第五話


「それでは皆様、大変お待たせ致しました」


 進行役の男が話を進めていく。


 ハイゼンベルグ侯爵は自身に満ち溢れた……というより、ニヤニヤと下卑た笑みを連れて来た奴隷に向けている。


 当の奴隷からは気力を感じない。


 あの戦争から何年経つ? 


 4、いや、もう6年は昔の事だ。


 それだけ長い間囚われて慰み者にされていたのなら精神崩壊を引き起こしていてもおかしくない。


 ……少しだけ様子を見るか。


「こちらの奴隷が本日のメイン、かつてハイゼンベルグ侯爵閣下が総指揮官を務めたベルグレン王国の戦いにおいて敗北し奴隷へと身を墜とした女将軍、ヴェリナ・カレンベルクです!」

「おお……!」

「あれが噂の女将軍か」

「ふっ、無様な姿よの」

「だがあのような姿になっても美しいというのは評価出来るのでは?」

「ふははっ、まあ、名を馳せた英雄の落ちぶれた姿という点ならばな」


 どよめきと嘲笑。

 貴族に下卑た空気が広がる。


 この国でいくら権力を握っていても敵国の将軍を奴隷に墜とし飼うなんて行為は中々出来る事ではない。


 普通の国なら処断してる筈だ。

 それをいくら奴隷の身分にしたからといって、総指揮官を務めたからと言って、ただの一貴族が飼い続けるなんて暴挙は許されない。


 ある意味この国の基盤が揺らぎ始めていると証明しているようなものだな。


「…………」


 そして、隣に佇むセカンドはそんなヴェリナ将軍……ああ、将軍を、じっと見つめている。


 思う事はあるだろう。

 こいつはファーストと違ってただの一市民に過ぎなかったのに賊に攫われ奴隷にされた身分だ。戦争奴隷にはされなかっただろうが、見た目のいいコイツの事だ。どんな扱いをされてきたなんて想像に難くない。


 だが、そんな事はどうでもいい。


「慣れろよ」

「……はい。申し訳ありません」

「お前はもう俺の奴隷だ。昔の事なんでどうでもいい。俺の期待に応える事だけ考えればいい」

「……はいっ」


 そんな事より肝心のヴェリナだ。


 ここからだとハッキリと表情は見れない。


 辛うじて立っているくらいで、体力もかなり衰えているか。

 足、腕、瘦せ細っている。


 ハイゼンベルグ侯爵がコレクションを手放す時、大体『飽きた』時だ。


 使い物にならないような奴隷は捨てている。


 だからヴェリナの場合、きっと使い物にならないからオークションとして開いているのではなく、単につまらないと感じるようになったから──俺はそう仮定してこの場に臨んだ。


 果たしてそれは正解か、不正解か。

 競り落としてからじゃないと判断は出来ないか……


 ……………………。


 ……ふん。


「────上等だ」


 覚悟は出来た。

 俺はこの女を絶対に競り落とす。

 領主になって1年、なんとか捻りだした予算は4年分の運営費と同等だ。あくまであの小さな領地を運営するための資金としてだが、たった一人の奴隷を競り落とすのなら十分だろう。


 場所は……ここでいいか。


 中央に行っても面白いが、後から歩いて行った方がインパクトがある。


 俺は決して『演出』を舐めたりはしない。


 場の空気を呑むという行為は非常に大切だ。


 特に金持ちにとっては何より重い。

 あいつらは金で買えるものに対しては淡泊だが、金で買えないものに対する執着心が異常だ。


 俗に言う才能と呼ぶべきもの。

 カリスマ、武芸、智謀、その他金では手に入らない名誉等。

 これが根源にあるからこそ敗戦の将であるヴェリナのオークションがここまで人気になる。


 だから付加価値というものは決してバカに出来ず、そして、その付加価値は意図して付けられるならいくらでもつけるべきなんだ。


『ただものではない』。


 そう思わせる。


「くふふ、この女はな。初めの頃は『殺せ』だの『下種が』だの言っていたのだが、抱き続けるうちにどんどん従順になっていってなぁ。今では、この有様だ」


 そう言いながら侯爵は手に持った鎖をぐっと引いて身体を引き寄せて、おもむろに乳房を鷲掴みにする。


 乳を揉みしだかれる最中も無抵抗、いや、無反応か。


 おおっと沸き立つ貴族共。


 侯爵もどことなく誇らしげだ。


 わかりやすいリアクションを取るのは他の奴らに任せておこう。そうしておけば侯爵の機嫌を損なう事もない。


「かつて我が軍を出し抜き名声を得た女でも、今はそなたらの手が届く場所にある。最も金を出した者に渡すゆえ、存分に競り合うがよい」


 そして抱いたまま進行役に目配せした。


「はっ! それでは、100から始めさせていただきます!」

「200!」

「250!」

「300だ!」

「500出す!」 


 手短な挨拶も終わり、いよいよ競り本番。


 進行役が初めの金額を提示し、それに群がるように貴族達が手を挙げていく。


 100万スタートが開始数秒で500万まで膨れ上がった。

 この調子でいけば1000万も余裕で越えるな。


 前座の奴隷たちも数十万で売れたが、やはり本命ともなるとかなりの値段になる。


 貴族のオークションは高騰すればするほど良い。


 それだけの金を出せる奴は評価を得られ、売った本人は莫大な資金を手にすることが出来る。


 誰も損をしないwin-winの関係だ。

 金の多さとはすなわち権力のデカさに直結する。

 カリスマやプライド、影響力というものが支配する貴族にとっては何よりも大切なものだからこその価値観。


「セカンド」

「はい」

「俺が動いたらそのまま着いてこい」

「はっ」


 まだ待つ。


 800万、900万、1000万。


 あっという間に4桁突入だ。

 この奴隷に高額突っ込んで勝てば、侯爵からの覚えもよくなり周りの羨望も貰えるとわかっているから異様に張り切っているな。


 それだけ放り込める余裕があるのか、それとも。


「1500万!」

「1500万! 1500万出ました! 次は、1600……」

「ええい、まどろっこしい! 2000万、これでどうだ!」


 一人の貴族が手を挙げて叫んだ。


 奴隷一人に2000万、バカげている。


 相場で言えば奴隷なんて一人5万も支払わずに手に入るものだぞ。

 教育の行き届いた専用の奴隷ならともかく、壊す前提の性奴隷に400倍の金を出すなんて気が狂ったとしか思えない。


 流石にそこまで行けば身を退く奴も出てくるもので、先程まで嬉々として乗り出していた連中も苦渋の表情で引き下がっていく。


「2000万! 2000万円でございます! どなたかいらっしゃいますか!?」


 言った本人は誇らしげだ。

 あれは……確か、別の侯爵子飼いの貴族だった筈。


 立場は子爵だ。

 2000万を奴隷一人に出せる程経済状況は良くない筈だが、どういう絡繰りだ? 横領し溜め込んだのだろうが、後で調査しておきたい。


 そして周囲をそれとなく観察すると、どこも手を引く構えだ。


 いくら敗軍の将で価値があると言ってもたかが奴隷、しかも数年間侯爵に飼われてとっくに壊されている可能性すらあるのだ。


 ペイ出来ない可能性が高いと判断する理性はあったらしい。


「……いらっしゃいませんか? 2000万でございます!」

「ふっ、フハハハ! 決まりだ! もう決まりでいいだろう! これ以上は出ない!」


 子爵は勝ちを確信している。


 居ないか、他には。


 そうか。


 ならよかった。

 この程度で・・・・・競り落とせるとは思っていなかった。


「では、2000万ちょうどにて終了させていただきま──」


 言い切るより先に手を挙げる。


 このタイミングだ。

 他に誰も参加しないであろう時、もう決まったと油断して場の空気が静まったここが最も効力を発揮する。


「3000万」


 決して大きくない俺の声が響く。


 視線は全て俺に向いている。


 疑問、疑念、困惑、焦燥、驚愕。


 作戦通りだ。


 そのまま前に歩く。

 貴族諸侯も少し道を譲るように身を避けた。

 これに関しても作戦通り、場を呑む事には成功。あとはある程度進んだ場所で歩みを止めて、俺の動向を伺っている進行役に笑顔と共に一言。


「3000万でいかがですか?」

「さっ……3000万!! 3000万でございます!」


 進行役が声を張り上げた。


 侯爵もどことなく驚いた顔をしている。


 今頃「こいつは誰だ」とでも考えているのだろうか。

 これから嫌という程耳にする羽目になるさ、お前らは。


 これまでのようにコソコソ金稼ぎは出来なくなるが──逆に言えば、堂々と金を稼げるようになる。


 ここからは加速度的に発展させていく。

 その第一歩に選ばれた事を光栄に思え。


「おりません! 決まりです!! 3000万にて落札でございます!!」


 侯爵は嬉しそうに下卑た笑みを深めている。


 俺も笑顔で会釈した。

 だが今最も気になるのは、ファーストに監視させている二人の動向だった。若い中性的な顔つきの男と、伯爵。参加していたのか、それとも見るだけだったのか。そして俺を見てどんな反応をしたのか。


 …………探るか。

 ファーストには後ろから見張らせている。

 どんな顔をしているのかまでは把握しきれないだろう。


 沸き立つ周囲に会釈しながら、件の二人に視線を向ける。


 伯爵は腕を組みつまらなそうに俺を見ていた。


 だがその片割れ。

 男は俺をじっと見ていた。


 その視線にあるのは疑念と警戒? 


 目と目が合う。


 俺は笑顔を崩さない。


 奴も笑顔で会釈した。


 だがその目は笑っていない。


 そんなに狙っていたのか? 

 それとも、お前も俺と一緒だったのか。

 答えはわからないが、やはりこの男に関しては調査しなければならないのは確実だ。


 目を離しても感じる視線に、若干居心地の悪さを感じ続けた。

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