覇導流薙刀術


 商業ギルドからの帰り道。

 カエデは手ごたえを感じていた。



(段々とベルブランカさんがデレてきているのを感じる)



 一か月前は不審者扱いでかなり当たりが強かったが、先ほどの態度を見るに、徐々に心を開いていっているのではないか、と。

 ちなみに、ギルドでのベルブランカの発言は、カエデの中ではこう変換されていた。



「人探しに協力するのは女王陛下が言ったからなんだからね!勘違いしないでよね!」



 美少女メイドのツンデレ可愛すぎる、とカエデの顔はだらしなく緩んでいた。



「何を変な顔しているのですか。行きますよ」


「おっとっと」



 いつの間にか城に着いていたようで、門番の騎士からは怪訝な顔をされていた。

 トトトッと小走りでベルブランカの後を追う。



「あ、カエデちゃん、お疲れー。ベルブランカさんも、お疲れ様です」


「あ、お疲れー!」


「あ・・・、はい・・・お疲れ様です」



 すれ違いざまにメイド仲間の一人と挨拶を交わすカエデ。

 ベルブランカは面食らった顔で返答していた。



「どうしたんですか、ベルブランカさん?


「いえ・・・何でもないです」



 カエデは不思議に思いながらも、ベルブランカの隣に並ぶ。

 城の使用人控室までの通路を歩きながら、カエデがそれにしても、と口を開く。



「素敵でしたね、イリーナさん。私から見ても飛び込んでみたいと思わせる魅力がありますね」



 どこに、とは言わずもがな。

 多少仲良くなれた(と、感じた)ので、今なら世間話もしてくれるのでは、と、カエデは話を振ってみる。


 少し前は話しかけても、必要な会話以外は、はい、いいえ、スルーされるの、どれかだったが、性懲りもなくまたアタックしてみる。



「・・・そうですね、仕事も丁寧で得られる情報も正確なので、信頼してます」



 キター!

 カエデの心の中ではファンファーレが鳴っていた。

 これまでずっとそっけない対応だったのが、ようやくまともな対応してくれるようになった、と内心感動。



「っ!ですよねー、あれは世の男ども放っておかないと思うんですよねー。きっと引く手あまたですよねー。あ、アレンさんなら美男美女でお似合いじゃないですか?」



 キラキラした王子様風イケメンである、ベルブランカの兄のことを思い出した。

 きっと眩しすぎる尊いカップリングになることだろう、とカエデは頷く。


 しかし、それは致命的な失言であったことをすぐに思い知らされるハメになる。



「・・・一時期、兄と交際していたことがあります。短期間で兄が振られたらしいですが」



 一瞬にして空気が凍った。



(や、やらかしたあああ!!!)



 カエデの心象風景が極寒の冬景色に様変わりした。

 せっかくまともに話をしてくれるようになったというのに、話題のチョイスをしくじってしまった。


 ベルブランカは能面、かつ冷め切った目をしている。



「身内であることが恥辱の限りですが、兄は女性関係には物凄くだらしがないです。相手が貴族だろうがメイドだろうがお構いなしですから」


「あー」



 そういえば初対面の時、速攻で手を握られ、ナンパまがいのことをされたっけ、と思い出した。

 なら振られた理由は十中八九女性関係だろう。あまり詳しく聞くのも憚れる。



「イリーナさんは商業ギルド、ギルドマスターの一人娘でもあります。容姿端麗、品行方正、貴族からも求婚されることも多かったとか。そんな人が何故あんな愚兄に惹かれたのか未だに謎ですが・・・」



 最終的にはアレンが振られた、と。

 そんな背景があったなんて、先ほどのやり取りの中では何も感じられなかった。

 仕事上とはいえ、振った男の妹と、その妹。それでやり取りしなければならない二人の心境は計り知れない。



(あ、だからか!ギルドに行くって言った時、ベルブランカさんの気が重そうに見えたのは!)



 ようやくあの時のベルブランカの表情の意味が分かった。



「当然、話を聞いたギルドマスターは激怒。王家とギルドの関係が悪くなるところでした。非公式ながら第一王子殿下がギルドマスターとイリーナさんへ謝罪し、結果的には当人同士の問題として大事にはならなかったのですが・・・」



 言っていて当時のことを思い出したのか、仏頂面が段々と般若の様に怒りに染まっていく。

 怖すぎてカエデは直視できない。



「殿下に謝罪させるなど、家臣としてあるまじき行為です。王家の顔に泥を塗った、最大の愚行です。我が兄ながら心底情けない・・・。なので、あなたもホイホイ着いていかないようにしてください。女の怨敵のような人なので」



 はーい・・・気を付けまーす・・・、としか答えられなかった。

 身内に対して散々な物言い。それだけアレンが女性関係にだらしないということなのだろうが。



「・・・喋りすぎました、忘れてください」



 上がりつつあった好感度が一気に下がった気がした。

 せっかくちょっとずつデレ始めたところだったのに、振出しに戻ったようである。



(あぁーもう!アレンさんのせいだ!)



 少々八つ当たり感はあるが、カエデはそう思わずにはいられなかった。

 しばらくは、ベルブランカの前でアレンの話題はしないようにしようと思う、カエデであった。



「あ、騎士さん達が訓練してますね」


「そうですね」



 割と無理やりな話題転換ではあるが、何でもいいから場の空気を変えたいカエデは、目についたものを話した。


 城内の中庭で、騎士数人が戦闘訓練を行っている。

 剣の素振り、打ち合い、その風景はハルと共に過ごした道場での日々を思い起こさせていた。

 ほんの一か月前くらいのことが、だいぶ大昔の出来事のよう。



(そういえばしばらく、薙刀握ってないなあ・・・)



 手をニギニギしながら薙刀の感触を思い出す。

 この生活に慣れるのに必死で、そこまで頭も回っていなかった。



(もっとしっかり稽古してたら、頭が真っ白になることもなかったかな・・・)



 魔獣を前にして咄嗟に動けなかったことが頭をよぎる。

 子供が目の前で食い殺される、という最悪な未来は回避できたものの、自分の無力さに心が沈む。

 そうしているうちに騎士の一人がこちらに気づいたのか、声をかけてきた。



「メイド長殿、お疲れ様です。治療院での一件は聞きました。ご無事で何よりです」



 治療院の魔獣襲撃事件のことは、城内でも既に周知の事実になっているのだろう。

 騎士のねぎらいに対して、問題ないとベルブランカは首を振った。



「流石です。筆頭執事殿もメイド長殿も、騎士である我々よりもお強いですからな」


「ええ!?そうなんですか!?」



 アレンもベルブランカも、城の騎士よりも強さで優っているという。

 魔獣を一撃で倒したベルブランカの強さは目の当たりにしていたが、それが城の騎士よりも強い、という事実は初耳だった。



「陛下や殿下の護衛も司る職務上、戦う力は保有してなければなりませんので」



 聞けば騎士団は王都を守る為、個の力よりも仲間との連携に重きを置いた、対集団に特化した戦力だという。


 しかし個の力、という部分においてはベルブランカやアレンが頭一つ抜きん出ており、騎士団に配属されるよりは王族の専属執事やメイドとして、従事させた方が良いという第一王子の判断があったらしい。


 そもそも、王族の使用人の家系ということもあり、本人達もそれ以外の道は考えていなかったようだが、



「よろしければ、またご教授いただけませんか?」



 そう言って騎士は背後の訓練中の騎士を指さし、ベルブランカを誘う。



「申し訳ありませんが、この後殿下の元に伺わねばなりませんので」



 ベルブランカは騎士に断りを入れ、それは残念、と騎士は苦笑。

 カエデは怪訝な顔で隣のベルブランカに視線を送る。



「ベルブランカさんもこういう訓練するんですか?」


「ええ、たまに混ざりますね。先ほども言ったように、私と兄さんは陛下や殿下の護衛で同行することもありますので、ある程度の戦闘訓練は積んでます」



 ほへぇ、とカエデは気の抜けた返事。

 だが確かに、今日のようなことがまた起きるかもしれないのであれば、戦闘訓練は必要かな、とカエデも少し体を動かしたくなってきていた。


 気が付くと、ジッとベルブランカがカエデを見つめていた。



「カエデ。あなた、武術の心得がありますね」


「へ?ま、まあそうですね、よくわかりましたね」



 特に薙刀のことは言ってなかったと思うが、どこかで話でもしていただろうか。



「魔法も使えないのに、魔獣に対して槍一本で時間を稼いでいたのです。武術に関して全くの素人というわけではなない、と思いましたので」


「おぉ、流石ですね・・・」



 だが急に何故そんな話になったのだろうか。

 疑問に思うカエデに、ベルブランカは騎士達が訓練している方に目を向ける。



「少し、どの程度あなたが動けるか見せてもらえますか。」


「ええ!?それは、私が騎士の人達と戦ってみて、ということですか?」


「そうなります」



 体を動かしたいとは思ったものの、現役の騎士達相手に元の世界の動きは通用するのだろうか。

 実際、魔獣相手にはほとんど通用していなかった。



「何を気にしているのか分かりませんが、別に騎士の方達を打ち負かしてこいなんて言ってないのですから。どうしてもやりたくないというなら、構いませんが」



 カエデの心情を読んだベルブランカがそう声をかける。

 確かに気楽にやってみればいいか、と気持ちを切り替えてみる。



「わかりました!不肖、このカエデ!騎士さんに全力で胸を借りに行きます!」


「ということなので、お願いできますか?」


「ははは。ええ、もちろん。良い気概です。では、こちらに」



 カエデは騎士に促されるまま、その後をついていく。



「では、軽く打ちこみから始めたいと思いますが、その前に魔装具は持っていますか?」


「あーまだ持ってないですね」



 いずれはコントラクト・カラーリングを受けて、魔法を自由に使えるようになりたいので、必ず魔装具も手に入れようとは心に誓っている。

 いつか、ハルがバカにした爆発攻撃もできるようになるかもしれない。

 そう思うと楽しみで仕方がない。



(っと、そんなことよりも)



 カエデは立てかけられてあった訓練用の長槍を指さした。



「あれ、借りてもいいですか?」


「ええ、構いません」



 カエデはその長槍を手に取った。自身の身長よりも少し長い。使っていた薙刀よりも重いが―――



「ふっ!」



 振れないことはない。

 以前までは毎日のように薙刀を振っていた、その動きを思い出す。

 振り下ろす、薙ぐ、突く、

 流れるように、ゆっくりと慣れ親しんだ型の動きを再現していく。



(うん、大丈夫そう)



 メイド服も動きづらいかと思ったが、あまり気にならない。

 防具もないが問題なし、とカエデは穂先を前に構えた。

 その様子を見ていた騎士は、ふむ、とつぶやき、こちらも訓練用の剣を構える。



「なるほど。言うようにずぶの素人ではないようですね。では始めてみましょう」


「わかりました!」



 いつもハルとの稽古の時は、軽く目で追える程度の速さで打ち合っていた。

 それと同じように、何度も槍を振るう。

 鉄と鉄が弾きあう甲高い音が中庭に響き渡る。


 気づけば他の騎士も興味深そうにカエデの動きを見物している。

 ベルブランカもまた、その様子を何事か考えるように見守っていた。



「よし、ではメイド長殿も気になっているようですし、軽く試合形式でやってみましょう。刃は潰してあるから遠慮なく打ち込んできて構いません」


「はい、お願いします!」



 カエデは深く深呼吸し、試合に臨む意識に切り替える。

 力強く踏み込み、その勢いのまま槍を薙ぐ。



「おお!?」



 騎士が防いだ一撃は、予想外に重かったか。

 面食らったように、その表情を変える。

 そして間髪入れず、追撃、追撃、追撃―――



「っ、面白い!」



 カエデのことごとくの薙ぎを防ぎ、軽く反撃の袈裟切り。



「っ―――」



 もちろん当てるつもりなどなかったが、カエデはこれをいなすように受け流し、カウンターの一閃。


 騎士は難なくこれを受け止め、再び弾き返す。

 流れるような槍の連撃は捌かれ、未だに一撃は入っていない。



(こんなんじゃダメ・・・)



 こんな普通の攻撃じゃ、あの魔獣は倒せない。

 今日対峙したラピッドウルフは、この程度は避けるし、ダメージも入らない。

 それに、あの時は体が委縮して、これまで修めてきた薙刀の技が一切出せなかった。



(今度こそ出し切る!)



 元の世界で、ハルと共に学んだ薙刀の型。

 それがこの世界で通用するのか、ましてや人外の魔獣に対して有効なのか分からないが。それでも、これまでの自分の努力を信じて―――


 カエデは腰を深く落とし、足に力を込める。



覇導一薙はどうひとなぎいち ―――』



 ハルと共に修めたのは、覇導流という流派。

 ハルは剣術だが、カエデは薙刀術。

 幼い頃に剣術を学び始めたハルを見て、なんか楽しそうという理由で自分も、と言い出したが、女子なら薙刀だろう、というハルの祖父の勧めで、薙刀を習っていた。


 それが性に合っていたのか、元々の運動神経の良さもあってか、メキメキと実力を付け、大会でも名を馳せるようになった。


 そんなカエデの最も得意とするのは突き技。

 覇導流は動物の動きを参考にする流派。

 ハルの祖父がある動物を見たことを参考に、極限まで速さを追求した型。



『―――猟豹りょうひょう突き』



 爆発的な踏み込みと共に、繰り出される一撃。

 騎士は咄嗟に素早く身をよじろうとするも、回避は間に合わず。

 数メートルの間合いから瞬時に目標を貫こうとする高速の槍は、訓練用の槍であったことが幸いしたか、騎士の甲冑を貫くことはなく、その衝撃のみが突き抜ける。



「あ・・・」



 放った後に我に返り、割と本気で技を繰り出してしまったことに気づき、慌て出すカエデ。



「ご、ごごご、ごめんなさい!!怪我してないですか!大丈夫ですか!?」


「あ、ああ、問題ないです」



 騎士は戸惑いながらも剣をしまい、突き技をもらった甲冑の胸部分に手を当てる。

 カエデは久々の試合で調子に乗ってしまったと反省。

 そそくさと訓練用の槍を騎士に返す。



「良き技です。瞬きの内に、気づけば胸を貫かれていました。メイドでなく、騎士団に欲しいくらいです」


「え、いやぁー、それほどでも・・・」



 薙刀を習っているときは、あまり褒められることがなかったので、掛け値なしの称賛にまんざらでもない表情を見せるカエデ。



「ですが、そろそろ戻った方が良さそうですね。メイド長殿が凄い顔をしています」


「え・・・?」



 振り向くと、いつもより更なる仏頂面で眉間にしわを寄せているベルブランカがこちらを見ている。見ようによっては睨まれているようにも思える。



「ま、まずい・・・なんかダメだったかな・・・?」



 ダダダッと駆け足でベルブランカの元に戻り、アワアワしながらベルブランカに問いかける。



「ど、どどど、どうでしたでしょうか?」


「ええ・・・いえ、よくわかりました。お疲れ様です。騎士団長もありがとうございました」



 それだけ言って、スタスタと歩いて城の中に入っていってしまった。

 おいて行かれたカエデはポカーン。結局何故カエデの動きを見たかったのか、全く分からない。



「な、なんかダメだったのでしょうか・・・?」


「いえ、私にもわかりません」



 何が何だかわからず涙目で訴えるカエデに、こちらも何もわかっていない騎士が答える。



「えぇー!なんでー!!?」



 少し仲良くなったと思いきや、全く理解できないベルブランカの行動に、頭を抱えながらのカエデの叫びが中庭に響き渡った。

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