初めての遠征


 カエデがベルブランカとの魔装具を使用した訓練を開始してから早数日。


 段々とこの世界に馴染み始めてしまっているが、本来の目的は離れ離れになってしまっている、ハルとリッカの捜索と元の世界への帰還。

 とりあえず元の世界への帰還は後回しにしつつ、ハルとリッカの情報を集めるために商業ギルドに依頼はかけているが、未だに有力な情報は入ってきていない。


 もうこちらの世界には来ていないのではないか、と考えることもある。

 ただ何となく、根拠は何もないのだが、二人ともこの世界に来ている。そう思えて仕方ない。


 とりあえず今は、テラガラー王家に尽くしながら商業ギルドの吉報を待つ毎日を送っているのだが―――。



「鉱山の町への慰問?」



 いつものように昼食を摂り終えたところに、ベルブランカから声がかかった。



「ええ、以前治療院で話を聞いていたと思いますが、炭鉱夫が盗掘者や魔獣に襲われる事件が頻発し、けが人が絶えない状況です」


「ああ、あのマッチョマン達・・・」



 治療院に入院していた、あの場に似つかわしくない屈強なマッチョマン達を思い出していた。



「今回、第一王子殿下が慰問を兼ねて、現場の状況確認の為、南部の山岳地帯にある鉱山の町アルパトへ訪問します。その同行に兄さんと私、それにカエデ、あなたも同行してください」


「第一王子様・・・」



 そういえば話には聞いたことはあったが、実際に会ったことはなかった。

 人物像を聞く限りだと質実剛健な気質で柔和で朗らかな女王とは正反対。

 国内外における政に関しての一切に関わっており、女王に代わって最終的な決定を下す場面も多い。

 しかしながら、各地から上がってくる陳情のみで判断することはなく、実際に現地を見て、聞いて、今後の方針を決めていくという。


 今回の鉱山の町への訪問についても、怪我を負った鉱山夫への慰問含め、町長と被害状況について摺合せ、必要な支援を検討していく為、とのことであった。



「それに私も付いてっていいの?」


「王都から出ることにはなるので、魔獣や盗賊などと戦闘になる可能性もなくはないです。護衛には十数人の騎士や私、兄さんも付きますが、戦える者は一人でも多い方が良いでしょう」


「ああ、なるほど!だから、この間騎士の人と戦ってみて、って言ったんだね」



 先日の、騎士の一人との模擬戦について、目的に関しては何の説明もなかったが、こういうことだったか、と納得。

 それに対してベルブランカは首肯。



「それも理由の一つではありますね。まあ、大抵は何事もなく終わることがほとんどですが。あとは、今後王族の方々が外出する際はカエデにも同行してもらう可能性がありますので、その予行練習も兼ねて、というところでしょうか」

「え、そうなんだ・・・」


「嬉しくなさそうですね」



 カエデは少しだけ戸惑ったような様子を見せた為、ベルブランカは意外、といった表情。

 確かに外に出られるのは冒険、といった感じでワクワクはしてくるが、またラピッドウルフのような魔獣が襲ってくるかもしれない、と思うと一概に喜べない。


 それだけでなく、盗賊ということは人間も襲ってくる可能性があるということ。

 人間相手に王族を守る為、命のやり取りをするかもしれない、ということの覚悟は、カエデにはまだなかった。


 そのことをベルブランカに言ってみると、肩をすくめられた。



「襲ってくる者は全て殺せ、とまでは言いませんが、ある程度は非情さを覚えないと、この世界では生きていけませんよ」


「・・・うん・・・」



 カエデにしては珍しく表情に陰りを見せる。

 それを見たベルブランカが少々焦ったように話を続ける。



「ま、まあ、そのようなことは滅多にないですし、敵の殲滅よりも王族を守護する、という役割に徹してもらえれば、問題ないです。それに、他国へ外交の為に訪問する機会も増えるので、ご家族の情報も得られる可能性もありますし」


「・・・ベル、もしかして励ましてくれてる?」


「・・・別に、事実を言っているだけです」



 プイッと口をつぐんでそっぽを向くベルブランカに、カエデはキュンとなった。

 そして後ろから抱き着く。



「やだもう、かーわーいーいー」


「やたら抱き着いてこないでください!」



 愛称で呼ぶことを許された時から、どんどん遠慮がなくなってきているカエデ。

 無理やり振りほどいたりはしない為、本当に嫌がっているわけではないようだが。



「いいねぇ、美少女達が仲睦まじくしている様子は。僕も仲間に入れてもらいたいね」



 そんな二人がじゃれあっている中、かかる声。

 テラガラー王家筆頭執事でありベルブランカの兄、アレンが話しかけてきた。

 その言い様にいやらしさは感じられないが、本性を知っているカエデとベルブランカは冷たい目をしている。



「何の用ですか、兄さん」


「何の用とはご挨拶だね、ベル。カエデさんに鉱山の町の件について話していたんだろう?僕も同行するからね、挨拶でもしておこうと思ってさ」



 そう言ってカエデに向けて微笑むさわやか美青年。

 なるほど、この笑顔に世の女性達は魅了された、ということか、とカエデは納得。



(イリーナさんも、陥落したんだもんなぁ・・・)



 先日会った、商業ギルドの美人担当者を思い出す。

 結局アレンの女性関係トラブルで、アレンが振られたようで、第一王子がギルド側に謝罪するという事件にまで発展したそうだが。


 最初は仕事ができる完璧超人イケメンというイメージだったが、女にだらしない浮気野郎という目でしか見られなくなってしまった。



「・・・」


「あれ?どうしてベルの後ろに隠れたまま、ちょっと警戒している目を向けるのかな?」


「兄さんの本性を知ったからじゃないですか?この間イリーナさんにもお会いしましたし」


「おお、そうなんだ!イリーナは元気にしていたかい?」



 至って普通に、何事もなかったかのように聞いてくるアレンに、ベルブランカから怒りが発しているのを感じる。



「厚顔無恥も甚だしいですよ、兄さん。私はまだ殿下に謝罪させたこと、許してませんから」


「ベル。大人には大人の事情というものがあるんだよ。きっとベルにもわかる時が来るよ」


「分からないし、分かりたくもありませんね。」



 吐き捨てるベルブランカに、どこ吹く風のアレン。

 顔立ちは似ている部分はあるのに、性格は正反対。喧嘩するほど仲が良い、というものなのか、見ていて飽きない兄妹だな、とカエデは思う。


 アレンは軽く咳払いし、本題に入る。



「冗談はさておき。これから青の国との国境付近の鉱山地帯に赴くわけだけど、往復の移動と滞在で数週間はかかる。当然殿下と四六時中というわけじゃないけど、常に側に控えていなければならない。問題ないかな?」



 先ほどまでの優しい雰囲気ではなく、どこか試すような物言い。

 きっと長期間の遠征が、という意味ではないのだろう。

 アレンの言葉には、最低限の自衛と、王族を守る為に行動することになる、という意味が暗に含まれている気がする。

 

 流されるままの結果ではあるが、曲がりなりにも王家に仕える者としての覚悟を問われているのだろう。

 長年、王家に仕えてきたアレン、ベルブランカにとって当然のことだろうが、多少この世界に馴染んできたとはいえ、王族に仕える者としての自覚があるか、と言われれば、当然無い。


 しかし―――



「―――私は女王様に助けてもらって、ベルに導いてもらって、今ではここのみんなが大好きです。私はまだ二人みたいに、自分の全部を女王様達の為に、みたいな考え方は出来ないけど、恩返しはしたいと思ってます。今回一緒に行かせてもらうことで、恩返しに繋がるのなら、喜んでお仕えします」



 そんな答えで良かっただろうか。合っていただろうか。

 けれどそれがカエデの本心。女王やベルの役に立つのなら、自分にできることはしたい、と。それが恩返しになると信じて。


 アレンは頷き、納得したような笑みを見せる。



「そうか、そうだね。なら問題ないよ。これからも王家と、ベルの助けになって欲しい」



 どこか安心したようなアレン。口では友好的なことを言いながらも、カエデのことを信用しても良いものか、判断が付かなかったのだろうか。

 納得してもらえたようで、カエデも安心。


 だが、そのやり取りにベルブランカは不満げ。



「試すようなことを言わないでください、兄さん。私が同行しても良いと判断しているのです。問題などありません」


「そういうことではないけれど、まあそうだね。ごめんごめん。しかし、あれだけツンツンしてたベルが、こんなにデレデレになるなんて。よっぽど初めての友達が嬉しいんだね」


「なっ!?」



 アレンはうんうん、と感慨深くうなずき、ベルブランカは二の句が継げないでいる。

 常に冷静沈着なベルブランカが翻弄されている。中々珍しい光景だった。



「もう知りません。カエデ、出発は三日後ですので、準備と引継ぎを済ませておいてください」


「あっ、ベル!」



 ベルブランカは眉間にしわを寄せ、これ以上話したくはない、と言うように怒って立ち去ってしまった。

 そんな様子をアレンは苦笑しながら眺めている。



「アレンさん、ベル怒っちゃいましたよ」


「くっくっく、大丈夫。いつものことだよ」



 いつもベルブランカはこんなやり取りをされているのか、と少々不憫に思う。



「ごめんね、ベルが問題ないと判断したのだから、大丈夫だと思っているんだけど、やっぱり僕も見極めておきたいからね」



 アレンは改めてカエデに謝罪。

 ベルブランカに預けられたとはいえ、王族の側に置いておくに問題ない人物か、王族を守護するに相応しい人物か、アレン自身も見ておきたかった、と。


 どうやらアレンもベルブランカも、カエデを認めてくれているらしい。



「いえいえ、アレンさんの立場的に当然だと思います」


「そう言ってもらえると助かるよ。さっきも言ったけど、ベルは子供の頃から王家に尽くしてきたから、友達と呼べる人はこれまでいなかったんだ。これからも仲良くしてあげてくれると嬉しいよ」


「はい!もちろんです!」



 笑顔で大きくうなずくカエデに、嬉しそうに微笑むアレン。



(二人と初めての遠出かー。なんだか楽しみになってきた)



 遊びに行くわけではないが、ベルブランカやアレンとの遠征に、とてもワクワクしてきていたカエデであった。



―――――――――――――――――――――


(おぉー、本物の王子様だー)



 カエデが初めてテラガラー第一王子の姿を見た時、そんな月並みな感想しか出てこなかった。


 鉱山の町への出発当日の早朝。

 カエデはベルブランカとともに、馬車の前で待機していた。

 割と朝が早く、あくびをかみ殺していたら、隣のベルブランカから小突かれたりしていた。

 そんなところにアレンを引き連れて第一王子は現れた。


 黄の国テラガラー第一王子、グランディーノ・アスファル・テラガラー。

 朝日に輝く金の髪をたなびかせ、さっそうと歩くその姿は威風堂々としている。

 年の頃は二十代半ばか、アレンよりも少し年上のよう。

 慈愛の聖母と呼ばれる柔和な雰囲気を纏う女王とは違い、厳かで凛とした佇まいは得てして近寄りがたさもある。


 アレンと並び立つ様はある種絵画のような美しさがあった。



「お前がカエデか」


「は、はい!」



 刺すような視線に、聞く者をすくませるような声色。

 誰とでも分け隔てなく接する流石のカエデも、気安く会話ができるような人物ではないことが分かる。

 緊張しながら答えることしかできなかった。


 そんな様子を見たアレンがクスクスと苦笑。



「殿下、そのように威圧なさると女の子は引いてしまいますよ」


「別に威圧はしていない」



 ジロリと非難めいた視線をアレンに投げるグランディーノ。

 改めてとでもいうように、一つ咳払い。



「お前のことはアレンやベルブランカから聞いている。治療院での一件はご苦労だった。これからも王家の為に尽くしてくれることを期待する」


「あ、はい!ありがとうございます」



 グランディーノはそれだけ言って早々に馬車に乗り込んでいく。

 女王がフレンドリーに接してきてくれるので勘違いしそうだが、あれが王族として上に立つ者の立ち居振る舞いなのだろう。

 威圧感は感じたが、悪い人、嫌な人というような感じはしなかった。



「ごめんね、殿下はベルと一緒で愛想はないけど、ちゃんとカエデさんのことは評価はしてるから」


「不敬ですよ、兄さん。というか、殿下を私なんかと一緒にしないでください」



 ベルブランカは不満げに口をとがらせる。

 聞くと、アレンとベルブランカは幼少期の頃から王家に仕えているのだという。

 アレンの第一王子に対する気安い言動も長年の関係からなのだろう。



「いえ、気にならなかったですよ。それにベルとも仲良くなれたんですから、今後に期待です」



 両手をグッと握って意気込むカエデ。

 ベルブランカは別に仲良くなんて・・・、とゴニョゴニョつぶやいているが、二人の耳には届いていない。



「うんうん、そうだね。一度信頼を得られれば大きな後ろ盾になってくれるから。今回の遠征でいい所を見せられればいいね」


「いつまで喋っている。早く乗れ」



 いつまで経っても乗り込んでこない三人に、馬車の中から呆れたようなグランディーノの声。

 ドタバタと、三人は慌てて馬車に乗り込んだ。



―――――――――――――――――――――


 青の国との国境付近にある鉱山地帯。


 いたるところからツルハシで採掘する甲高い音や、岩を砕くような粉砕音が聞こえてくる。急勾配の崖の各所に坑道に入る為の入口がいくつも開かれている。


 そんな山々を眺望できる崖の一画に、白髪の初老の男と赤紫の髪の女が、黄の国の王都がある方角を見据えていた。


 赤紫の髪の女―――メイリアの周りには数体の鷲のような魔獣が翼をはためかせながら、周りを飛び交っている。

 その内の一体を腕に乗せ、視線同士を合わせ、メイリアは口元をほころばせる。



「ゲラルトの読み通り。動き出したわ。さすが元守護騎士団『トパーズ』副団長」


「・・・昔の肩書で呼ぶのはよせ」



 メイリアは白髪の初老の男―――ゲラルトのかつて所属していた騎士団の名前を出す。ゲラルトは忌々しそうに顔を歪め、メイリアは気にした様子もなくヘラヘラしている。



「それよりも貴様の方は問題ないのだろうな?」


「もちよ。もちのろんよ。なあ、あたしの可愛い家族達!」



 メイリアの声に呼応するかのように数体のラピッドウルフが崖を駆けのぼり雄叫びを上げ、鷲のような魔獣―――ストームイーグルが空を旋回し、甲高い鳴き声を上げる。


 その後、地響きと共に岩に擬態していたロックゴーレムが姿を現す。

 本来であれば、人間を見れば本能的に襲い掛かるはずの魔獣は、ゲラルトやメイリアに襲い掛かる様子はなく、むしろ付き従うように、命令を待つかのように控えるのみ。

 メイリアはその魔獣達を愛おしそうに頭を撫でていく。

 そしてそのうちの一体。ラピッドウルフの背に飛び乗った。



「よーし!じゃあ、お楽しみの蹂躙パーティーだ!いくぞ!



 メイリアの号令と共に、魔獣達は勢いよく崖を駆け下りていった。

 目標は、鉱山の町アルパト。


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