第14話 パトロン水田との出会い 水田からの連絡

 病室で会話をして数日後、みずから連絡が入った。

 父が死んだのだという。


 これまで父が死ぬなどとは想像もしていなかった。

 母が死んでもまるで無関心かのような振る舞いだったし、それ以降はしのぶに絵を描けと急き立てるくらいだから、まだまだ死なないようなバイタリティーを感じていたのだが。


「それで忍くん、お父さんのコレクションについてなんだけど。今調べてみたら、十二星座の連作がそっくり無くなっているんだ」


「え、どういうことですか」


「どうやらお父さんが襲撃されたとき、私が病室にやってきたのを狙ってコレクションも強奪されたようなんだ。他にも何枚か無くなってはいるが、それらはそれほど価値があるわけじゃない」


 ということは、襲撃犯は当初から母の十二星座の連作に的を絞っていた可能性がある。

 それを手に入れるために父を襲って警護にスキを生じさせたのだろう。


「こういう事件の場合、盗品が表の販売ルートに出てくることはまずない。だから裏の販売ルートを当たっているが、今はまだ売却された様子はないようだ」

 絵画には裏ルートというのがあるのか。忍は驚きを禁じえなかった。


「もし表のルートに出てきたときのために、すでに盗難届は出してある。だからおそらく表には出てこないだろう。だから私は裏一本で情報を収集している。十二星座の連作はすべて一緒に販売しなければ価値が下がる。だが、高値で売りさばくためにも、二、三枚は裏ルートで売るはずだ。そうして高く評価させてから十二枚を一挙に売るつもりなのだろう」


「一度売ったものを買い取って、ということですか」

「いや、裏ルートで売ったのであれば、非合法に取り返しても訴える客はいない。だからおそらくは今回の襲撃同様、奪い取る手はずと考えられる」


 母さんが精魂込めて描いた傑作を父が収蔵していた。

 それを聞き及んだ何者かが奪い取ってしまう。

 これではなんのためのコレクションかわかったものではない。


「そういえば水田さん。父と話をしていたとき、十二星座の連作は写真を持っていると言ってましたよね」

「私のコレクションとともに、お父さんのコレクションもすべて写真に撮ってある。手元にあったものはひとまず警察に渡したが、ネガはあるから何枚でも刷れるが」


「ネガということはアナログカメラなのですか」

「ええ、そうですが」

「それでは盗難に遭った絵をすべて原寸大で印刷していただけませんか」


 水田は怪訝な表情を浮かべている。

「無くなった絵の写真を原寸大で。どうするつもりですか」


「模写するんですよ、コレクションを。そうすればどちらが本物か、強盗犯は迷うはず。そうして犯人を誘い出して一網打尽にすれば、絵をすべて奪い返すことだってできるでしょう」

 不思議な表情をしている水田に、忍はにやりとひと笑いした。


「こう見えて模写は得意なんですよ。とくに母の絵に関しては」

 水田は思い出したようだ。

「そういえば、コレクションのなかにほとんど同じ絵が何枚もあったけれど。あれはすべて君が描いたのか」


「はい、おそらくすべて僕の作品のはずです。父が僕以外にも模写をさせていなかったのなら」


「君は十二星座の連作は見たこともないんだよね。だからあの絵は一枚ずつしかなかったわけか。ちなみに真贋の見分けはつくのかい」

「ええ、絵を見ればすぐにわかります。母の絵には独特のデッサン違いがあるんです。僕はただ模写するだけだと気持ち悪いから、デッサンを正したうえで模写しています」


 その言葉で水田は考え始めたようだ。


「それなら、盗まれた絵の模写をお願いしよう。それを本物として強盗団から買った人物と交換していく。そうすればお父さんのコレクションをすべて奪い返すことも不可能じゃないだろう」

 水田の思いつきを確認するようにつぶやいた。

「本物よりも出来のよい贋作が存在するわけもない。そういう思い込みは誰にでもあるでしょう。だからこそ可能となる奪還方法というわけですか」


「お父さんのコレクションが次々と交換されていけば、強盗団も今持っている絵が本物かどうか迷うはず。そこにつけ込んで一気に状況をひっくり返すことだってできるだろう。改めてお願いできるかな、写真からの模写を」

「わかりました。得意ですからね、母の絵の模写は」


◇◇◇


 あれから時が過ぎ、都立せんまい高校の体育教師となった忍は、高校から自宅へ戻ったところで水田と再会した。


「ようやく一枚引っかかったぞ」

「やっと突き止めたんですか、奪われたコレクションの一枚を」

「ああ、裏のルートといっても、売る側は自分がどんな絵を持っているか、顧客に見せなければならない。俺の顧客が接触してきたやつを通告してくれてな。身元を調べていたら十二星座の連作の一枚が売られていたと気づいたんだ」

「売りに来たやつを捕らえることはできないんですか」


「いや、そいつは泳がせている」

 水田から予想外な言葉が飛んできた。


「なぜですか。そいつを捕まえれば芋づる式にたどれて犯人を一網打尽にできますよね」

 驚愕している忍を見て、水田は落ち着くように両手のひらを向けている。


「裏ルートを使うような奴らだ。おそらくコレクションはどこかに隠匿しているに違いない。仮に強盗団を全員逮捕しても、盗品が見つからなければ嫌疑不十分で釈放となるだけだ。そうなれば警察はよほど確実な証拠を押さえるまで手が出せなくなってしまう。手先がいくら盗んだ絵を売ったとしても、盗まれた絵だと証明するのは困難だからな」


「でも父さんのコレクションは警察に盗難届を出してあるんですよね。だったら一枚ずつ売られては捕まえてを繰り返せばいいじゃないですか」

「そうなればやつらはさらに深く潜ってしまうだろう。今の状況はやつらの動きを監視するのに向いているんだ。潜られないように注意していれば、他のコレクションが売れた先もつかみやすくなる」


 納得がいかなかった忍だが、妥協するしかなかろう。


「で、見つかった絵はなんでしたか」

 気持ちを切り替えて口を開いた。


「『魚座の涙』だ。人魚をモチーフにした一枚だな」

 画房の机に置かれた写真を乱雑にめくっていく。

「ということは、これですか」

「そう、それだ」


 人魚が海から飛び出た岩礁の上で涙を流している姿だ。十二星座の連作のなかではとくに名画と呼ぶほどのことはないが、一定以上の質は保たれている。

「それではこれをすぐに模写して、現在の所有者と交渉しましょう。これまでの模写の成果を出しますよ」


「こちらもそのつもりでここへ来た。高校生の頃と比べてどれだけ似せられるのか。確認しておきたいからね。もしかしたら高校時の模写のほうが偽物としての評価が高いかもしれない」


「初めての交渉になりますから、水田さんにも付いてきてほしいんですけど」

「まあ俺の知己だから、付いていったほうがまとまりやすいだろう。ぜひ付いていかせてもらうよ」




(第三章完結。次話より第四章スタートです)


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