第44話 秋葉原探索ツアー

 神田神社の正門前。

 左右にそびえ立ったいかつい顔をした巨大な風神雷神の前で、今日のイベントに来てもらえるように告知のピックポック動画を撮影したオレたち。

 神社にギャルという組み合わせが物珍しいのか、観光客らしい外国人たちにめちゃめちゃ動画を撮られた。

 けど、そんなの気にしてる場合じゃない。

 外国人だろうがなんだろうが、一瞬でもオレたちに目を留めた相手には今日のライブの特典券を付けた急増のビラを配りまくっていく。


 オレたちの選択した開演前までの動員を増やす方法。

 それは「ライブの行われる秋葉原でピックポック撮影をしながらビラ配り(特典券付き)を配っていく」というものだった。

 今の『Jang Color』の一番の長所、満重センパイのピックポック。

 以前、あんなにオレが「生きたフォロワー数じゃない」と啖呵たんかを切った満重センパイのピックポックの十万人のフォロワー。

 けど、今はそれだろうがなんだろうが全力で使っていくしかないわけで。


 今の時刻が午後三時。

『Jang Color』の出番が午後八時四十分から。

 残り五時間と四十分。

 それだけの時間で32人以上を呼ばないとオレたちは解散ってことになってしまう。


 ちなみにメンバーは三人とも衣装に着替え済み。

 使える予算が少ないってこともあってスカートは制服のスカートを流用してる。

 それに合わせて白ソックスに白スニーカー。

 カチッとした下半身とは逆に、上は『iタイッス!』の大きめなオタTをダボッと着ている(これはルカ先輩のアイデア&私物)。

 野見山は赤色のオタT。頭は高めのポニーテールにして、黄色いでかリボンを付けている。

 湯楽々は緑。癖っ毛のボブヘアーを白いポンポンゴムで留めて、ちっちゃいおさげを両肩から垂らしている。

 満重センパイは紫。黒髪ストレートのまま、目の周りに小さいキラキラシールをたくさんつけている。

 そしてオレとミカルカ先輩は、メンバー三人の荷物なんかを抱えながら撮影、編集、告知にといとまがない。


(さぁ、神社で撮影が終わって、次はどうしようか)


 そう思ってると、ミカ先輩が「他に秋葉原で『映える』場所ね~の?」と口にした。


 映える……? ああ、動画映えするってことか。


「今日はゴールデンウィーク最終日で大通りも歩行者天国になってるから、まずはそこかな。それから電気街のアーケードにメイド通り……それからラジ館前、万世橋の交差点で後ろに電車が通った時なんかもいいかも。それに神田明神ホールに続く明神男坂に……あとはガンダムカフェの前とか……ああ、萌えキャラの広告が横一列に貼り出されてるソフマップの横も映えるかもね」


「お~し! じゃ、そこを全部回って撮影しながらビラも配っていこうぜ! 秋葉原探索ツアーだ!」


 ミカ先輩が八重歯を見せてウシシと笑う。


「全部距離近いから三時間もあれば動画もアップまでいけると思う。一時間前には会場に戻って最後の確認もしたいしね」


 ルカ先輩が素早くスマホで周辺の地図を確認して、そう補完する。

 息のあったコンビネーション。

 こんな状況でなんだけど、この二人。


 スタッフとして有能すぎる!


 今までオレは、自分ひとりでなんでも出来るだろうと思っていた。

 実際、運営一人しかスタッフがいない地下アイドルグループなんてのもザラだからね。

 でも、こうやってちゃんとお互いの仕事を補完し合ってれば数倍、数十倍の効率、クオリティーを生むことが出来るんだ……。

 想像だにしてなかった。

 アイドル運営。

 スタッフ。

 外から見てる分にはわからなかったけど、こんなに大切なものだったんだな。


 事実、この二人のおかげでオレの負担は劇的に軽減していた。

 ミカ先輩はメンバーのマネージメント業務。

 ルカ先輩は動画や画像、衣装に関する雑事。

 二人がそこをやってくれたおかげで、オレはこの十日間、楽曲や全体の方向性の調整に注力することが出来たんだ。


(あぁ……。この二人が本当にうちのスタッフになってくれたら『Jang Color』はもっと高く飛べるのになぁ)


 とはいえだ。

 それも今日、あと32人動員を増やすことが出来なかったら終わりの話。

 先を考えるにしても、まず今日を乗り切ってからだ。


 ということで、残りの時間でオレに出来るのは。


 一、動画撮影をスムーズに行えるように環境を整える。

 二、頑張ってビラを撒く。

 三、ポイッターでの告知を頑張る。

 四、メンバーやスタッフたちが疲れないように飲み物を用意したり、休憩場所に案内する。


 くらいのもの。


 とにかく頑張るしかない。

 一枚でも多くビラを配って。

 一人でも多くの人に来てもらうために。


「お願いします! 今日ライブです! ビラを受け取ってくれたらメンバーと無料でスマホツーショット写メが撮れます! ビラに無料特典券も付いてます! よろしくお願いします!」


 何十回も。

 何百回も。

 受け取ってもらえても。

 受け取ってもらえなくても。

 ひたすらそう言って頭を下げ続けた。


 その時。



「あれぇ~? 今頃こんなことやってんだぁ~?」



 差し出したビラの先から、甘々ロリロリな声が聞こえてきた。

 頭を上げる。

 そこにいたのは、黒髪ボブのロリータファッションに身を包んだ女──。



 ミオ天使ダークネス。



 地下アイドルグループ『パラダイスはどこにあるっ!?』──通称『パラどこ』のリーダー兼プロデューサー『ミオ天使ダークネス』が、例のごとくニタニタとした笑みを顔に貼り付けて、ビラを差し出しているオレを見下ろしていた。

 彼女の頭の上には、変わらず『30』の数字が浮かんでいる。


「なになに~? ミオテンの知り合い~?」


「あ、みんな気にしないでいいよ~。こちら、今日で解散するらしいアイドルグループさんらしいから~(笑) 二回目のライブなのに今日のイベントのトリを務めるすんごいグループさんらしいよ~。って言っても、今日で解散しちゃうんだけど(笑)」


 ミオ天使の後ろから、ぞろぞろと大勢のオタクがやってくる。

 およそ30人。

 彼女の持ってる『動員力』のキャパいっぱい。

 どうやら彼女は今日の出番前に秋葉原で「オフ会」を開いて、自分の濃いオタクを秋葉原に留めているらしい。

 ゴールデンウィークの真っ最中だ。

 他のイベントに流れさせないように、常連オタが参加せざるを得ない強いイベントを重ねて主軸の動員を確保したってわけか。

 なるほどだ。

 さすがはキャリアが長いだけのことはある。

 ミオ天使ダークネス(年齢不詳)、手強い相手だぜ。


 そしてオレたちを敵意むき出しの目で見つめたミオ天使のオタクたちが。


「あ~、これが?」

「ふ~ん」

「マジでクソガキじゃん」

「誰に逆らったかわかってないんじゃないのw」

「相手が悪かったw」

「世間知らず、こわ~w」


 と口々くちぐちに言う。

 オレはすかさず野見山を見る。

 あまり気にしてなさそうな様子で無視してビラ配りを続けている。


(ホッ……)


 どうやら今日は突っかかって行かなさそうだ。

 他のオタクの前で喧嘩はさすがに困る。

 と思って安心していたら。



「はぁ~!? なにこいつら!? 女の後ろからグチグチグチグチ恥ずかしくねぇのかよ!」



 ミカ先輩がキレた。

 さらに。



「クソガキ? 私たちのことクソガキって言ったぁ?」



 あぁ~! 満重センパイのスイッチが、まさかのここで入っちゃった!


「でもアンタたち、そのクソガキに負けて吠え面をかくんでしょう? あ~楽しみ! で、私たちってぇ……アンタたちより、いくつ『クソガキ』なわけぇ? 一回りぃ? それとも二回り? それとも三回りぃ? そんなに年の離れた『クソガキ』な女の子に負けた時、アンタたちがどぉ~んな捨て台詞吐いていくのか今から楽しみなんだけどぉ~?」


 そう言ってミオ天使ダークネスの前に立ちふさがった満重センパイは、アゴを上げて妖艶な笑みを浮かべながら、おそらく一回り以上は年が離れているであろう小柄なロリロリアイドルを見下している。


(あぁ、これあれだ……野見山とやり合った時のエロギャルJKボスザルモードだ……)


「ちょ……なんだよ……こいつ……!」


 ミオ天使のオタクが動揺する。

 それもそのはず、ドルオタ──特に地下オタなんてのは多少の違いさえあれ基本陰キャだ。

 そんな陰キャなミオ天使オタたち。

 満重センパイとミカ先輩の醸し出す圧倒的な陽キャオーラに当てられた彼らは、まるで陰陽師を前にした妖怪みたいに萎縮して後ずさっていく。


(オタクたち……気持ちはわかるぞ……!)


 っと、いかんいかん。

 敵側のオタクに感情移入してどうするんだオレ。


「先輩たち、気持ちはわかりますがそのへんで……」


 と、いさめようとした、その時。


「ミオテンさんどうしたんですか~?」


 ミオ天使の後ろから『パラどこ』メンバーと、そのオタクたちが合流してきた。

 どうやら他のメンバーたちも秋葉原でオタクとオフ会をしていたらしい。


「あ~、なんでもないよ~。ちょっとしつけのなってないワンちゃんがいたからしつけてただけ~! このあと私たちは猫カフェで一日店長だっけぇ~? どっかのアイドルごっこしてるお子ちゃまとは違って『お仕事』が忙しくて大変だわぁ~。さ、みんなっ! こぉ~んな野良犬なんて放っといて、みんなでにゃんにゃんで楽しも~☆」


「お、おう……! ミオテン、こんな生意気なガキども無視でいいよ無視で! さ、行こうぜっ!」


 そんな嫌味と捨て台詞を残して『パラどこ』一同は去っていった。

 オレは去っていく『パラどこ』メンバーたちの頭の上の数字を素早く確認する。


『30』

『18』

『9』

『17』

『22』


 計96。

 96!

 予約リストの数と全く同じ!

 ミオ天使以外のメンバーが全体的に成長してるけど、オレの『動員力が見える能力』が本物だとした場合、『パラどこ』が今以上に動員を増やす可能性は極めて低い。

 事実、今も新規のオタクを呼び込むよりも、既存のファンを囲い込んでる動きをしてるわけだし。


 イヤな奴に遭っちゃったけど……この情報は朗報だ!


「みんな……」


 雰囲気を立て直そうとメンバーたちの方を向いた時。


「あっ……!」


 満重センパイからビラを受け取っていた男が、気まずそうにこちらを見た。


「え、誰……?」


「あっ、白井さん! あの人、カイザル・トリイさんですよ!」


「カイザル・トリイ……?」


 湯楽々が路上シンガーやってた時に場所取りで揉めた大道芸人。

 あの時は燕尾服みたいなのを着てたはず。

 今は全身真っ黒の地味な服装をしている。

 けど、よく見れば、あのボサボサ頭に小柄なガチムチボディー。

 たしかにカイザル・トリイだ。


「え、なに? 今日もなにか文句でもつけに来たとか?」


「ち、ちげえよ! 今日はオフだよ! 完全プライベートだっつーの! っていうかお前らアイドルなんかやってたのか! こんなチラシいらねぇよ!」


 そう言って投げ捨てようとビラを持ち上げるカイザル・トリイ。


 スッ──。


 その前に、湯楽々が手を差し出す。

 と。


 ストッ──。


 っと、カイザルは持ち上げたビラを湯楽々の手の上に戻した。


「今日はせっかくのオフなんですから、わざわざイヤな思いせずに楽しく過ごしてくださいね」


「うっ……!」


 カイザル・トリイは、一瞬顔を真っ赤にした後。


「うっせぇよ! 言われなくったって楽しく過ごしてやるわっ! お前らなんか絶対売れないんだからな! バ~カ! バ~カ!」


 と、小学生並みの悪口を言いながら走り去っていった。


「ありゃりゃ~、なんじゃありゃ~?」


「うん、前にちょっと揉めた人でね」


「アンタたち、敵多すぎじゃない?」


「あはは……一応いま会った二人しか敵はいないと思うんだけど……」



 それから時間いっぱい、日が暮れてくるまで動画撮影&投稿&告知&ビラ配りをしたオレたちは、神田神社の片隅で最後の練習をしていた。

 ゴールデンウィーク最終日ということもあって、さすがに夜になると祭りの後といった感じのうすら寂しい雰囲気が辺りに漂っている。


(こんな中での集客なんて本当に出来るんだろうか……)


 心配になるも、野見山のキリッとした目と、頭の上で燦々さんさんと輝く『5億』の文字がオレを勇気づける。

 湯楽々も今日のビラ配りを通して動員力が『7』に増えていた。


(うん、間違いなく前進してる……オレたちは)


 出来ることはすべてやった。

 後は野となれ山となれだ。

 ルカ先輩が、みんなのヘアメイクをバッチリに仕上げている。

 準備は万端。

 あとは──。


 メンバーをステージに送り出して、結果を待つだけ。


 あ、そういえば珍しく妹のうるるからチャットが来てたんだった。

 無視したけどね。

 うるるとのチャットなんかこの先いくらでも出来るけど、今日のライブは今日だけなんだ。


 ……っと。

 さぁ、そろそろ『パラどこ』の出番が始まる頃だ。


 うん、行くとするか──ステージ袖へ!

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