第20話 オトコのロマンである
サングラスの司令官風の体勢で高橋は悩んでいた。名物料理は完成したし、定期馬車が運行されて人が集まるようになった。だがしかし、肝心のダンジョンが本格リリースできていないのだ。
「うーん、脱出が5階ごとにしかないのは設定厳しいかな……」
いくら死なないとは言えど、ダンジョン内で死亡すると手に入れた全てを失ってしまう。ハイリスクハイリターンは漢のロマンではあるが、設定が厳しすぎては飽きられてしまうかもしれない。せっかく100階まで作っても浅い階層までしか挑んでもらえなくては意味がない。
高橋はウンウンと首をひねって考えた。そうしてこの世界のシステムを改めてじっくりと見直した。
「スキルはあるけどレベルはないんだ」
高橋のきたこの世界、10歳になると教会でスキルを授かるらしい。これが結構ランダムで、何が与えられるかわからないらしい。そしてこのスキル、使えばスキルのレベルが上がるのだそうだ。だがしかし、人にはレベルはないのだと言う。だから、どんなに鍛えたとしても増えるのはスキルに使用する魔力だけなんだそうだ。
「よし、きめた!ダンジョンにレベル制度を採用しよう」
高橋がそう言うと、モニターにどんどんと設定が盛り込まれていく。キーボードで打ち込む必要がなく、考えるだけで済むからとても楽である。
「このレベル制度はダンジョン内だけで適応、ただし死亡するとレベルは半減される。お試しダンジョンで得た経験値も引き継がれる。っと」
設定を色々考えるが、モンスターを倒して得られる経験値は勝手に設定されるのでとても楽だ。スライムから得られる経験値は1と設定されていた。
「なにか、救済措置を設けたいなぁ」
レベルが上がっても死亡したら半分になってしまう。1に戻るよりはイージーな設定だが、これでは高橋のいる50階にたどり着く冒険者が現れるまで相当先になってしまいそうだ。とにかく死なない。と言うのが彼らの行動を大胆にしているらしい。お試しダンジョンは回数制限があるから無茶をしないようだが、友だち紹介制度を有効に利用しているギルドの職員が、必ず死んで見せるのだ。それを正式なダンジョンでもされるのは避けたいところだ。おかしな趣味の人たちに活用されても困ると言うものだ。
「あ、そうだ!肝心なことを忘れてたよ。ダンジョンと言えばセーブポイントじゃん」
高橋は急いでセーブポイントの設定を決めた。
「セーブポイントと言ったら教会?でもダンジョンに教会って変だよな……うーーーーん」
迷路の形をしている階層なら部屋を教会風にすればいいだろうけれど、森や草原なんかでは教会の建物を立ててしまっては目立って仕方がない。それに洞窟の階層では建物自体が無理だ。
「やっぱり像を設置するしかないか」
高橋はそう呟いて設置する像を吟味した。
「なぁ、石人形」
『なんでしょう。主』
石人形がすぐさま反応した。さりげなくコーヒーを出してくるあたり、出来のいい秘書のようだ。
「この世界の神さまの像ってないのかな?」
ちまちまとモニターの画像を見ていくが、なかなかそれらしい像が出てこないのだ。
『主、実はこの世界の教会には神像が存在しないのです』
石人形がそう告げると、高橋はあんぐりと口を開けた。
『この世界の神はもちろんいますが、教会に神像は設置されてはいないのが現状です。書物によると神は男性の姿をしているらしいいので、風化した感じの神像にすればよろしいのではないでしょうか』
「なるほど。教会はあるのに神様の姿が伝わっていないって、なんか残念な世界だなぁ」
高橋はぼやきながらもモニターにそれっぽい像を映し出した。手のひらを上に向け前に差し出し、斜め上を見つめる髪の短い男性の像だ。着ている服は長く足首まで隠れるようなデザインで、履いているものはサンダルだ。素材は白っぽい石で作ってみた。
「じゃあとりあえず……この辺りに設置しようかなぁ」
高橋は村の中にある少し小高い丘に完成した神像を設置した。ここからの景色はとてもいいので神像を設置するのにいい雰囲気だと思ったからだ。
「村の守護神っぽくてなんかいいね」
高橋がそう言ったとき、あたりが眩しい光に包まれた。
「ありがとうございます。高橋始さん」
光が治ると、高橋の目の前に見知らぬ男性が立っていた。
「え、誰?」
見た感じはこの世界の人たちに近い。まあ、石人形を通してでしかないけれど、中世ヨーロッパを思わせるようなそんな服装で、顔立ちも彫りが深くどこかギリシャ神話の神さまにも見えた。
「ひどいなぁ高橋さん。私、この世界の神ですよ」
突然そんなことを言われても、にわかには信じられないものである。だが、まだ開通させていないダンジョンに、高橋以外の人が入ってこられるはずはないのだ。
「……え、いや、まって、うーーん。神とか急に言われてもなぁ」
「それはもちろん、わかっています。神託をモニターに映し出して、丸投げしたことは謝ります。でも、私にも訳があるんです」
あまりにも必死に言ってくるので高橋は仕方なしに話を聞くことにした。何より、石人形たちが何も反応をしてこないので、害意がないことだけはわかった。
「ええと、それでは、自己紹介からいいでしょうか」
「はい、私この世界の神でして、名前をアルトルーゼと申します」
そう言ってアルトルーゼは頭を下げた。
「高橋始です」
高橋は日本人らしく腰を折って頭を下げた。
「立ち話もなんなので、俺の家で話しませんか」
「いいんですか。ありがとうございます」
そう言って二人?揃って家に帰り、居間にゆっくりと座った。すかさず石人形がお茶を出してきた。アルトルーゼはお茶を一口飲んでから話を始めた。
「まず、高橋さんがこの世界に召喚されたとき、私が姿を見せられなかったのはですね、この世界の魔素が濃すぎたせいなんです」
「魔素?んん、ああ魔法とかのやつですね」
「そうです。この世界において魔素は人々から出る負の感情が元になっています。魔素がたまるとそこにダンジョンが出来てモンスターが発生したりするのですが、そこに溜まっていた魔素を使い切るとダンジョンはその役割を終えるんです」
「ほうほう」
高橋は相槌を打ちながらメモを取る。
「そもそもですね、私、自分の世界で争いごととか差別とか、そういうことを起こしたくなかったんですよ。ですから、人族しか作らなかったんです。ほら、人って自分と違うものを排除しようとするでしょ?」
「まぁ、そうですね」
高橋は異世界あるあるを頭に思い浮かべて頷いた。
「それに宗教が違うとそこから争いが起きたりもするじゃないですか」
「そうですねぇ」
高橋は学生時代に習った歴史を思い浮かべた。たしかに人類は宗教がらみで度々諍いを起こしていたり、神の名の下にと侵略をしたりしていた。
「ですから私が神の一神教で、人族だけの世界にして、魔法が使えるようにしたんです。ほら、資源エネルギーって簡単に出来上がるものではないでしょう?だから魔石や魔素がエネルギー源の世界にしたんです。そうしたら、まあ、平和的に世界が発展しましてね。あなたの世界で言うところの飛行船みたいなものや鉄道や船なんかができましてね。人口が増えてとても豊かな世界になったんです」
「……よかったじゃないいですか?」
高橋は相槌をうちつつも、首を傾げた。馬車しか乗り物を見たことがないし、調味料も大したものがない。文明が豊かになれば、当然食が豊かになるはずなのに、異世界あるあるでマヨネーズもソースもなかったのである。
「ところがですね。生活が豊かになったら、それはそれでマウントを取り出したんですよ。自分たちの方がいいものを食べているとか、大きな宝石があるとか、畑が豊かだとか、些細なことから始まって、そのうち諍いに発展してしまったんです」
「あー、あるあるですね。一見平和に見えても、実際はカーストがあって、誰も下克上を試みないから一見平和ってやつ」
高橋はウンウンとうなずいた。高校時代、高橋はオタクではなかったがゲーマーではあったため、カースト最下位に位置していた。当然上位にいるのは陽キャたちであるから、日常ほとんど関わらなかった。隠キャやオタクに関わってこないでいてくれたからクラスは平和だった。文化祭などの行事の時が面倒であっただけで、勝手に進行してくれるから流されればよかったのである意味楽ではあった。つまり、この世界はそう言う状況だったのだろう。
「それでですね、その諍いが戦争に発展してしまったんです」
アルトルーゼはとても悲しそうに話してくれた。平和な世界を作りたかったのに、結局は些細なことから戦争が始まってしまったのだ。
「魔法のある世界ですから、魔法使いたちが遠隔で強力な魔法を撃ちあったり、巨大なゴーレムを操って街を破壊しあったのです。住むところを失ったり、愛する家族を失った悲しみから負の感情が生まれ、また復讐することによって生まれる怒りからも負の感情が生まれました。そうしてこの世界の人族は互いを攻撃しあい破壊の限りを尽くしてしまったのです。結果二つの大陸が消滅してしまいました」
アルトルーゼは深くうなだれてしまった。平和を望んでいたのに、戦争が起きて大陸が消滅するという大惨事となってしまったわけだ。
「そしてこの世界に大量の魔素だけが残りました。残された大陸はここだけで、国が二つあります。ひとつはこのダンジョンがあるフィンデール。もう一つはラミト、日本のような文化の国です」
「また極端な感じですね」
高橋は頭の中に単純な地図を思い浮かべた。アメリカ大陸の下半分が日本というそんな感じだ。
「まぁ、高橋さんが考えた地図でほぼ正解です。間に巨大な山脈があるのでなかなか国交がないのが現状ですね」
「ええと、飛行船とか船は無くなっちゃったままなんですか?」
「はい。戦火は激しく、文明の大半が失われました。ラミトは元々戦争に参加していなかったので、そこまで被害はなかったのですが、船や飛行船は戦争に使われ全て無くなってしまいました。開発に関わっていた者は、残さず戦犯として処刑されてしまったのです。設計図の類はその時に残さず破壊されてしまったようなのです」
「自分たちで発達した文明を捨てたわけだ」
高橋は深いためいきをついてから、残りのお茶を飲み干した。すっかり冷めきったお茶は随分と苦かった。
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