ頃。
青の国クリアスの隣国には、黄の国テラガラーという悠然とそびえたつ山々、広大な大地を有する国がある。
青の国の王都アクアリアと、黄の国の王都エルツランドは比較的行き来しやすい立地に位置しており、何百年と前から友好国としてやり取りする事が多くあった。
数年前に同盟を結んでからは、お互いに技術提供や魔法の共同研究等、積極的な交流は更に進められるようになり、両国の国境の堺にある砦も常に開け放たれるようになったような背景もある。
そんな同盟国、黄の国テラガラーの女王が住まう、エルツランド城内。
女王の私室において、ドタンバタンと何かが落ちる音が部屋の中に響き渡った。
部屋の主であるテラガラー女王は驚きで目を見開いており、今正に上から落ちてきたように見えた人物を見つめている。
「――痛ったた……お尻打った……あれ? ここどこ?」
「えーっと、あなたはいったい……?」
女王は一瞬、自分に害を及ぼそうという人物なのかと身構えたが、目の前の少女からはどうにもそういった気配はない。
寧ろ戸惑っており、自分の置かれている状況が分かっていないよう。
枯れ葉色の髪を頭の横で結い、目が大きく可愛らしい、十代半ばの少女。
そんな少女と目が合うと、向こうも何が何だかよく分かっていない表情で、お互いに戸惑いながら首を傾げる。
「陛下! 何かございましたか!?」
部屋の外でドンドン、と強めにノックされる音が響き、女王も少女も混乱の最中で何も言葉にできずにいた為か、失礼します、と騎士の一人が中に入ってきた。
騎士は少女を見るや否や、侵入者と断定したのか、瞬時に近づき少女の腕をねじり上げる。
「痛ったたたたたた!!! 取れる取れる! 腕もげるぅ!?」
「貴様! どこから入ってきた!?」
「おやめなさい! 乱暴にするのは!」
騎士に腕を掴まれ苦痛に声を上げている、年端も行かぬ少女を見て、痛ましく思い丁寧に扱えと騎士に指示を出す。
だが侵入者には変わらない為、少々手の力を緩めるに留まる騎士。
「と、とにかく、こっちに来い!」
少女は騎士に腕を拘束されたまま、部屋の外に連れていかれる。
何がなんだか理解できない様子で終始戸惑ったまま。
「え、え、ええ!? なに!? なにが起きてるのぉ!?」
枯れ葉色の髪の少女――カエデはオロオロしながら取り乱した口調でそう叫んだ。
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