第45話 旅の終着点と
「お願いだから、あたしをここでやとってくれよ」
そこそこおおきな声でそんなことを言って、いわゆる土下座をしているのは、赤い長い髪を後ろで一つの三つ編みにしている女だった。服装は皮鎧っぽいものを身に着け、動きやすい細身のズボンをはいていた。8のつく階層にしか現れないダンジョンの街であるから、5階で回復を選んだか、モンスターとの遭遇を避けまくってここまでたどり着いたのか、なんにしても身体能力はそれなりに高いのだろう。
「なあ、お姉ちゃんよ。そんな風にお願いされても俺たちだけじゃ決めらんねえんだよ」
困ったように頭をかきながら、ジャックはバトルホースの背中に立つゴーレムを見た。ゴーレムの頭の後ろには16の番号が書かれていた。聞いた話によると、10~19までのゴーレムがジャックたちリスモンの街の住人をサポートしているのだそうだ。
「どうして、あんたたちは失われた大陸の住人なんだろ?吹き飛んだ大陸がダンジョンになったんじゃないのか?」
顔を上げ、まっすぐにジャックを見つめてきた。今、口にされたことは、リスモンの街の住人がダンジョンに現れたあたりから噂が流れ始めたことだった。
「そいつは間違いだ。俺たちの住んでいたリスモンの街は海底に沈んでいるよ」
「じゃあ、なんで」
「海底に沈んでいた俺たちをアルトルーゼ様が見つけてくれたのさ。住むところと仕事を与えてくれたんだ。戦争が悲惨すぎてアルトルーゼ様は悲しんでいるからな。俺たちはこの世界の神であるアルトルーゼ様を信仰することで許しを得て、いずれ大陸を直してもらうんだよ」
ジャックがそう言うと、女は困った顔をして、バトルホースの背中に乗るゴーレムをじっと見つめた。ゴーレムの顔にある大きな一つ目玉に女の顔が映り込む、そして、その大きな目玉はカメラの役割を担ってもいるわけで、その様子をモニターで高橋が見つめていた。姿勢はいつものようにサングラスの司令官風だ。
「これはついに来たね。移住希望者」
高橋は意気揚々と石人形に連絡をした。
そうして30分後、街の教会に高橋とモリス、ジャックとそれから土下座の女が集まった。
「あたしはサリナ、冒険者をしていたんだけど、この街のうわさを聞いて移住したいと思ってきたんだ」
誰に向かって話せばいいのかわからなかったサリナは、高橋とモリスの方を向いて簡単な挨拶をした。最初にジャックに声をかけたのは、バトルホースと一緒にいてよく見えたからだ。さすがに街中で働いている人にお願いなどしたら、即刻叩き出されることぐらい目に見えていたし、うわさに聞くゴーレムにどこかに飛ばされてしまうかもしれないと懸念したからだった。
「サリナさんですか」
返事をしたのはモリスだった。結局、モリスの父親が治世者であったから、そのままその立場をモリスが引き継いだのだ。もっとも、税を徴収したり、争いごとをいさめたり、学校を開いたりなんてことはしていない。このダンジョンの主である高橋との仲介役をしているだけだった。
「サリナさん、私たちは戦争で失われた大陸に住んでいました。街の名前はリスモン。アゼクスト王国の西の方にあった街です」
高橋は今初めて国の名前を聞いたので、ちょっと驚いていた。なにしろこの世界の神であるアルトルーゼは、まったくもってこの世界に興味関心がなさ過ぎて、吹き飛んだ二つの大陸にどんな国があったのかさえ知らなかったのだ。もちろん石人形たちが可能な限り調べてはくれたのだが、言語や貨幣が統一されていたせいか、貿易などはしていたけれど、取引先の商会の名前程度しか書き記されていなかったのである。
「アゼクスト王国……あたしはその、帝国の出身で、孤児だったんだ。戦争で親が死んじまって、安全に生きるために船でフィンデール王国にわたってきたんだ」
サリナの口から新しい情報が来た。どちらかの大陸に帝国があったことは聞いていたから、帝国から船でフィンデール王国に来たといううことは、おおざっぱな世界地図で見たところ、地球でいうところのユーラシア大陸からオーストラリア大陸に向かったようなものなのだろう。つまり、アゼクスト王国があったのは、地球でいうところのアメリカ大陸みたいなものになる。
「そうなのか、すまないな違う大陸で」
「いや、勝手に期待していただけだから……」
サリナは少しだけ目線を下げたものの、ずっと黙って立っている高橋のことが気になって仕方がなかった。何しろ服装が違うのだ。一目で質のいいものだとわかるのに、あまりにもシンプルで、下手をすれば王都の平民より簡素すぎると言ってもよかった。
「住みたいなら住んでもいいよ。ただし、仕事は俺が決めるけど」
見られていることに気が付いたのか、高橋が口を開いた。
それを聞いてモリスが驚いた顔をした。
「仕事があるのですか?」
「うん、まあ、今後のことを考えてのことだから、みんなの前で説明させてもらえるかな?」
「はい、主さま。みな仕事がありますので、夜でもよろしいでしょうか?」
「それでいいよ。夕飯が終わってからだね。子どもたちには俺が紹介しておくけど、この人を受け入れていいんだね?」
「それはもちろん。主さまがお許しになられたことに我々が否などいうはずがございません」
モリスの言葉にジャックも頷いた。そうして二人はそれぞれに仕事に戻っていった。今夜集まるという話は、ゴーレムによってすぐさま伝えられたのであった。
「さて、サリナさん」
「はい」
思わずサリナは姿勢を正した。先ほどの話の流れから言って、目の前に立つ細身で黒髪の男はこの街ではなく、ダンジョンにおける最高位に付く男である。なぜなら、街の住人であるモリスとジャックが『主様』と呼んでいたからだ。それは他でも聞いた言葉である。そう、このダンジョンや宿屋や食堂で見かけるゴーレムたちだ。つまり、この男はここにおける絶対者なのだ。
「子どもたちが教会の隣に集まっているんだ。夜は大人たちに会えるから、昼間は子どもたちね」
前を歩く高橋の後をついていけば、確かに教会らしき建物が見えた。その横には平屋の大きな窓が付いた建物があった。その周りにでは子どもたちが数人剣を振っていて、指導をしている多くな男の頭には茶色の毛におおわれた丸い耳が付いていた。つまり、ダンジョン内で弁当を売っていたホムンクルスの仲間ということだ。
「あ、主だ」
「主さまだ」
「主さまが、誰か連れてきた」
「くまお、あれは誰?」
「主、こんにちは」
子どもたちが口々に言ってくることに、高橋は手を振ってこたえると、そっと建物の扉を開いた。
「ここは靴を脱いではいるんだよ」
高橋に言われてサリナも靴を脱いだ。中には小さなテーブルが置かれ、壁際には本棚があった。文字の一覧が貼られているのを見て、学校なのだと理解したが、もう一枚貼られた数字の書かれた紙が良くわからなかった。奥の方に毛布を掛けて眠る子どもと、本を読み聞かせているもう一体のホムンクルスがいた。外にいたのと同じ形の耳が頭についていた。
「主、そちらの方は?」
読んでいた本から目線を外し、まっすぐにサリナを見てきた。そのまなざしは今まで見てきた魔物よりも恐ろしく感じてしまった。
「この人はサリナ、新しくこの街の住人になるんだよ」
高橋がそう言うと、子どもたちが一斉にサリナのそばに集まってきた。
「お姉ちゃん、どこから来たの?」
「お姉ちゃん一人なの?」
「主からおうち貰った?」
「ここのおやつおいしいんだよ。一緒に食べるの?」
「お姉ちゃん冒険者?剣は本物?」
サリナを囲む子どもたちは年齢も性別もばらばらではあるが、みな一様に小さく痩せていた。
「あ、あたしはサリナ。フィンデール王国から来た。冒険者をしていたんだ」
サリナが何とか答えているうちに、子どもたちに押されて奥に連れ込まれてしまった。
「ここに座って、もうすぐおやつの時間だから、お話して」
サリナを座らせたのはリンカだ。自分のクッションを渡し、サリナの隣に座る。
「私はリンカ。私たちの住んでいた街は海の底に沈んじゃったのよ」
そんなことをあっさり言われ、サリナが戸惑っていると、目線のあったくまみがほほ笑んだ。サリナはここの住人と同じなのだ。
「そうか、あたしはフィンデール王国に来る前は帝国にいたんだ。戦争で家族が死んでしまって、住む場所がなくなったからフィンデール王国に行ったんだ」
「じゃあ、俺たちと一緒だな」
「お姉ちゃんの住んでいた街も海に沈んじゃったの?」
「ああ、そうだな」
沈む前にフィンデール王国に来てしまったから、サリナには実感はないが、あの日、巨大な黒い煙が世界の空を覆っていたのは見た。荒れ狂った海は黒く気味が悪かったのを覚えている。
「主さまがおうちくれた?」
「それはまだだ」
「おうちすごいんだよ」
「風呂ついてんだぜ、お湯が出るんだ」
「ベッドはふかふかなの」
「それは凄いな」
子どもたちの言っていることは少々大げさなのだとサリナが自分に言い聞かせていると、がらりと扉が開いて高橋が何かをもってやってきた。
「「「おやつだー」」」
子どもたちが歓声を上げると、寝ていた子どもも起きてきた。
「今日はカップケーキだよ。温かいミルクと一緒にね」
焼きたてらしいカップケーキはまだ温かく、子どもたちは温められたミルクと一緒に堪能していた。
「こんなおいしいものが食べられるのか?」
パンケーキとは違い、手のひらサイズの小さなケーキにサリナは驚いた。甘くやわらかで、嗅いだことのないパンとは違う香ばしい匂いがした。
「なんていいにおいなんだ」
サリナがカップケーキの匂いを嗅いでいると、高橋が嬉しそうにほほ笑んだ。
「砂糖が入っているから甘い匂いが混ざっているんだよ」
言われてもう一度匂いを嗅ぎ、それからサリナはかじりついた。
「おいしい」
ふわふわとして甘く、柔らかな食感にサリナは感動しつつも口が止まらなかった。温かなミルクはほんのりと甘かった。こんなに温かでおいしいおやつを食べたのは初めてで、サリナの目から涙が流れ落ちる。
「お姉ちゃん、泣くほどおいしかった?わたしもね、初めて食べた時泣いちゃったんだ」
隣の座っているリンカがハンカチを差し出してくれたので、遠慮なく使わせてもらった。
「うん、おいしいよ。誰かと一緒に食べることがこんなに嬉しいことだと忘れていたよ」
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