第24話 それってそう言う事なんだ
「あーーー飲みすぎだ」
頭は痛くは無いけれど、部屋の惨状を見れば察しは着く。すき焼きに日本酒で随分と飲んでしまったらしい。高橋は片付けられていないすき焼き鍋を見た。クタクタになった白菜やネギが見えた。流石に肉は残っていなかったが、しめにうどんも食べていなかったことに気がついてうなだれた。
「どうしたんですか?高橋さん」
背後から声をかけれれて、高橋は驚いて振り返った。そこには昨夜一緒にすき焼きなべをつついて酒を酌み交わしたこの世界の神、アルトルーゼがいた。
「鍋の締めを忘れていたんです。すき焼きなら絶対にうどんなのに……」
高橋はそう言って台所を見た。準備はしていた。時間経過のない食料庫に入れておいたうどんを、台所までは持ってきていた。いや、もしかすると石人形に頼んで出してもらっていたのかもしれない。でも、だとしたらしまっておいて欲しかった気もしないでもない。
『主、時間の方はよろしいのでしょうか』
考え込んでいた高橋に、石人形が無情な宣告をしてきた。
「時間?」
高橋が聞き返すと、石人形は胸を張って行ってきた。
『ダンジョンの正式リリースです。お忘れですか?』
それを聞いて高橋はハッとした顔をした。
『冒険者の朝は早いのです。念のためアナウンスを入れておいたので冒険者たちはダンジョンに入るのを待っている状態ではあります』
石人形がはさらっと説明してくれたけれど、なんだかとても重要なことをしてくれていたようだ。
「アナウンス?アナウンスって、どういうこと?」
『ダンジョンに人が大勢集まるようになってきましたので、予告もなくリリースした場合混乱を招く恐れがありましたので、昨夜告知を入れさせていただきました』
高橋の戸惑いをよそに石人形はしれっと説明をしてきた。それを聞いて高橋の顔色は少し悪くなった。
『主、体調がよろしくないのですか?』
「違う、時間は?時間は大丈夫なのか?」
『今はまだ6時を少し過ぎたところです。この世界の時間は1日24時間ではないので若干のズレはありますが、冒険者は正確な時間など気にしていないのでご安心ください』
石人形の説明を聞いて、高橋は安心したような肩透かしを食ったような複雑な気持ちにはなったが、すくっと立ち上がるとすき焼き鍋を持って台所に行き、ツユを足し火が通りやすいようにネギを切った。
「石人形、鶏肉あるかな?」
『ありますよ』
素早く石人形が持ってきたのはコカトリスの肉だ。しかも一抱えも持ってきたからとんでもない量があった。
「ああ、ごめん。唐揚げを作るわけじやないんだ。ちょっとうどんに入れたかったんだ」
高橋はそう言って一掴み程度切り分けると、やはり火の通りやすい細切りにして鍋に入れた。
「少し水を足すか」
台所には料理用の水が大きなカメに汲まれて置かれていた。不思議なのはどれほど使っても減らないことだ。このことについて、高橋はここがダンジョンだからということでかたずけてある。
「よし、煮えてきたからうどんを入れて、取り皿と箸……はあるな」
高橋はささっとテーブルを拭いて、箸を並べた。
「えっと、アルトルーゼ、さん?朝飯にしましょう」
小上がりの辺り立ってずっと台所を見ていたアルトルーゼに声をかけた。台所のかまどの脇に置かれた大きなテーブルは、背もたれのない椅子を置いて軽くつまむ時に活用していた。
「長椅子を作ってもらっていたよかった」
高橋はいつも通りに小さな椅子に座り、アルトルーゼに向かいのベンチのような感じの長椅子を勧めた。そうして出来立てのうどんすき鶏肉バージョンを食べると、急いで司令官のような椅子に座りモニターをつけた。
「門はこのまま?」
モニターを見たアルトルーゼが聞いてきた。石でできた門はお試しダンジョンの入り口として使われてきたものだ。だが、いきなりこここにもう一つ門を設置したら集まった冒険者たちが驚いてしまうのではないだろうか。
「え?2個必要ですかね」
高橋は慌てて中央のモニターで現在のダンジョン入り口を見た。まだ朝早い時間にもかかわらず、冒険者たちが集まっているのが見えた。石人形が二体立っているので、自然とその前に集まっているようだ。
「見た感じ、今ある石の門の前には誰も近づいていきませんね」
モニターを見てアルトルーゼが感想を述べた。確かに、身支度を整えた冒険者たちがやってはくるが、誰もお試しダンジョンに入っては行かない。
「ううん、でも俺、ダンジョンの入り口は石の門にしようって、決めていたんだよな」
今更ながらの仕様変更は予想外で、高橋はどうにも受け入れられそうにもなかった。だが、この雰囲気だと新しい門を作らないとどうにもいけないようだ。
「では、いろちがいの門を作ればよろしいのではないでしょうか?」
アルトルーゼにそう言われて、高橋は「それだ」っと思わず叫んでしまった。誰かの大きな声を聞き慣れていないアルトルーゼは思わず椅子に座ったまま後ずさった。
「そうそう、それだよ。イロチなんてお約束じゃないか。派生形だよ。レアモンだよ。門だけにぃ」
なんて独り言を盛大に呟きながら高橋はモニターに映し出した石の門の色を次々と変えていく。異世界だからとかそういうことではなく、実際の石に種類がありすぎて簡単に選べないのだ。
「ああ、どうしよう。時間がない時に限って俺ってば優柔不断になってるよ」
高橋はあまりにも石の種類が多すぎて頭を悩ませていた。しかも顔を上げれば目線の先にアナログ時計の文字盤が見えるのだ。
「ああ、時間、時間、時間がないよ」
この世界は24時間制ではないと聞かされても、長年24時間制で生きてきた高橋にはそんなのは気休めにすぎなかった。
「こ、ここは、やっぱり、日本人なら大理石だぁ」
高橋は謎の叫び声をあげながらモニターの決定に触れたのだった。
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