第49話 勝利

「嘘やろ!? 絶対ウソっ! うそに決まっとぉってぇ~~~! 私達がこげなガキに負けるとか……絶っ! 対っ! にッ! ありえんっちゃけどぉ~~~~~~!」


 終演後の神田明神ホールのフロアで『パラどこ』プロデューサー兼メンバーのミオ・天使・ダークネスが、どこのものともわからない方言丸出しで吠えた。


「いやぁ~、ウソじゃないんだよなぁ~、それが! ほら、見て! 一人差! ぷぷぷっ! ミオちゃん残念でした~、ゲラゲラゲラ!」


 イベンターの中島さんが、ミオ天使の顔の前で来場者リストをピラピラとひらつかせる。


「うぐぐぐぐぐぐ……! 解散とか……ちょっと……そげんしたらウチら明日から収入がなくなるっちゃけど……」


「仕方ないよね~! だって『解散』はミオちゃんが自分で言いだしたことだからね~、ケラケラケラ!」


「ちょっと……中島さん! 喜びすぎです」


 花沢さんがそういさめると、中島さんは「え~!」と子どものように膨れた。


(う~ん、この人……)


 よく言えば、無邪気。

 悪く言えば、底意地が悪い。

 

(これくらい肝が太くないとイベンターなんてやってられないのかな……)


 野見山の楽屋泥棒にたんを発した今回の動員勝負。

 それはオレたちの頑張りも実って、無事に勝利を収めることが出来た。

 最後は霧ヶ峰リリとカイザル・トリイという意外な二人の存が勝負を分けることになったんだけど……まぁ、勝ちは勝ちだよね。


 そういえば終演後、霧ヶ峰リリに「なんでここに来たの?」って聞こうとしたんだけど、いつの間にか会場から姿が消えていた。

 たぶん、ストーカーのストーカーのカイザル・トリイをくために早めに退出したんだろう。

 今度DMが来た時にでも、お礼を言うことにしよう。


 さて、これでオレたちは解散しなくて済むことになったわけだ。

 もちろん、これからも『Jang Color』の活動は続けられる。

 そして──。


「さぁ、ミオ・天使・ダークネスさん?」


「うぅ……」


 自分よりはるかに年下の。

 ライブ二回目の。

 生意気な口を叩いた高校生たちに負けた──ミオ・天使・ダークネスは、ヒクヒクと顔をひきつらせて声にならないうめき声を上げている。



「謝ってください! うちの野見山に!」



 言えた。

 やっと。

 財布を盗まれたうえに侮辱までされた野見山の悔しかった想いを。

 やっと晴らすことが出来るんだ。


「……なさ~い」


「え? なんですか? 聞こえないんですけど」


「……めんなさぁ~い」


「はい?」


「ごめんなさいっって言っとろうがああああああ! ごめんなさい、ごめんなさい! はいはい、ごめんなさい! わるうござんした! これでいいんでしょ!? うっぜ! うぜぇんだよ、クソガキ共がたまたま知り合い呼んで勝ったからって調子乗りやがって! お前らなんか私のコネ使ったら……」



 パシィ──!



 乾いた破裂音が神田明神ホールのフロアに響いた。


「花沢……さん?」


 いつも無口なイベントスタッフの花沢さんが、ミオ・天使・ダークネスの額を平手打ちしていた。


「いい加減にしなさい。見苦しいですよ」


「おまっ……たかだかイベンターのくせして演者様に手ぇ上げるとか貴様きしゃんどげんなっても知ら……」


「彼らは!」


 花沢さんの凛とした声が、憎らしげな目を向けるミオ・天使・ダークネスを一喝する。


「彼らは……この二週間ずっと頑張っていました。今日のライブのためにメンバーを増やし、告知を頑張り、ビラ配りをし、最後の最後まで新規のお客様を増やそうと諦めなかった。その結果が、これなんです」


「うぐぅ……」


「一方、相手を見くびったあなたがたは既存のオタクを囲い込むことしかしませんでしたよね? あなたはさっき私のことを『イベンターのくせに』とおっしゃいましたが、イベンターだから見ているんです。あなた方が普段どれだけ告知を、集客を頑張っているかを。そして、イベンターとして今後付き合っていきたいのは、どちらか──ということは言うまでもないですよね?」


 花沢さんが優しくオレに微笑みかける。


(お、おぉぉぉぉ……)


 見て……くれてたんだ……オレたちの、頑張りを!

 ちゃんと見て、評価してくれてる人が、大人が……いたんだ……!


 ポンっ。


 野見山がオレの方に手を置く。


(うん、そうだな……)


 野見山の切れ長の目尻が、柔らかく下がっている。


(無駄じゃなかった! 報われた! オレたちの頑張りは!)


 野見山と視線を交わして、その充足感を確認し合うと──。

 

 ずいっ。


 と、オレは因縁の相手、ミオ・天使・ダークネスの前へと進み出た。


「ごらんの通り、オレたちの勝ちです」


「ぐぬぬ……!」


 血管が切れるんじゃないかという勢いでオレを見上げるミオ・天使・ダークネス。

 その表情にはもうロリっ子のかけらも残っておらず、ひたすら邪鬼のように血走った目をひん剥いている。


「でも……この戦いがあったおかげで、オレたちは頑張れました! 新しい、メンバーとスタッフ。最高な人たちとも出会えました! 新しい曲を作ることも出来ました! みんなで目標を持って一丸となって頑張れました! それもみんな……この戦いがあったからです!」


 ミオ・天使・ダークネスは「はぁ? 急に何を言い出すんだ、こいつ?」という表情で戸惑いを見せる。


「そして練習しながら、準備しながら、仲間たちと必死に頑張りながら、強く思ったんです。『絶対にこの最高なグループを解散させたくない』って。だから、逆にオレはあなに言いたい。……ありがとうございました!」


 オレは深々と頭を下げる。

 嫌味じゃない。

 素直な気持ちだ。

 ……なんだろう。

 ちゃんとオレたちのことを見てくれてる人達がいる。

 花沢さんが、そして多分中島さんもオレたちの頑張ってきた過程を、努力を見てくれている。

 その事実だけで、なんだか不思議としっかりと、そしてまっすぐに立てているような気がする。

 ああ、そうだ……。

 これが。


『アイドル業界にいる』


 っていう実感なのかもしれない。

 オレたちはステージだけじゃなく、それ以外の部分も全て含めて見られている。

 それは当然お客さんからもそうだし、関係者から、そしてメンバーやスタッフたちからも。

 そう。


『オレたちは真っ当にまっすぐ、胸を張ってアイドル活動を行えている』


 その自信があるからこそ、こうやって憎んでいた相手に頭を下げることだって出来るんだ。


「うぅ……!?」


 ミオ・天使・ダークネスは、どうしていいのかわからない様子でうめき声を漏らす。


「楽屋で貴重品を管理できてなかった、それは完全に運営のオレの落ち度です。そこについて、オレはもう何も言うつもりはありません。ただ……あなたがウチの野見山に吐いた失礼な言葉。それだけは撤回しちゃもらえないですかね? メンバーを守るのが──運営の仕事なんで」


 ギンッ!


 これ以上、もう言葉はいらない。

 オレは目に全てを込めて相手を見据える。


「ぐ、うぅう……」


 頭から煙を吐きそうなくらいに顔を真赤にして言葉を詰まらせるミオ・天使・ダークネス。


(あれ、なんかヤバそうな雰囲気だな……。もしかしてオレ、相手を追い込みすぎた……?)


「き、き、きしゃん、ぶっころ……」


 スッ。


 ミオ・天使・ダークネスの言葉を遮るように、野見山がオレの隣へと進み出てきていた。


「『パラダイスはどこにある!?』のプレイングプロデューサー、ミオ・天使・ダークネスさん。私の方からも謝らせてもらってもいいかしら? 売り言葉に買い言葉じゃないけれど、あの日あの時、たしかに私も言葉がすぎた部分があったわ。そして、この足癖も」


 そう言ってスッと美脚を上げる野見山。

 衣装のスカートがかすかにめくれて、真っ白な膝小僧がチラリと見える。


「きっと私のこの性格はこの先も直ることはないのでしょうけれど、それでも私があなたに対して吐いた言葉に対しては詫びさせてもらうわ。暴言の数々、そしてあなたが財布を盗ったと決めつけたこと、お詫びいたします」


 驚い……た。

 あの野見山が……。

 頭を下げている。

 プライドの塊の。

 常に高飛車で他人を見下ろしている。

 何でも出来る野見山が。

 深々と。

 自分を侮辱した、自分の財布を盗んだであろう相手に。

 頭を下げてる。


「ななな……なぁ~にが……! アンタらがたまたま運とズルで勝ったけんって、そげな上から目線で謝るふりばしちょってからくさに……! そげなことされて私らが許すとでも……」



 パンパンパン!



 中島さんがでかい手を叩きながらオレたちの間に割って入ってくる。


「は~い、そこまで! いや~、ミオちゃんさぁ、めちゃめちゃ年下の高校生にこんな頭下げられてさぁ! え? あれ? これ、もう完全に立場ないじゃ~ん! どうすんのこれ!? ねぇねぇ、どうすんの!? 動員でも負けて、人間性でも負けてさ! え、ヤバくな~い!?」


 え、中島さん、それいくらなんでも言いすぎじゃない……?

 天性の煽りカス、天性の畜生なのか? この人は……。


「ってことで、はい! ミオちゃん、謝って! 言っとくけど……これもオレの『仕切り』だからね? 不義理しやがったらわかってんだろうなぁ、あ? あ~……それとお前、うちの大事な花沢さんのことに関してもなんか言ってなかったっけか? いや、オレ最近忙しすぎて記憶が欠乏けつぼうぎみでさぁ~。今日もサクッと終わって帰りたいわけよ? ほら、ゴールデンウィーク最終日だし? 撤収の時間も迫ってきてるしさぁ。ね、わかるよね? ミオちゃんもこの業界長いんだからさぁ……」


 え、なんか中島さん、途中から雰囲気怖くなってない……?

 背中から「ゴゴゴゴゴ……」ってめっちゃ不穏なオーラが出てるんだけど……?


「うぐ……うぐぐ……! す……すみ、すみませんでした……! グループも解散……し、ま……す……。花沢さんにも失礼なこと言ってごめんなさい……」


 ミオ・天使・ダークネスは、目の端に涙を浮かべながらふるふると震えつつ、オレたちに謝罪した。


「はい、これでこの件終わり! じゃあ『パラどこ』さんは急いで撤収よろ~!」


「はぁ~い」

「お疲れ様でした~」


 やる気ない返事を残してノソノソと去っていく『パラどこ』メンバーたち。


「さぁ、それでは! まだ二回目のライブなのに97人動員というすごい記録を作った『Jang Color』さんたちに、オレから約束の記念品アーンド賞金の授与で~す!」


 そういって中島さんは、小学生が使ってそうなピンクの安い財布を差し出した。


「ありがとうございま……って、これ……私が使ってたのと同じ型の財布ですね。というか、傷も傷んでるところも同じ……? 中身も……」


 パカッ。


「ポイントカードに診察券。私のです、これ。中島さん、これは一体……?」


 ん?

 楽屋泥棒に遭って失くなった野見山の財布?

 それが、なんでここに?


「あはは、実はね……」


 中島さんは、バツが悪そうに事の顛末てんまつを話しだした。

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