第39話 誰もいませんが誰かはいます
「お客様?如何なさいましたか?」
フラフラと街を歩いていたマジルの前に人がひょっこりと現れた。マジルが驚いて立ち止まり、相手をよくよく見てみれば、その頭には長い耳が立っていた。少し長めの前髪に黒ぶちのメガネ、その中には赤い目があった。
(ま、魔物?いや、でもこいつ喋った?)
マジルが驚いて身動き出来ないでいると、目の前の長い耳を持つ男はにっこりと微笑んだ。
「主の言っていたお客様ですよね?道に迷いましたか?僕主に作られたうさぎ獣人タイプのホムンクルスです。名前はないので『うさお』と呼ばれてます」
ぴょこんと頭を下げると、長い耳がへにゃりとたれて、再び頭の上でピンッと立った。
「ホムンクルス?あえ、っと、魔物じゃねぇのか」
「そうですね。僕たちは主に作られてここで働いていますよ」
「ここ?」
「はい。ここです」
マジルは言われて辺りを見渡した。先程から全く人の気配を感じない。目の前にいるうさおと名乗るホムンクルスの言うことが正しいのであれば、この街に人は住んではいないらしい。
「ここに俺は住めるのか?」
「はい。住めます。好きな職業に着くことが出来ますよ」
「職業?」
「はいそうです。主曰く、働かざる者食うべからず。だそうです」
「働く……」
マジルは通りに見える看板を見た。色々な店があるようだが、どこにも誰も居なかった。だが、店の中にはきちんと商品が並べられていた。雑貨屋には紙やペン、髪飾りなどが並べられているし、パン屋には焼きたてのパンが並べられ、八百屋には新鮮な野菜が並んでいた。だが、誰もいないのである。
「これ、買えるのか?」
マジルは恐る恐るうさおに聞いた。
「買えますよ。ただし、この街で使えるお金はダンジョンで手に入れたお金だけです」
言われてマジルはしばらくの間言葉の意味を理解できなかった。そうしてしばらく立ち尽くし、ようやく理解できた。
「ダンジョン?おい、今ダンジョンって言ったか?」
「はい、言いました」
そう言ってにっこりと微笑むうさおをみて、マジルはその場に座り込んだのだった。
「あれぇ、大丈夫ですか?もしかしてお腹が空いているんですか?」
ホムンクルスであるうさおはお腹が空くと言う感覚は知らない。だが、ダンジョン内で遭遇する冒険者たちが、うさおの販売する弁当を食べて「力がみなぎる」とか「元気が出た」とか口にするので、人というものはお腹が空くと力が出なくなるのだと解釈していた。
「……あぁ、うん。腹は減ってるかもなぁ」
マジルは力なく答えた。腹が減っているのは間違いない。海底に落ちてから、腹一杯になったことなどないのだから。
「それじゃあ、食堂に行きましょう。主の作ったご飯はとっても美味しいんですよ。冒険者たちにも大人気なんです」
「ぅあ、は?冒険者?今、お前冒険者って言ったか?」
「はい、言いました。冒険者の皆さんは、ダンジョンを冒険しているので、屋台を引いて売りに行くんです。ダンジョンで稼いだお金しか使えないから、皆さんお弁当を買うために必死でモンスターを狩るんですよねぇ」
そんなことを言いながら、うさおはマジルを抱き抱えて食堂へと軽快に走っていく。ホムンクルスであるから、マジルを重たいとも思わないらしい。
「つーきまーしたー、食堂でーす」
マジルをそのまま椅子に座らせ、勝手に注文を通してしまった。
「お、おい!俺はここで使える金なんて持ってねぇぞ」
先程聞かされた話を思い出し、マジルは慌てた。だが、うさおは全く気になどしておらず、ニコニコと笑いながらマジルの前に水の入ったコップを置いた。
「僕この食堂で働いているんです。料理を作っているのは主の作った石人形たちで、とっても上手なんですよ」
マジルは目の前に置かれたコップを見つめた。コップの感じから言って中の水はとても冷えている。しかし、水はどこの店でも有料だ。まして、こんなに冷えているのなら、値段だってそれなりにするはずである。
「あ、水はねタダだから、気にしないで」
耳に届いた言葉にマジルはすぐさま反応した。
「水がタダだってぇ!」
思わず叫んでしまってのは、この10年ほどの苦労のせいだ。海底に沈み、死ななかったものの暮らしぶりは散々だった。家族である両親は死んでしまい、ひとりぼっちになったせいで、日々誰かとの会話が失われていった。共同作業の水汲みや畑仕事は誰かと接することが出来て、大変ではあるが楽しかった。その反対に教会で一人で魔力を注ぐのはとても退屈で嫌な作業だったのだ。
「ええ、水はタダです。主が経営している宿屋も食堂も、水はタダなんですよ」
そう言ってうさおはマジルの前に見たことの無い料理を出してきた。茶色いものがたっぷりと器の中に入っている。ただ、匂いは恐ろしくよくて、マジルの腹を刺激した。
「これはねぇ、牛丼って言うんですよ。ミノタウロスの肉を玉ねぎとあまじょっぱく煮込んだ料理です。下にある白いのは米って言う食べ物で、ラミト国では主食なんですよ」
うさおがそう説明すると、マジルは目を見開いた。
「ラミト国?ラミト国なのか、ここは?」
「うーん、どうでしょう?僕にはよくわからないですけど、ラミト国にも繋がってはいますよ?」
「繋がってる?繋がってるって、どういう意味だ?」
「ここはダンジョンですから、ラミト国の冒険者も入ってきますし、ファンデール国の冒険者も入ってきますよ?」
「なんだって?ラミト国もファンデール国もあるのか?大陸は全部消し飛んだんじゃないのか?」
マジルが唾を飛ばしながらそう聞くと、うさおは小首を傾げて答えた。
「いいえ、ラミト国とファンデール国のある大陸はちゃんとありますよ。消し飛んだのはその他の大陸ですね」
それを聞いてマジルの体から力が抜けた。へなへなと椅子に全身を預け、呆然とうさおを見ている。
「それよりも、冷めないうちに召し上がれ、主のお客様ですから、もちろんお代は頂きませんから」
それを聞いた途端、マジルはコップの水を一気に飲み干し、置かれたスプーンを手にして丼の中身を口に書き込んだ。
「うめぇぇぇ」
マジルの握るスプーンの動きは止まらない。一口ずつなんてことはなく、止まることなく丼の中味がマジルの口の中に消えていく。うさおは黙ってからになったコップに水を注いだ。
「ぷはぁ、うめぇ、美味すぎる。こんなに美味いもん俺は初めて食ったぜ」
「それは良かったです。冒険者の皆さんもそんなことを言いますよ」
微笑むうさおを見ながら、マジルはコップの水を飲み干した。冷たく冷えた水のおかげで、口の中がスッキリした。
「わりぃな、タダ飯食わしてもらってよ」
「いえいえ、主から食事を出して、街の中や畑を見てもらうよう言われていますから」
うさおに言われ、マジルは自分がここに来た目的を思い出した。
「うぉ、そうだった。すっかり忘れてたぜ」
「そうでしたか、それならこれから畑の方を見てみますか?」
「ああ、頼む」
マジルは、うさおの後についてゆっくりと歩いた。なにしろ10年振りに満腹を味わったのだ。しかもミノタウロスの肉を使ったと言う料理だ。そんな高級な食べ物を惜しげも無くタダで、食べさせてくれるとは、さすがは神様だ。とマジルは思うのだ。しかも、ラミト国とファンデール国は消滅していないという。
「この水のはられた畑が田んぼと言って、先程食べた米を育てているんですよ」
うさおに案内されてマジルはじっくりと畑を見て回った。働いているのはゴーレムたちで、どこにも人は居なかった。
「これは主の希望で植えたリンゴです。美味しいですよ」
少し肌寒い果樹園に来たら、赤い実が沢山なっていて、それをうさおがひとつもいでマジルに渡してきた。
「おう」
手のひらサイズの果実に歯を立てれば、みずみずしい果汁が口いっぱいに広がり、シャクシャクとした歯触りが心地よかった。
「うめぇな、これ」
まるで食後のデザートだとでも言わんばかりの食べ物だった。こんなに美味しいみずみずしい果物なんて、マジルは食べたことがなかった。
「畑は色々な作物を育てているので、どの畑を担当しても給金は同じですから安心してください。糸を紡いで裁縫をしたいというのなら、そういう仕事もあります。もちろん、街で働きたいのなら、どのお店でも構いませんけど、お客さんがほとんどいないので、退屈するかもしれませんね」
うさおは、そう言って笑った。
「食堂はダメなのか?」
マジルはそれとなく聞いてみた。あんなに美味しいものを作っているのなら、それなりに忙しいはずだ。
「僕たちホムンクルスは、食堂で作ったお弁当を冒険者に売りに行くのが仕事なんです。食堂は石人形しか働いていないんですよ」
言われてみれば確かに、うさおはやたらと
「ダンジョン内の冒険者は少々気が立っていますからね。働くのなら、街中の食堂になりますね」
「そうか、わかった」
そんな返事をながら、マジルは頭の中でぐるぐると考える。
(ダンジョンの中にはモンスターがいるんだろ?そんなところで弁当売るとか、正気の沙汰じゃねーだろ)
ダンジョンにおいて、恐ろしいのはモンスターなのだが、ホムンクルスであるうさおに気づいていないようであった。
「いかがでしたか?他に何か見たいところや聞きたいことはありませんか?」
「ああ、そうだなぁ。住むところはどうなるんだ?」
街の中を歩いたとき、宿屋は見えたが民家は見当たらなかった。こちらの畑のエリアに来ても、人が住めるような建物は見当たらない。
「ああ、それでしたらご心配なく。主が来た人に応じて家を建ててくれますからご心配なく」
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