第10話 義統忍、高校生の逸話 地井玲香

 小学校の教頭先生から写真を預かると、しのぶはさっそく模写を開始した。

 寸分違わぬ複製を作り上げて、それを小学校へ寄贈しようというのだ。

 そして複製には発信機を取り付けて、わざと盗ませる。

 それを警察に伝えれば、元の絵を盗んだ犯人も捕まえられるだろう。


 父と相談して、警察のたまさんに連絡をとった。


◇◇◇


〔なるほど、トラップを仕掛けようってことですね。確かにあの絵はレベルが相当高い。それと同等の作品が飾られたとなれば、どちらが本物かわからなくなってもう一枚も盗まざるをえなくなる。よしむねさん、なかなかに考えましたね〕

「いえ、考えたのは忍、盗まれた絵を描いた息子自身なんです。そもそも自分が描いた絵なら真似するのは容易ですから、もう一枚作れば確実に窃盗犯が釣れるだろうと」


〔それで犯人の追跡と逮捕は警察にまかせていただけると〕

「私も息子も、捜査などしたことがありませんからね。警察の方にお願いする以外すべはありません」

〔まあ確かに警察でないと難しいですね。それでは発信機はこちらで用意しておきます。複製が完成したらまたご連絡ください。さっそく捜査を開始致しますので〕

 これで警察との連携は確実だろう。あとは複製を描きあげて小学校で飾るだけだ。


◇◇◇


 完成した複製を警察の玉置さんに委ねて、小学校に設置させた。

 多くの児童は盗まれたものが戻ってきたと思うだろうか。

 高校に向かうと駿河するががすぐに寄ってきた。


「あの絵の偽物、どんな具合なんだ。犯人が釣れるくらいには似せたんだろうな」

「最初は似せようと思ったんだけど、描いていて前より良いものを書こうって気になってね」

「あれよりすごい絵が描けるのか。というか、本人だからこそ超えられるわけか」

 駿河との会話を聞きつけたのか、同級生の女子が忍の席に近寄ってきた。


「義統くん、すごい絵ってどんなですか」

「えっと、すみません。どなたでしょうか。女子生徒の名前と顔が一致しなくて」

 その言葉を聞いた女子は腕を組んでにらんでくる。

「私はれいよ。どんな絵の偽物を描いたのか、興味があって」

「ということは地井さんも義統の絵のファンなんですか」

 横にいる駿河に対して横目遣いでにらんでいる。ちょっと尋常じゃない態度だけど。


「私は〝盗まれた〟という事件に興味があるのよ。なにか手がかりになるようなものはないのかしら」


 女子高生に絵の違いがわかるのだろうか。

 仮にわかったとして犯人を特定するのは不可能だろう。

 もしかしたら警察官にでもなろうというのだろうか。


「こっちが盗まれた絵で、そっちが今回描いた複製。違いがわかりますか」

 どうせなら小生意気な態度を後悔させてやろうと、つい意地悪を思いついてしまった。

 地井さんはまず盗まれた絵の写真を隅々まで見ている。次に複製の写真を眺めている。


「驚いたわ。ほとんど同じものじゃない。違いはデッサンの違いくらいで、それもかなり軽微だから、偽物とは気づかれにくいはず」

「へえ、地井さんって絵に詳しいんですね」

 忍は彼女の意外な特技に驚いた。

 まさか絵の良し悪しがわかる生徒がいるとは思っていなかった。


「いえ、私は間違い探しが得意なのよ。一枚目と二枚目の絵で違いはどこかを見つけるのが好きなだけ」

「それだけでもじゅうぶん画商になる資格がありますよ。ほとんどの人はこの二枚の違いには気づかないはずです」


「そうね。確かにこの二枚は甲乙つけがたいわ。これ小学校に寄贈したってことだけど、いつ頃描いた絵なのかしら」

「小学六年生の時に描いたものですね」

「嘘じゃないわよね」


「ええ、間違いないですよ。心配なら小学校に問い合わせてもかまいませんよ。まあ今電話すると犯人に間違えられるでしょうけど」

 発信機を取り付けてある以上、彼女が盗んだとしても場所はすぐに割れるのだが。


「驚いた。小学生でここまで描けるものなの」

「義統は小学生絵画コンクールで内閣総理大臣賞を獲っているんだよ、地井さん」

「その作品も見せていただきたいところね。義統くんの描く絵は眼福ですもの」


「眼福って。それほどのものではないですよ。落書きみたいなものです」

「落書きレベルでここまで描けること自体がすごいことなのよ」

 やはりこの地井さんは絵画に詳しいな。

 わずかな違いを見つける眼力もあるから、相場さえ理解すれば、そのまま画商としても活躍できそうだ。


「地井さんって絵に詳しいんだね」

「父親が実業家なんてしているから、コレクションの絵画を何枚も見せられていますからね」

「それじゃあ、義統えつって画家は知っていますか」

 すると即答された。


「知らないわね。でも義統ってことは、義統くんのお母さんとか」

「当たりです。それじゃあまるかわゆうってご存じですか」

「それなら知っているわ。うちにも一枚ありますから」

 またしても即答された。


 父親がどれだけ集めているか知らないが、誰が描いた絵なのかもすべて彼女の頭に入っているようだ。

 地井玲香という名前を思い出した。

「もしかして、地井さんってあの地井玲香さんでいいんですよね。全教科満点の学園一の才女って触れ込みの」

「誰がそんなことを言っているのか知らないけれど、確かにテストは満点以外獲らないわ」


 なるほど、これだけの記憶力と洞察力があれば、テストなんてお遊びも同然なんだろう。そのあたりは絵画の才能を有する忍に通じるところがあるようだ。


「地井さん、今度勉強を教えてくれないかな。記憶の仕方とか違いの見つけ方とか教えてほしいんだけど」

 駿河がずけずけと聞いている。さすがに警戒させるようなものなのだが。


「駿河くんも警察志望でしたわね。同級生が同じ警察官というのも面白いかも」

「駿河くん〝も〟ということは、地井さんも警察志望なんですか」

「私の適職だと父の占い師から言われておりますので」

 なんだ、てっきり現実主義なのかと思いきや、意外とスピリチュアル寄りなのか。




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