第37話 もじもじブラコンJK

 祐天寺翔ゆうてんじしょう


 満重センパイの兄は、そう名乗った。

 芸名っぽいけど本名。

 光重センパイとは名字が違う。

 なのにお兄ちゃん。

 というのも、幼い頃に親が離婚して離れ離れになったから、ということらしい。


「で、ナオは小さい頃から、電車に乗ってこっそりボクに会いに来てたりしてたんだけど……」


「それをまだ続けてるってわけですか……」


「そういうことになるね。ね、ナオ?」


「……///」


 祐天寺翔からサワヤカ笑顔を向けられた満重センパイは顔を真っ赤にしてうつむく。


(いやはや……それにしてもこの満重センパイの豹変ひょうへんっぷり……マジか?)


 秋葉原のいわゆる喫茶店はいている。

 この街はメイド喫茶、コンカフェ、コンセプトバーが所狭ところせましと立ち並ぶ世界一の喫茶店密集地域だからだ。

 そんな逆に穴場あなばとなっているチェーン店の喫茶店で、オレたち三人と満重兄妹は差し向かいで座っていた。


「でも、祐天寺さんは……」


「翔でいいよ」


「あ、はい、翔さんはなんでこんなとこに? もしかしてアイドルとかされてらっしゃるんですか?」


「アイドル……というか、こう見えてモデルをやっててね。そのモデル何人かで集まって軽く歌ったり踊ったりってのもしてるわけ。だからアイドルってほど本格的なものではないんだけど……あ、これ。主にこういうのやってる」


 差し出されたスマホには、祐天寺翔とその仲間たちが曲に合わせて踊ってるピックポックの画面が映し出されていた。


「あ、ピックポックやってらっしゃるんですね?」


 湯楽々が素直な感想を述べてくれる。

 ひねくれたオレからは、こういったシンプルな質問が出にくいから助かる。


「だね、うん、やってる。あ、そういえばナオもやってるんだよね、ピックポック?」


「う、うん……」


 そう言ってモジモジと呟く満重センパイ。

 まるで借りてきた猫だ。

 あの高慢こうまんちきなふとももJKから、お兄ちゃん大好きっ子な妹ちゃんに変化してしまっている。


「ナオはいつもボクの真似ばかりしてて。ボクがピックポック始めたら、すぐにナオも始めたんだよ」


「ちょ、ちょっと……お兄ちゃん、バラさないでよ……!」


「バラすもなにも事実だろ。それに、こうやってお友達のみなさんに迷惑をかけたわけだし、知ってもらってた方がいい」


「べ、別にこいつらは友達ってわけじゃ……」


「ナオ?」


「う、うぅ……ごめんなさい……」


 驚いた。

 あの満重ナオが。

 上から目線で散々オレたちをなじってきた満重ナオが。

 オレの張り出したチラシを笑いながらビリビリに破り捨てた満重ナオが。

 素直に頭を下げている。


「はい、よく謝れたね」


 そう言って祐天寺翔は、満重センパイの頭をなでなでする。


「うぅ~……」


 まるで一回転するんじゃないかってくらいにうつむいた満重センパイの頭。


「で、どうしてこんなことになったんだい? 兄としてぜひ知っておきたいんだけど?」


「そ、それは……」


 言葉に詰まるオレと満重センパイ。


 えっと……実の兄を相手にどこまで説明すればいいんだ?


「私が説明いたします」


 野見山の説明は簡潔だった。


 オレたちと満重センパイが面識があること。

 そして、『Jang Color』が解散の危機にあるから彼女にグループに入ってほしいこと。

 ビラ配りをしていたら怪しい格好の満重センパイを見かけたので、トラブルに巻き込まれてるのではないかと思って見守っていたこと。


 を、端的に話した。

 オレたちが揉めていたことなどは一切伏せて。


(要領のいい野見山がいて助かった……)


 喫茶店のウエイトレスたちは、祐天寺翔にチラチラと熱い眼差まなざしを向けている。

 そんな熱視線をさらりと受け流しながら真剣に野見山の話を聞いていた彼は、驚くべき言葉をはっした。



「うん、じゃあナオ、そこに入ろう!」



「へ?」


 踏むべき手順を何段階か「すっ飛ばした」かのような発言に、思わず全員が固まる。


「だって友達が困ってるんだろ? なら助けてあげないと! それに、あのボンクラ親父の稼ぎがしょっぱいからピックポックで案件頑張ってるんだよね?」


「そ、そうだけどぉ……」


「で、キミ。白井くん、だっけ?」


「は、はい」


 急に名前を呼ばれてドキリとする。


「アイドル。お給料ってちゃんと出るよね?」


「はい、売上から経費を引いた全ての利益を運営とメンバーで等分に分ける予定です」


「そっか……じゃあ、さっさとランニングコストを回収できれば、そっから後はずっと利益なわけだ。運営に搾取されないのはいいね、うん」


「は、はぁ……。そう……なります」


「じゃあ、例えばさ。月に一千万売り上げたとして、その月の経費が六百万だとしたら、ナオの月の手取りはざっくり百万円ってことになるのかな?」


「そう……ですね。月に一千万は……月に二十本くらいライブをして、動員アベレージ毎回五十人から百人くらいいけば可能かと思います」


 一度のライブで五十万。

 二時間の物販タイムで一枚千円のチェキ券をメンバーごとに百枚販売。

 これが五人分完売すれば、五十万の売上だ。

 それを二十日間で一千万。

 大体合ってるはず。


「なるほどなるほど……ふんふん、ちゃんとこういう風にパッと数字を計算出来るんだ。いいね。これで高校一年生?」


「はい、一応、そうです」


 感心した、という顔をオレに向ける祐天寺翔。


「で、ナオ」


「ひゃ、ひゃい……?」


「どうせ、ナオがこの子達に迷惑かけたんでしょ?」


「しょ、しょんなこと……うぅ……」


「やっぱり、そうなんだね。じゃあ、これはお兄ちゃんからの命令です! 迷惑をかけた分、グループに入ってその借りを返しなさい!」


「うぅ……でも……」


「ナオがお兄ちゃんに心配してもらいたくて、あんなパンツが見えそうなピックポックを上げてるのはわかってるんだぞ」


「ちょっとぉ~……そんなこと言わないで恥ずかしぃ……」


「言われて恥ずかしいなら、恥ずかしくないことをしなさい」


「えぇ~……でもぉ……」


 上目遣いで兄を見つめる満重センパイ。

 か、かわいい……。

 思わずそう思ってしまう。

 あんな邪悪でえっちなセンパイにこんな一面があるだなんて……。


「……いてっ!」


 隣に座っている野見山から太ももをつねられる。

 おいおい、なんだこいつは。

 なんでオレが一瞬萌えたことに気づいた?

 エスパーかなんかか?


 まだ決心がつかないという態度の満重センパイに、翔お兄ちゃんはトドメの一言を突き刺す。



「お兄ちゃん、ナオがアイドルやって輝いてるところを見たいなぁ~」



 見たいなぁ~。

 見たいなぁ~……。

 見たいなぁ~…………。


 頭の中でその言葉がリフレインしてることがありありと見て取れる満重センパイ。



「う、うん! すりゅ! わ、私、お兄ちゃんに見てもらうためにアイドルるりゅね! だからお兄ちゃん、これからもいっぱいナオのこと見てね!」


 お、おぉ……。

 こ、こんな簡単に……?

 弱みにつけ込む必要も。

 悪党から満重センパイを助ける必要もなく。


 ブラコン。


 しかも重度の。


 によって、あの満重センパイがオレたちの『Jang Color』に加入することが決定してしまった。


「うんうん、これでナオのボクへのストーカーも減るだろうしね」


「え、やだぁ……気づいてたの、お兄ちゃん……?」


「当然だろ、だって怪しすぎるもん」


 たしかに。


「で、白井くん、最後に質問なんだけど」


「はい」


 怒涛どとうの展開に戸惑いつつも、返事をする。


「アイドルグループとしての目標とかってあるのかな? ほら、たとえば武道館とかドームツアーとか。一応妹を預けるからには、夢のあるところに預けたいからね」


「はい、それは最初から決まっています」


「お、いいね。教えてくれる?」


「はい、オレたちの目標は──」



 五億人を動員することです!



 まんまると見開かれる祐天寺翔の目。


「かはっ! 五億人! それはいい!」


 今日始めて心の底から楽しそうに笑った祐天寺翔は、妹の肩をポンと叩いてこう続けた。


「じゃ、ナオを頼んだよ、白井くん」


「はい、任せておいてください、お兄さん!」


 よし、なにはともあれこれからだ。

 二週間後の戦いに向けて、ようやく勝機が見いだせてきたぞ。

 そう思った時。



 ぴこんっ。



 満重ナオの顔の横に吹き出しが現れた。



『隠しステータス:依存度SSS』



 ん?


 ……んん~?


 依存度、SSSぅ……?


 やだ……なにこの野見山ばりに厄介そうな隠しステータスは……。


 こうして、紆余曲折あった結果。


 動員力200。

 依存度SSS。

 重度のブラコン。

 太ももがえっちなピックポッカー。

 満重ナオが、『Jang Color』に加わることとなった。

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